泥と宝石 1
つぎの日――。
朝、チカが学校へ向かっていると、
「おはよう、チカちゃん」
いきなり、だれかに肩を叩かれた。
ふりむくと、そこにはクラスメイトの根岸モリオがいた。
サラサラヘアーのおかっぱ頭にピンクフレームの丸メガネ。そしてピンクのダウンジャケット。
インパクトばつぐんの外見は前田兄妹にも負けていない。
「チカちゃん。〈将来の夢〉の作文は書けたかい?」
「書けてない」
「じゃあ、夢は決まってる?」
「いちおう料理人のことを調べてるけど、ぜんぜん興味が湧かない」
「そうかそうか。じゃあ、まだやりたいことは決まってないんだね。それなら、ぼくと一緒に――」
「しません」
「まだ、なにもいってないよ」
「どうせ、ぼくと一緒にオカルト研究者になろうとかいうんでしょ」
見た目だけでもじゅうぶん濃いキャラなのに、モリオにはオカルトマニアという、さらに濃いキャラづけがある。
「き、きみは人の心が読めるエスパーなのか!?」
メガネの奥の目をしばたたかせながら訊いた。
「保育園からのつきあいだもん。モリオくんの考えていることなんて、だいたいわかるよ」
「ぼくの思考がわかるなら、なおさら研究のパートナーにぴったりだ」
300回かきまぜた納豆のように、モリオがねっとりと笑いかけた。
「ざんねんだけど、オカルトの研究者にはならないよ。わたし、お化けとか妖怪とか興味ないもん」
「そりゃ、いまは興味ないかもしれないよ。けど、これから興味が湧くかもしれない」
そういって、モリオは丸メガネを押しあげた。
いまから怖い話をするというサインだ。
「きみはマッドマンのウワサを知ってるかい?」
「知ってるよ。全身泥まみれの頭のない怪人が人を襲うってウワサでしょ」
「なーんだ。オカルトに興味ないなんていいながら、ちゃんと知ってるじゃないか」
「かんちがいしないで。5年の子がたまたま話しているのを聞いたから知ってるだけ」
「じゃあ、マッドマンが、じつは昔から日本に存在してきたっていうのは知ってるかい?」
「え?」
思わず足がとまった。
「どういうこと?」
「江戸時代に夢路馬ノ助という絵師がいたんだけど、彼の絵の中にマッドマンらしき怪人が描かれたものがあるんだよ」
モリオがスマートフォンを操作して、画面を見せた。
画面には、頭のない泥まみれの怪人とお侍が戦っている絵が映っていた。
「これだけじゃないよ。つい先日、学校の近くにある石燕寺の倉の中から、星影ミツルっていう昭和時代の作家の日記が見つかったんだ。その中にマッドマンと相撲を取った力士の話が載ってたんだよ」
それはこんな話だった。
ある夜、星影は仲のよい時葉山という力士と料亭で食事をしていた。
その料亭が相撲部屋に近かったこともあり、星影は相撲部屋に泊めてもらうことにした。
ふたりが夜道を歩いていると、
「助けてー!」
闇の中から女性の叫び声がする。
いそいで声のほうへ行くと、頭のない全身泥まみれの怪人が女性を襲っていた。
怪人はまるまると太っていて、宝石のように輝く七色のまわしをつけている。
頭こそないが、一目で力士だとわかった。
「女性を襲うとは許せん。わしが相手だ!」
時葉山は怪人と組み合った。
怪人はすごい力だったが、時葉山も負けていない。
なにせ彼の番付は最高位の横綱。
のちに前人未到の68連勝を達成し、相撲の神さまと呼ばれる人である。
「うおぉぉ!」
まわしをつかむと、時葉山は怪人を投げ飛ばした。
背中を強く打ちつけた怪人はそのまま闇の中に逃げていき、それを見ていた星影は、あらためて横綱の強さを思い知ったというものだった。
「星影の日記はボロボロで、いま夢野大学のオカルトサークル仲間が修復作業をしてるところなんだ。修復が進めば、これ以外にもマッドマンの話が見つかるかもしれないよ」
モリオは小学生だが、オカルトマニアのあいだではけっこう有名らしく、地元の大学のオカルトサークルとも交流がある。
「マッドマンは日本だけじゃなく、世界各地で目撃情報があるんだ。にもかかわらず、こいつらについての資料はほとんどない。だからこそ、ぼくはこの怪人のことを、もっと知りたいんだ」
モリオはこぶしをにぎりしめると、空を見あげた。
「マッドマンだけじゃない。ありとあらゆる奇怪な謎を解きあかす。それがぼくの夢だよ」
夢を語るモリオは、それだけでカッコよく見えた。
「とういうわけで、チカちゃん。将来はぼくのパートナーとして一緒に――」
「あ! もうこんな時間。早く行かなきゃ」
わざとらしく手をたたいて、チカは走り出した。
「モリオくんも早くしないと遅刻しちゃうよー」
「チ、チカちゃん、待ってよ~」
さっきまでのカッコよさはどこへやら。
モリオは情けない声をあげて、チカを追いかけはじめた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※本エピソードに登場した時葉山は第35代横綱・双葉山をモデルにした架空の力士です。実在はしません。
なおエピソード内で彼の成績を68連勝と紹介しましたが、モデルとなった双葉山の最高連勝記録は69です。
これは「架空の力士が実際の横綱――しかも昭和の角聖とよばれた双葉山の偉大な成績に並ぶのは、いかがなものか……」と自問した結果、白星の数をひとつ少なくしたからです。




