幕間話
ここにきて、わたしは重大な問題に気が付いてしまった。いや、ずっと気が付いてはいたのよ。でも、無意識の内に無視していたというか……。
その夜、わたしたちはババ様の家に泊めてもらえることになった。時間も時間だから、適当な街に戻るよりそっちの方が都合がよかったわけだった。
あの場所は歴代長老の私室であるらしい。まあとてもじゃないが、普通の住居とは思っていなかったけど。それで、上ってきたあの長い階段を引き返すことに――ならなかった。
あの部屋の中央には、大きな魔方陣があった。円の中に八芒星……だったかな? とにかく星みたいな図形が描かれてたの! 複雑なやつね。
その中にみんなで立って、ババ様が変な言葉を呟いたら、身体が光に包まれた。そして、それが晴れると塔の前に立っていたというわけだ。
「ただの脱出魔法と移動魔法の応用じゃよ」
彼女は大したことでもないように教えてくれた。もっともらしい顔で、勇者様のお母様も頷いていた。
そして、こうして長老の屋敷まで案内されたわけだった。場所は、街の入口とは反対側の高台にあった。街の全景を一望できるくらい……まあ視界の中央はあのクロスした塔に占拠されているのだけれど。
見た目はこじんまりとした普通の民家だった。レンガ造りで、三角屋根で、煙突があって――それこそ、城下町に遭っても違和感はない。しかし――
その内部は見た目からは想像もできない程に巨大だったのだ! 立派なエントランス、部屋は何部屋もあって――曰く、外装よりも内装を工夫することこそ、至高とのこと。これもババ様の魔法のなせる業だとか。
そして、性別を考慮された部屋分けが行われて、わたしたち女性陣(さすがにお母様は違うけど)は同じ部屋にいるのだけれど――
「お、落ち着いて、オリヴィアさん!」
「いいえ、これが落ち着いていられますか! わたしの、貞操の危機なのよ!」
「えぇ~、今さら気にしても仕方ないじゃん。もう散々、アタシもアーくんも堪能しちゃったよ、お姫ちゃんのカ・ラ・ダ!」
「堪能って……変なこと言わないでよ! うぅ、もうお嫁に行けない……」
「そもそも王女なのだから、そう簡単にお嫁にいけないんじゃないんですか?」
「ソフィアさん、空気、読もう!」
最大の問題、それはお風呂、だ! 一つしかないので、順番順番に入ることになったわけなのだけれど、その時にようやくそのことに思い至った。
我ながら、なんて鈍い頭なのだ、と思うけれど。しかし、事実気が付かなかったので、仕方ない。そして、次々に色々とアレなことが脳裏に浮かぶ……。
ああもうっ! 穴があったら入りたい。いいえ、違うわね。そのまま、埋めてもらいたい。こんな責め苦、わたしには耐えられませんったら!
「ああ。勇者様と出会わなければ、こんな想いをすることはなかったのに」
「仕方ないよ、オリヴィアさん。どうしようもないことだよ」
妹様は背中をポンポンと優しく撫ででくれた。さすがの彼女でも、いつものような辛辣さを見せることはないらしい。
本当に恥ずかしい。顔が熱くなっていくのがわかる。殿方には、裸なんて見せたことがないのに……。しかもそれだけじゃなくて――
「きっと好き勝手されてるのよ!」
「い、いや、おにいに限ってそんなことは……」
「男はみんな狼なのよ。お父様が言ってたもん」
「そうすると、国王も狼ということになって、わたしたちは狼が治める国の民ということに」
「ねぇ~、ちょっとさっきからソフィちゃん、おかしくない?」
「確かに、キャサリンさんの言う通りかも……ねえ、どうしたの、ソフィアさん? 頭でも打った?」
「私はいつも通りですってばよ!」
わたしもさすがに異変に気が付いた。彼女はこんなにおかしな言動を繰り返す人じゃない。それにどこか顔が赤い様な……
ちょっと顔を近づけて、くんくんとその匂いを嗅いでみた。仄かにアルコール臭がする。
「お酒、飲んでたね、ソフィちゃん」
「えぇ~、おにい……じゃなくって、オリヴィアさんじゃあるまいし。そう簡単には酔っぱらわないはずだけど」
「さりげなくわたしを引き合いに出すのは止めなさい、ザラちゃん。でも、確かにそうね」
「わあしはよってなんかいませんよ~」
からからと陽気な笑みを浮かべるソフィアさん。これは、ダメみたいね。お城の暮らしで、そんな状態の兵士を何度も見てきた。そして、兵士長に怒られるのだ。
「うわぁ、露骨に呂律も怪しいし。発言と併せて、見事に酔ってますね。これは」
「どうする? 水かけとく?」
「あのそれはちなみにどうやって?」
「もちろん、魔法!」
「やめて! 部屋の中では、やめて!」
「……とりあえず、ママのところに行ってくるね」
ザラちゃんがぱっと部屋を飛び出していった。
その後、お母様の処置により、ソフィアさんが普通に戻ったのはこのすぐあとのことだった。しかし、彼女には夕食後から今までの記憶は残ってないみたいだったけれど。
*
翌日。天候は晴れ。
わたしたちは、再びゼルシップに戻ってきていた。時間にして十何時間ぶりに来訪。いくらなんでも早すぎると思うけれど仕方がない。
オラクル・テリブル――それがババ様が教えてくれて占い師の名前だった。なんでも百年ほど前に、マギアルクスを出て行ったきり、戻ってないとか。
「奴の専門は未来視とか、予知とか、千里眼……とにかくそういう胡散臭いものだったよ」
苦々しい顔で、魔法の街の長は教えてくれた。
はっきり言えば、魔法もまた怪しい現象ではあるのだけれど。こうして、自由に使いこなせる今でも不思議は尽きない。
魔力ってなに? どうして、何もないところから火が起こるの? なぜわたしたちは気球もなしに飛べるの? ――幼い頃から抱えていたそんな疑問は今も答えの与えられないまま、わたしの中に残ったままだ。
そして、肝心のその居場所についてだが――
「いやぁ~、これから行くのって、世界一巨大な大陸なんだよね? きっと、その中心部の都市はすごい立派なんだろうな~」
「よかったですね、キャサリンさん。当初の目的がようやく果たせそうで」
「あのな、俺たちは遊びに行くんじゃないぞ?」
「わかってるってば~。そのナンダカ・ナンダカさんって人の情報を集めに行くんでしょ~」
「オラクル・テリブルさんですってば、キャサリンさん……」
ババ様も知らないようだった。というか、百年前ならもう死んでるんじゃないかと思ったけれど、それは絶対にないと言っていた。魔法都市の人は総じて長生きなのかもしれない。
それで、大陸の大都市に向かうことに――って、結局それはわたしたちの当初の目的に立ち戻ったことになるのだけれど。
「また船に乗るのか……ああ、嫌だなぁ」
「おにいちゃん、マラートさんどうする? 眠らせておく?」
「ザ、ザラちゃん、それはちょっと物騒すぎるというか」
「だって、またゲーゲー吐かれたら、たまらないもん! ねぇ、ソフィアさん?」
返事はなかった。妙な空気がこの場に流れる。誰もが、彼女に目を向けた。
ソフィアさんは古ぼけた杖をしげしげと眺めている。――ババ様からもらった魔法の杖らしい。正式名称は忘れてしまいました!
なんでも呪文を唱えれば、疑似的に魔法を使えることになるとか。ただし、魔力の補給は必須とのこと。おそらく、わたしがやらされるのでしょうけど。
「そんなに、嬉しいんだ……」
「もちろんですよ! これでもう、皆さんだけに戦わせなくてすみます!」
「ブーメランもあるしね~。ソフィちゃんも、これでいっぱしの冒険者だよ!」
「……変なことにならないといいけどな」
勇者様は苦々しく呟いたけれど、それははしゃぐ二人には聞こえていないようだった。
「と、とにかく、マリカさんのところに行きましょう!」
わたしはさっそく張り切って先陣を切ることにした。ううん、新大陸、とても胸躍る響きだわ!




