手がかりを掴め
「はあ、なるほどねぇ」
婆さん――通称、ババ様か――は話を聞き終えてもまだ渋い表情をしていた。目を瞑って、眉毛をせわしなう動かしている。
しかし、つくづく思うのは、こうした事情説明のパートがあまりにも多すぎやしないか、という話。いったい、俺と姫様に起こったこの謎の異変について語るのは何度目だろう。流石にうんざりしてくる。できれば、これで最後にしたいと思うくらい。
まあそのせいで、だいぶ滑らかに状況説明できるようになったが。怪我の功名というか……だが、よく考えてみれば全く必要のないことである。
ともかくも、ババ様のその表情は気になった。なんだろう、こうスカッと解決するものと思っていたのだが……。
ふと姫様の方を見ると、彼女もまた不安そうな表情をしていた。しかし、自分のそんな顔を見るなんて、ほんと情けない気持ちになってくる。
「これは、しかし、なかなか難儀だねぇ」
「回りくどいですね。結論はどうなのですか、ババ様?」
「……わからん!」
彼女は大きな声ではっきりと言い放った。その老体からよくもまあそんな声量が出せるものだ。ちょっとだけ感心していた。
それは半ば予想通りというか……それでも、落胆しないわけではない。ここに来るまでにはそれなりの期待をしていたわけだから、一気に絶望に叩き落されたと言っても過言ではない。
「やはりババ様でも入れ替わり魔法にお心当たりはありませんか」
「いんや、知っとるよ。しかしな、どうもそれじゃあない。話を聞いてる限り、この二人は普通に過ごしていたらいきなり身体入れ替わった。そういうことじゃろう?」
「ええ、まあ。でも、勇者――アルスさんはともかく、わたしはとても普通ではなかったんですけど……」
「確かに、魔王に取っ捕まってその居城に幽閉されていた件についてはそうじゃが、わしの言いたいことはそうではない」
「ババ様は、魔法的異変がなにもなかった。そう言いたいのでしょう?」
よく意味が分からなくて、俺はぐっと眉間に皺を寄せた。すると、母が俺の表情にすぐ気が付いた。
「前兆、といった方がよかったかしら? 入れ替わりの原因となる要素が、二人の話にはない」
「そこまでわかっていながら、なぜわしのところに話を持ってくるのじゃ!」
「それでもババ様なら何かわかるか、と。結果はとんだ期待外れでしたけど!」
ふんと、嘲るような風にして母さんは鼻を鳴らした。なぜしょっちゅう喧嘩腰になるのか。
「ねえお兄ちゃん。ママってあんな感じだったっけ?」
「身内の前だから、本性が出てんだろ。それに、特段不思議には思えないけどな。魔法のこと、教わってる時はすぐに皮肉言ってきたぞ。物腰はもうちょっと柔らかかったけど」
「やっぱり曽曽曽おばあちゃんにあって、嬉しいのかな?」
その曽の数は果たして合っているのか。妹の的外れな感想を聞きながら、俺もまた場違いな疑問を思い浮かべる。
「最有力容疑者は魔王じゃが、話を聞いている限りそれをする理由はないしのう」
「そうですよ! 魔王様はそんなことしません!」
「――ほう、お前さん! そうか、そうか、なるほどなぁ。なかなか面白いことするじゃあないか」
遺産で前に進み出てきたタークをババ様はじろじろと眺めた。そして、ちょっと意味ありげな笑みを浮かべると、何度か首を縦に振った。
タークはもちろん、キャサリンのこともさっき話してあるのだが。それ以上に、何に興味を持ったのだろうか。少しだけ気になるが、今はこっちの話。
「ちょっと待ってくれ。あなたが入れ替わりの魔法を知ってるなら、それで話は済むのでは?」
「そうじゃな、テレサの息子よ。あのぼんくらの血が入ってる割りに賢いじゃないか!」
「ちょっと、旦那を馬鹿にするのは止めてもらえますか!」
話を聞いた感じ、親父は昔この街で魔法の修行をしていたということか。そして、母さんと恋に落ちた。そんなところだろう。
ババ様は俺の父のことが気に入らないのかもしれない。ふとそう感じる。何かをやらかしたのか。それとも、生理的に、というやつなのか。
母さんとは違って、父についてとやかく言われたところで俺はあまり気にならなかった。何か確執があるんだろうな、そんな単純な感想しか浮かばない。
「ママ、少し落ち着きなよ。話が進まないじゃない」
「テレサの娘の言う通りじゃ。なるほど、ぼんくらの血はこっちに色濃く表れたか」
ババ様はザラと、姫様――というか、俺の顔を見比べた。そして、やはりもったいつけたように笑うのだった。
「それ、どういう意味よ!?」
「お、落ち着いてください、ザラちゃん!」
ソフィアが憤るザラを宥める。さっき自分が母に向けて言ったことなのに。なにやってるんだか、あいつは。
もしかすると、彼女は俺の妹の魔法の才能を見抜いたのかもしれない。正直そんなに才能のある方じゃないから。昔、母さんが教えてくれた。別にだからどうだとは思っていないようだったが。
「だが、それには効果時間というものがある。入れ替わりはずっと続いておるのじゃろう? だとすれば、今この状態がデフォルトの状態になっている可能性があるのじゃ。魔法の効果が切れたら、またこの状態に戻るだけ」
「……なるほど。根本から解決するしかない、と」
「そういうことじゃ。あと一つ、手っ取り早い方法としては、ずっと変化の魔法を使い続けるという手もあるぞ?」
「いや、そんなに魔力持ちませんから。人外のババ様と、うちの子を一緒にしないでください」
「冗談じゃよ、冗談。さすがのわしも三日が限度じゃて」
変化の魔法って、相当魔力喰うと思うんだけど……昔、ザラと遊んでいるときに試したことがあったが、一回十分も持たなかった。
やはりそこは、魔法都市の長。魔法の実力は確かだということか。それがハッタリじゃなければの話だが。
「しかし困りました。ババ様でもダメとなると……」
「一つだけ当てがある。あまり、頼りたくないが」
すると、ババ様は少し顔を歪めた。眉間に皺を寄せて、首筋に左手を伸ばす。今まで快活に話していたのに。
どうやら、その方法は余程気が引けるものらしい。それでも、何かあるなら教えてもらいたい。俺は強く彼女の顔を見つめる。
「もったい付けなくていいですから。早く教えてください!」
「この街一番の占い師じゃよ。お前にも昔離したことがあるだろう?」
そして、渋い表情のまま彼女は一人の名前を告げた――




