衝撃の出会い
わたしたちは、勇者様のお母様の顔見知りっぽいおじいさんに案内されて、街中央の左側の塔の中に入った。厳重な扉がついていたものの、おじいさんが謎の言葉を放つと、ひとりでにそれは開いた。さすがは、魔法都市――都市っぽさはないと思うのだけれど。
塔の中はひたすらに螺旋階段が続いていた。周りは謎の文様が刻まれた白い壁に覆われている。行けども行けども果ては見えない。わたしは、精神的に参り始めていた。
ほかのみんなも同じ様で、あの勇者様でさえ、ちょっと不愉快そうな顔をしていた。……そんな顔をしていても、美しいと思うのは、わたしがナルシストだからでしょうか。
それだけならまだましな方かもしれない。女性陣――残念なことに私を覗き、そして勇者様は入れずに――は明らかに階段を上る足取りが重くなっているようだった。
とにかくわたしたちはくたびれていた。わたしたちも勇者様たちもそれなりにあちこち歩いてきたと思うのだけれど、それでもこの単調さには耐え兼ねていた。――二人を除いて。
先頭を行くおじいさんは変わらず健脚を見せている。その年老いた風貌のどこに、そんな力があるのか不思議で仕方なかった。
あと、勇者様のお母様。ただ黙々と、おじいさんの後ろをついていってる。元々、この街の出身だという話だから、慣れっこなことらしい。
やがて、わたしたちは広い空間に出た。久しぶりにしっかりとした床を踏んだ気がする。石畳の頑丈なスペースが足元に広がっている。
周りの様子からするに、ここが二つの塔の交差する場所の様だ。右側に今わたしたちが上ってきたような階段が見えた。
しかし、いったいどんな構造をしているやら……魔法都市、奥が深いわね。
対角線上にさらに上層へとつながる階段がある。その反対側にも同様に、ねじれた階段がどこまでも続いていた。
その間には謎の四角い空間が鎮座している。両開きの金属の扉がが付いているから、部屋と呼ぶのがふわしい場所なのでしょう。
おじいさんは一人、扉の前にたった。すると今度は、それだけで両側が、ぱかっと奥に開く。
「ババ様~、テレサちゃんが戻ってきましたぞ!」
呼びかけながら、彼は部屋の中へと入っていった。中は薄暗くて、ここからだと赤い絨毯しか見えない。
「知っておる。全く、あのバカ娘め、今さら何しにやってきたというか」
「まあまあ。本当は嬉しいんでしょう?」
「何を言うか! あやつはこの都市から追放したはず。あの熱血漢な若者に誑かされおって! 勇者の卵だからと、修行を受け入れたのが全ての間違いじゃった!」
「しかしですな、彼によって世界の危機は救われたわけですし……」
「なにが、世界の危機じゃっ! 第一、本当に世界が滅ぶようなことがあったとしても、この場所だけは安全なのじゃぞ」
なにやら、中でおじいさんが誰かと話しているらしい。もう一方は、ちょっと低いがらがら声。しかし、話し方や声のトーンからして女性みたい。
わたしは不思議がっていると、勇者様のお母様もまたずかずかと部屋のなかに入っていった。どこか、怒ったような足取りで。
「そんなこと言ってるから、この街の存在は人々の記憶から消えちゃったのよ!」
「なんだい、テレサ! 誰が入っていいと――」
「私は追放された身。であれば、貴方の言うことに従う必要はありません!」
それは感動の再会とかではなく、怒鳴り声の応酬と呼ぶべきでしょう。二人が喚く声がとてもよく聞こえてくる。
「なにやってんだ、母さんは……とにかく、俺たちも行こう」
勇者様は一つ呆れたように首を振りながらも、躊躇いなくお母様の後に続いた。
当然、わたしたちもそれについていく。
――直方体の部屋の中では、四隅にそれぞれ一つずつ木の柱でできた篝火が灯っていた。
入口とは反対側の壁ところに、二つだけ窓がついている。今のわたしの目線よりもずっと高い位置だ。射し込んでくる光は弱い。
部屋の真ん中に三人がいた。お母様とおじいさんはこちらに背を向けて立っている。
その間から、おばあさんが床に座っているのが見えた。その小わきには、年季の入った木の杖が無造作に置かれている。
見事な白髪を備え、顔には小皺が多いけれど、美しさは保たれていた。目力は力強く、睨むようにして勇者様のお母様を見上げている。
やはり深緑のローブを着ていた。民族衣装なのかしら。ぴしっと、前を閉じているから中に何を着ているかはわからない。
「――お前が飛び出したせいでこっちはもう大変なんだよ。真似して、外に出たいと主張してくる若い連中が大勢」
「それはいいことではなくて? 閉鎖的に魔法の研究をしているよりよほど人間らしいわよ」
「ああ、嘆かわしい! こんなことここ百年は無かったのに!」
言い争いは、まだ継続中だった。わたしたちが入ってきたことに気づいているのやら、いないのやら。
しかし、おじいさんはこちらを振り返ってくれた。それで、ようやく二人の話し声が止んだ。
「で、誰だい、あんたたちは? うちのバカ玄孫はどんな厄介事を持ち込んできたのかの」
今度は、おばあさんの鋭い眼光がこちらを向いた。かなりの威厳を感じる。それこそ、うちの父なんて比べ物にならないくらい。
というかーー
「や、やしゃご~!?」
驚き叫んだのはわたしだけではなく。恐らく冷静だったのは、男性陣だけ。もちろん、勇者様も含みます。
改めてまじまじとそのお姿を拝見する。ううん、いったいこの人何歳なのかしら? 全く想像がつかない。
勇者様とザラちゃんまでいるわけだし、ゆうに平均寿命は越えている。これも魔法のおかげなのかしら。
「そうよ。これはね、齢二百に達さんばかりの怪物ーーいえ、化石おババよ!」
「……はあ。お前はわしが今まで見てきた誰よりも、魔法の才能はあったけれど、誰よりもおかしな娘だったなぁ」
ため息をつきながら、おばあさんは首を振った。それは、とても人間臭い仕草だった。
「お褒めに与り光栄でございます、ババ様。とにかく、この人ならあらゆる魔法のことを知ってるわ。伊達に年齢を重ねてるわけじゃないのよ、これでも」
「なんじゃい、なんじゃい、魔法のトラブルかいの? そんなもの、お前さんで何とかできるだろうに。若くして街を飛び出していったものの、その時点でわしに次ぐ実力は持っていたんじゃなかったのかえ?」
「それは、そうなんだけれどね、ババ様。素直に、私は実力不足を認める次第でございます」
うやうやしくお母様は頭を下げた。そこに嫌な感じはなかった。
「仕方ないねぇ、どれ話を聞こうか?」
おばあさまはちょいちょいとわたしたちに手招きをした。そして、傍らにあった杖を手にして、一振りすると、そこに七つのマットが現れた。
「ほれま、そこに腰かけなされや」
おずおずと近づいて、促されるままに腰を落ち着けるわたしたち。そして、ゆっくりと事のあらましを説明し始めた――




