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謎の甲冑の活躍

 やっと現れた勇者様。敵と遭遇してから、数分後の出来事だった。すぐに兵士の皆さんは飛び出してきてくれたというのに。


 そのせいで、もうすでに怪我人多数――その中には、非戦闘員である船乗りさんたちも巻き沿いに。片っ端から、救護室に運ばれている。それでも追いつかないから、のたうち回る人はまだまだたくさんいた。


 キャサリンちゃんと言えば、操舵主の人と協力して、その水魔法で巧みに船を操っていた。さすがに、前回のように好き勝手敵の水砲弾を食らうわけにはいかないから。


 とにかく、わたしは少しは彼に憤りを覚えているわけだけれど――


「すごい身のこなし……」


 わたしは目の前の光景に感嘆していた。それほどまでに、甲冑姿の勇者様の動きは素晴らしかった。


 一度跳躍したかと思えば、あんなに重たそうな鉄の塊を身に着けているはずなのにもかかわらず、それは十分敵の目の高さまで達した。


 鞘からぱっと剣を抜くと、そのまま横に振り切った――


「ぐぬぬ、やったワニ!」


 その胴体部分、固そうな皮膚にさっと傷が走る。


 ワニは痛みに顔を歪めつつも、その大きな腕を振り下ろす。爪を立てて、真直ぐに未だ宙に浮かぶ彼目掛けて。


 勇者様はそれを自らの剣で受け止めた。ともすれば叩き落されてもおかしくないはずなのに。そのまま力強く押し返した。


 ワニの身体が大きくぶれる。そして、勇者様はその反動で甲板に戻ってきた。態勢が少し崩れていたにもかかわらず、難なく着地に成功する。


 あの中身は元のわたしの身体のはずなのに。一体どこにあんな力があるのか――もしかして、勇者様、勝手に鍛えたとか……。


「あの姫様? どこかむすっとしてらっしゃるような……。何か気にくわないことでも?」

 

 少しばかり複雑な気持ちでいたら、ターク君が小声で話しかけてきた。その小さな身体を頑張って背伸びして、わたしの胸の辺りでひそひそ声を出す。


 さらに周りの人たちは甲冑対魔ワニという異色の闘いに目を奪われているようだった。それに意外と、大きな雑音もするので、とにかくわたしたちの方を気に留める人はいない。


「なんであんなの動けるのよ、あの人」


 わたしは身を屈めてターク君の耳元で応じた。横目で、彼の闘いぶりに目をやりながら。


「僕の強化魔法です!」

「強化魔法……あなた、凄いのね!」


 胸を張る彼に向けて、わたしは小さく称賛の拍手を送ってあげた。たちまち、顔に皺を作ってまんざらでもない表情を浮かべる小さな魔物さん。


 再びわたしは全神経を勇者様の方へと向けた。相変わらず軽やかな身のこなしで、ワニの鱗状の皮膚に次々に傷を負わせている。


「くっ、ちょこちょこと鬱陶しいなぁ、おいっ!」


 余裕がなくなってきたのは、ワニの口調は荒っぽい。あれはキャラ作りだったのかしら……勇者様が優勢だからちょっと気持ちが軽くなる。


 基本的に彼がやっていることは同じことの繰り返しだった。助走をつけて飛びあがり、物騒なその見た目にはそぐわない細身の剣を振るう。

 

 敵の巨大すぎる図体は、攻撃には有利だったけれど。防戦になると、たちまちに不利らしい。勇者様の攻撃を避けようと、身体を動かそうとするが、それはとても遅い。


「おおっ! さすが勇者殿のお仲間。あの動きタダモノじゃあないですな」

「ええ、そうですとも。あんなふざけた姿ですけど、じるちょくは折り紙付きです」


 がシャン。いったい何度目だろうか。勇者様が甲板にうまく着地を決めた。闘志が昂っているのか、少し身体を揺らしている。


 対してモンスターの方はというと、傷はかなり増えていた。血液がだらだらと流れているが、どれも致命傷にはなってない。


 それでも敵の呼吸はかなり荒くなっている。いつの間にかその目は血走り、眉間にはぴきぴきと皺が寄って、険しい眼差しをわたしたちに送っている。


「アンタたち、下等な人間にまさかここまでやられるとはね……。でももうそれも終わり。この先は本気でやるわ!」


 少しは霊さを取り戻したようだけれど。ワニの怒りはほぼ頂点に達していた。いったい何をする気なのか、とても負け惜しみには思えないけれど。


 やれやれ、そんな言葉がするくらいに、動く甲冑は頭を振った。そして、ちょいちょいと私の方に向けて――いえ、ターク君を手招きする。


「『何勝手なこと言ってんだ、このバカワニ』と申してます」

「バ・カ・ワ・ニですってぇっ!」


 それが契機だった。魔物はいきなりその姿を消した。あっという間の速度で水に潜り込む。勢いの激しさで、大きな水飛沫が上がった。


 何が起きたのか、その目的はなんなのか、すぐには理解できない。それでも、言いようの知れない恐怖は感じる。


 ――ドスン!


「きゃあああ!」

「な、なんだ!」


 その船の揺れ方は今までのものとはとてもわけが違っていた。大きな衝撃が、船底から伝わってくる。それで、甲板の数人が転ぶ。


 わたしは咄嗟に船の手すりを掴んだ。何かが――違う、モンスターの狙いはそこにあったのだ。海中からこの船を狙った!?


「ちょ、ちょっとこれヤバいんじゃないの~」

「キャサリンちゃん!」


 舵輪のところにいた彼女がとても慌てた表情でやってきた。戦況の危険さはよくわかっているらしい。

 

 ターク君と勇者様もこちらにやってくる。


「お前の魔法じゃ何とかできないのか!?」

「邪魔することくらいはできるだろうけど、そんな長くはもたないよ~」

「それで十分だ。姫様、魔法は使えるって聞いたが」

「ええ、そうですけど……ねえ、大丈夫? 聞こえたら、まずいですよ?」

「それどころじゃない」


 勇者様はかなりお喋りになってしまっていた。わたしの呼び方もなっていないし。


 でも彼の言う通り、周りはとても混乱している。当たり前だ。船がこのまま鎮められる恐れすらあるから。


 船乗りたちは備え付けの救命艇を準備している。そこに群がろうとする兵士たちを隊長さんが宥めて。中に引っ込んでた人たちも次々と姿を見せるし。


「とりあえず、キャサリンは時間を稼いでくれ。その間に、姫様には魔法を使ってもらう」

「オッケー! 海よ、あらゆる生命の源泉よ。我、水と共に生きし一族の――」


 キャサリンちゃんは真剣な表情のまま、謎の言葉を紡いでいく。おそらくこれが、ザラちゃんがいつもいってる前段詠唱というやつなのだろう。魔法の本来の威力を導き出すための詠唱。


「ねえ、あいつには魔法は効かないのよ!」

「わかってる。対象はあいつじゃない。とにかく姫様は一言『究極冷凍魔法アブソヌーラ』と」

「それどういう魔法なの?」

「説明してる時間はない」


 言い捨てて、勇者様は船の舳先に戻った。それ以上、わたしに話すことはないらしい。


 釈然としないながらも、わたしはとにかく魔力を練り上げ始める。脳裏に強く、先ほどの呪文の名前を浮かべて――


「アブソヌーラ!」


 すると、あたりに一気に冷気が立ち込めた。同時に白い霧も巻き起こる。すぐに、奇蹟まほうは成った。


「海が、凍り付いた……」

「す、すごい」


 ピキピキと海面に氷が広がっていく。船を縁取るようにして。しかもそこまで薄くもない。船上にいても寒さが伝わってくる。


「ちょっと、何してくれんのよ~!」


 たまらずワニが氷を割って、すごい勢いで飛び出てきた。今まで見たく上半身だけでなく、全身が空の下に現れる。そのまま氷上に着地する。すごい跳躍力だわ……少しだけ感心してしまった。


 ワニはちょっとだけ不機嫌そうな顔をした後、すぐににたついた気持ち悪い笑みを浮かべた。わたしたちを哀れむような目線を送ってくる。


「海の中はいきなり変な渦が起こるし。でもこれはいいわ。足はちょっと冷たいけど――」

「覇竜斬!」


 ワニの喚きを打ち消したのは、鬼気迫った女性の声だった。


 甲板から何かが跳び出してきた。それは無防備なワニの頭上に達する。そのまま彼は剣を振り下ろした。刃が、敵の身体を縦に走る。


「ぎゃあああああああ!」


 一際激しい断末魔があたりに響いた。そして――


 カラン――着地と同時に、反動でその兜が飛んだ。白日の下に、奇麗な金髪が風に靡く。

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