いいえ、彼女は王女ではありません
船室はかなり気まずい空気に包まれていた。ここにいるのは、俺たち五人と隊長。重要な話をするための部屋らしい。どぎまぎしながら、船長は俺に教えてくれた。
二人足りないのは、キャサリンとマラートだ。相変わらず、奴はダウンしっ放し。それを、魔法を使い過ぎて少し疲れたキャサリンが面倒を見るという名目で、一緒の部屋に引っ込んだ。
「これは……どういうことですかな? どうして姫様がここに? まさか自力で脱しゅ――」
「姫様、違います!」
俺は、隊長が口走りそうになった物騒な言葉をぴしゃりと遮った。
いやぁ、ちょっと兜が緩んでいるのはわかっていたんだけど……。まさか、とどめの一撃の後で外れるなんて欠片も思いませんでしたとも。
もちろん咄嗟に顔を隠そうとはしたが、ばっちりとこの男には目撃されていたというわけだ。あと、他に甲板に残っていた人間にも。
魔物を倒したことによる喝采の拍手はもとより、ヒューヒューとはやし立てる口笛や、喜びからくる大歓声も交じり合って、それはものすごい騒ぎになりましたとさ。
今はそれも収まって、港に戻る航路を辿っている。幸いなことに、致命的な怪我を負ったものは一人を除いていなかった。
……マラートはすっかりその株を落とした。肝心な時に、船酔いで使い物にならないやつ。一緒に旅をしていた組はまだしも、女性陣からはほぼほぼ総スカン。ま、普段が普段だからいい気味だと思うが。
ともかく、強大な魔物を倒した謎の甲冑の正体が美女だった。という事実は、大勢の人を困惑させるのには十分すぎた。
さらにそれがラディアングリスの姫様にそっくりときたもんだから、兵士たちは二度びっくり。そのせいで、こうして俺たちは集められているわけである。
「いいえ、騙されませんぞ! どこからどうみても、オリヴィアさまではないですか!」
「他人の空似という言葉があるでしょう? それに、逆に聞きますけど、あなたたちの王女様は、あんな化物を倒せる程に武闘派なのですか?」
ぐぬぬ、と言葉に詰まって眉間に深い皺を刻む隊長。ぐうの音も出ない程の正論だったらしい。
……視界の片隅に移る本物の姫様が眉毛をぴくりと動かしたのは見なかったことにしよう。
「しかし見れば見るほどに、姫様そっくりですなぁ……」
「むっ、あんまり女性の顔をじろじろと見るものじゃありませんよ」
勇者――姫様が自分の臣下に抗議の声を上げた。目を細めて相手の顔を睨んでいる。
「これは失礼しました。確かにそうだ。しかし、なぜ正体を隠していたのですか? 初めから教えてくだされば、こんな混乱は――」
「どちらにせよ、起きてたと思いますけどね。だって、姫様にそっくりなんでしょ、この人」
「それに、女の自分があのワニの魔物を倒せるといったところで、信じましたか?」
ザラと一緒に詰め寄ったら、またしても兵隊長は口を閉ざした。ふむふむと、得心が言ったように首を振り続けている。
「本物の王女様は今もどこかで苦しんでいるままなんですな……」
「大丈夫です、僕が必ず助けます!」
「おおっ、勇者殿がそう言ってくださると頼もしい。しかし、我々も頑張りますぞ!」
本当はもう助かっているんだけどな。思わず、そう言いたくなった。まあ何はともあれ、信じてもらえたようで何よりだ。これにて、本当に一件落着である。
*
港では、マリカが気難しい顔で待ち構えていた。腕を組んで仁王立ち。見るからに怒っているのがよくわかる。
「ふん、どうせダメだったでしょう? ……って、何その女?」
「あなたが散々訝しがった、鎧の中身よ。――もちろん、ばっちり倒しましたとも」
俺はちょっと勝ち誇った笑みを作りながら、彼女の問いを肯定した。
すると、意外そうな顔をする彼女。何が面白くないのか、不満そうに頬を軽く膨らませる。
「あんたが? へえ、なかなかやるじゃないの」
「それはありがとう」
「こらこら、バチバチしないでくださいよ。ええと、マリカさん、船、ありがとうございました」
一触即発の俺とマリカの間に、姫様が割って入ってきた。その辺りの礼節を弁えているのは、さすがに一国の王女ということか。
「まあ、いいってことよ。ちゃんと使用料と修繕費を払ってもらえればね?」
「え!」
初めてかもしれない、俺たち七人の声が揃ったのは。どちらのメンバーにとっても、金銭問題は大きな問題ということか。
俺たちはマリカの顔をじっと見つめる。この女、しれっととんでもないことを言い出しやがって……。
「なぁんて、ウソよ、ウソ! ちゃんとそういうのは王宮に請求するから」
「よ、よかったぁ~。一瞬本当かと思っちゃいましたよ」
「飾り石も獲ってきてくれたし、第一、魔物も倒してもらったんだから、それ以上何か求めたら罰が当たるってことくらい、あたしにもよくわかってるってば」
「……本当かなぁ。ちょっと信じらんないんだけど?」
「あらあら、おチビちゃん。あんたの身柄を拘束して、どこかに働きに出してもいいのよ?」
うちの妹もそれなり弁達者だと思っていたが、相手の方が何枚か上手なようだ。短い付き合いだったが、とてもお喋りでプライドが高い女性だというのがよくわかる。
「そういえば、あんたたち、船でどこかに行きたかったんでしょ? 明日、朝一番にでも、大陸への定期便を用意させるわ」
「あのそれなんだけど、ちょっと他に行かなきゃいけない場所があって」
「あら、そうなの? まっ、いいわ。もし必要だったら、いつでも言ってちょうだいな。それなりに安くはしてあげてよ」
「ええっ、お金取るんだ……」
「当たり前でしょ、こっちは慈善事業じゃあないのよ」
ふんと鼻を鳴らすと、優越感満載の笑みを浮かべるお嬢様。オリヴィアよりも、よっぽど姫様らしい。……もちろん、悪い意味でだが。
まあ身体が元に戻ったら、存分に使わせていただこう。旅はまだまだ始まったばかりなんだから。……つい、その事実を忘れてしまうけれど。
とにかく今は早く魔王城に戻って、父と捕まっている女性たちを救出することが最優先だ。魔王については……邪魔をするなら倒すだけ。タークには悪いけれど。
とにかくようやく一歩、大きく目的に近づけるわけである。これでもう誰も家に戻ることに反対する者はいないだろう。
「それじゃあマリカさん、わたしたちはこれで――」
「ええ。色々とありがとうね。元気でやんなさいよ、あんたたち」
ぶっきらぼうな言い方だけど、きっとそれは照れ隠しだろう。その顔はちょっと赤かった。すぐにそっぽを向いてしまっから、もう確かめようはないけれど。
これにて、ゼルシップの魔物退治は完遂である。さあ、いざ帰ろう。我が家へ。闘いを終えた後だが、俺の気分は最高潮に達しようとしていた。




