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運命の出会い

「えっ! なに、これ? どういうことなの? どうして、わたしが目の前に!」

 

 目の前の男は声をかけると、驚いた表情をした。目を丸めてまばたきを繰り返し、口をぽかんと開けて、その姿は見るからにアホっぽい。


 そして、間違えようのない男特有の声音で、女みたいな話し方をするものだから、気色悪くって仕方がなかった。


 隣にいる嫌というほど見覚えのある子どもみたいな少女と、もう一人すらっとした体型で、長い黒髪をなびかせる女も驚きを隠しきれていなかった。奴と俺の顔を交互に見やっている。


 俺は、この意味不明な現実に思わず顔を歪ませて腕を組んだ。いつも思うが、ほんと子の胸の塊はこういう時は邪魔で仕方がない。


「それはこっちのセリフだ。どうして、俺がこんなところにいるんだ」


 俺は不機嫌な感じでそれに応じた。


 すると、子どもっぽい少女が一歩前に進み出てきた。じろじろと、俺の顔を見つめてくる。


「えっと、もしかしてこちら本当の王女様? ということは――」

「久しぶりだな、ザラ。その様子を見ると、ずいぶん元気そうで何よりだ」

「や、やっぱり、お兄ちゃん!? よかったぁ、ずっと会いたかったんだよ!」

 

 いきなり妹は俺の身体に抱き着いてきた。それを簡単に軽く受け止める。ほんとこいつ、相変わらず実年齢に反比例した身体つきだ。そんな場違いな感想が浮かぶ。


 やはり妹も事情は知っているようだ。簡単にこの姿の中身を言い当てた。そちらの謎の女性も驚いた様子はないから、その男の正体については承知済みらしい。


 とりあえず、もういいだろうと思って、妹の身体を離した。なぜその目に涙がちょっと滲んでいるのか。感動の兄妹の再会だが、絵面のおかしさからか俺はとてもそんな気分になれない。


 しかし、見れば見るほど、どんどん不思議な気分になっていく。目の前にいる男は紛れもなく自分だった。それをこうして第三者の目線で見ているなんて……。


「でもどうしてですか? オリヴィアちゃんは魔王のお城に捕まってるはずじゃ……」

「オリヴィアちゃん?」


 謎の女が謎の単語を発する。誰の名前か……文脈を考慮せずともよくわかるが、思わず聞き返してしまった。


「わたしの名前です! オリヴィア・ラディアーナ! この国に住んでるのに、知らないのですか?」

「オリヴィア……へえ、初めて知った」

「アリスとは似ても似つかないですね、アルス様」

「まあ、そもそもが適当すぎるからね~。安直すぎるっていうか~」


 ちょっと呆気に取られていると、魔族二人が割り込んできた。タークの方は呆れ顔で見上げてくるし、キャサリンの方はニヤニヤと揶揄うように笑ってる。


「お前らは黙ってろよ、話が――」

「あら、あなた……もしかして、見張りの子?」


 すると、勇者――もとい、オリヴィアは屈みこんだ。そして、じっくりとタークの顔を眺める。にこにこと親しみに満ちた感じで。


 しかし、タークの方は恥ずかしかったらしい。すぐに顔を真っ赤にして、俺の後ろに隠れてしまった。……相手は男なんだが。またしても、面倒くさい現象が発生している。


「あらあら、照れ屋なのは相変わらずなのね」


 にっこりとほほ笑むと、王女様はゆっくりと立ち上がった。


「しかし、どうして魔物さんまで……。ますます話がわからなくなってきたわ」

「俺も聞きたいことはたくさんあるんだが……」

「オリヴィアちゃん、一度部屋に上がってもらいませんか。こんなところで立ち話もなんですし」

「そうだよ。ほら、お兄ちゃん、こっちこっち!」


 俺はザラに強く袖を引っ張られる。とりあえず、いきなりの邂逅を果たした俺たちは場所を変えることとなった。




    *




 当然、七人もいちゃあ椅子の数は足りないわけで、みな思い思いのところに陣取っている。俺とキャサリンは数少ない椅子を占領し、タークとマラートはそろって窓辺に立っている。相手方の女性陣――そう呼ぶのは複雑ではあるが――はベッドに軽く腰掛けていた。


 ザラじゃない方の女性の名前はソフィア、というらしい。エルム村で聞いた通り、彼女が新しい旅の同行者というわけだろう。


 そして、()()()()()()()()()。まるで鏡の前にいるかのような錯覚を起こさせるほどに精巧――しかし、鏡像と決して違うのは、自らの意志に反して勝手に動くという点。


 とりあえず、状況を整理するために、俺たちは交互に自らの置かれた状況について説明しあうことに。話し終える頃には、窓の外の風景が橙色に染まりつつあった。


 しかし、目の前の男の声は、自分の声のはずなのにどうにも耳慣れない。そして、より違和感を起こすのは、その口調だ。完璧な女性言葉……気持ち悪くって仕方がない。


 なかなかどうして話の内容が頭に入ってこなかったけれども、それでもなんとかおおよその事情は掴むことができた。


「……とんだお転婆な王女様だな。人の身体で好き勝手しやがって」

「むっ! お言葉ですけど、見た目だけで言うなら、そっちの方が()()()()()()()よ!」

「えぇ、オリヴィアさん、そっちツッコムんだ……」


 ザラがなんとも言えない表情で、姫様の方を見ていた。どうやら、だいぶ打ち解けているらしいのが、その雰囲気からよくわかる。


「……こほん。とにかく、勝手やったのは、そっちも同じでしょう? 人のか弱い身体を酷使してくれちゃって!」


 ちょっと顔が赤くて、早口なのは照れてるからなのだろう。しかし、やはり気持ち悪い。姫様には悪いけれど、見た目は俺なのだからもう少し何とかならないものか。


 それにしたって、酷使とは……。そんな無理をした覚えはない。あくまでもこの身体でできるだけのことをしただけの話。……あっ、魔物たちに対して魅了もどきを使ったことは黙ってある。それは火に油を注ぐ行為でしかない。


「こっちのは不可抗力だ。俺だって、この姿で進んで暴れまわる気持ちはなかったさ」

「えぇ~、その割にはノリノリだったと思うけど」

「はい。僕もちょっと楽しげに見えました」


 さらにマラートまで深々としみじみとした表情で頷く。


 こいつら、本当失礼な連中だな。かといって、まともに取り合うのも馬鹿らしくて目でいなす。


「でもさすがお兄ちゃんだね。そんな姿でも、いつも通り剣を振るえるなんて」

「そんなって……。ザラちゃん、不敬ですよ?」


 むすっとした顔をする王女様。しかし、妹はそれをなんなくスルーした。一瞥して、すぐに俺に視線を戻す。


「いやぁ、俺もびっくりだ。試しにやってみたら、思いの外な……。身体が覚えてるってやつかも」

「その身体はわたしのものですけれどね」

「だから不思議なんだよ。魔法はダメだったんだけどな……。王女様には魔法の才能はないらしい」

「うっ、やっぱり……。まあ、今は使えるからいいですけど」

「それこそ俺のものだけどな」

 

 その点で言えば、お互い様という奴だろう。……元を辿れば、どちらも俺の技能だから、彼女は得しかしてない気がするが。

 

 しかしまあ、彼女たちなりに入れ替わりの解消手段を探していたとは。だからこんな街まで来たのか。ようやく納得がいくと同時に、少しだけありがたい思いがした。


 その割には、余計な人助けを重ねてきたようだけれど。ここでも厄介なことを背負いこんでいるみたいだし。だが――


「さ、話も終わったことだし、帰るぞ。それで、母さんの魔法で、マギアクルスに行く」

「ちょ、ちょっと待って! 沖合の魔物はどうするのよ?」

「そんなの後回しでもいいだろ? こっちの方が大切だ!」


 何を言ってるのだろうか、このお人よし王女様は。訊けば、一度負けているというし。誰ももう、彼女たちに期待していないと思うのだが。


「ダメよ。みんな困ってるんだから。早く解決してあげないと!」

「そうだよ、お兄ちゃん。勇者の名が泣くよ!」

「困ってるって点では、俺たちも同じだろう? 早く元の身体に戻りたいんだ、こっちは」

「でもさ、アルス。俺も王女様に賛成だよ。別にいいじゃない、そこまで回り道というわけじゃあるまいし」


 うんうん、と魔族も頷く。そして、ソフィアも期待を込めた眼差しを送ってくる。


 今、この瞬間においては俺だけが悪者らしい。……どうにも居心地が悪い。全く、面倒くさいことこの上ない。しかし、当事者の一方は強い意志を見せているわけで――


「わかった。わかったよ。そのワニをぶっ飛ばしてから、家に帰る。それでいいだろう?」

「はい。ありがとうございます、勇者様」

「……代わりと言っちゃあなんだけど、二度と勇者なんて呼ばないでくれ」

「えっ、でも……」


 俺は答えずにきつく睨み返した。それで、ちょっとどぎまぎとした表情を浮かべるオリヴィア。


「……わかりました。アルスさん、これでいいでしょ?」

「ああ。悪いね、王女様」


 少し不穏な空気が俺と彼女の間に流れる。


「それじゃあ話もまとまったことだし、そろそろマリカちゃんのお屋敷行きますか?」


 すくっと、ソフィアが立ち上がった。ぐるりと俺たちの顔を見回す。


 すると、ザラがはっとした顔をした。


「でも、隊長さん、いるんじゃ……」


 それは確かにまずい。誘拐されたはずの王女が、いきなり姿を見せるなんて。いったい何が起こるか、わかったものじゃない。


 だったら、留守番してるよ。そう言おうと思ったら――


「ふっふっふ、アタシにいい考えがあるよ~!」


 不敵に笑うキャサリンに、頼もしさではなく嫌な予感しか感じないのは、俺がずいぶんと彼女と親交を深めることができた証だろうか。

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