敗戦、そして邂逅
「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」
「あんたたちに焚き付けられて、船を出したのが運の尽きだったよ」
「こんなことなら、ずっと街に籠ってたっていうのにさ!!」
出るわ、出るわ、不満の嵐。船乗りたちの恨みつらみは心にとてもよく刺さる。
しかしそれはわたしだって同じこと。まさか、ここまできてこんなにてこずるとは思いもしなかった。正直な話、簡単に片が付くだろうと高を括っていましたとも。
いよいよを持って、打つ手なし。ジリ貧状態と言ってもいい。果たして、どうしたものか。魔法が効かないとわかった今、わたしはどうすれば……。
「あらあら、もう終わりかしら? 頑張った方だとは思うけど情けないわねぇ」
「勇者殿、何か手立てはないのですか!」
「いや、そう言われても……」
わたしはただただ困惑することしかできなかった。どうしたらいいかなんて、全く以てわからない。
悲しいかな、わたしはどこまでいっても所詮は紛い物でしかないのだ。勇者様の力のほんの一端をお借りしているにしか過ぎない。今まではたまたまうまくいっただけ。これまでの闘いは、薄氷の上を歩いているみたいに危ういものでしかなかった。
これが本物の勇者様なら、いくらでも成す術があるのでしょうけれど。鍛えられた肉体で武の技を披露するもよし。あるいは、腰に携えたこの剣で切り裂くもよし。
しかし、わたしにはそのどちらも難しいように思えた。相手がもっと弱い魔物だったならば、それもできるだろうけれど。あの固そうな鱗を貫くためには、力だけではなく技が肝心でしょう。わたしはその辺りのことはからきし。妹様も魔法のことしか詳しくないし。
「さてと、ではここまでしてくれたからには相応のお礼をしなきゃ、ねえ?」
「くっ、お前ら、目や口の中を狙え! あんなモンスターでも、流石にそこは弱点だ!」
「おおーっ!」
兵士たちには、まだ闘志は残っているようだ。諦めることなく、矢を放っていく。
「くだらないわねぇ……」
モンスターは心底呆れたように首を振った。そして、いったん背筋を伸ばすと――
「ふんぬっ!」
少しいきんだ顔をすると、敵はその太い腕を思いっきり水面に叩きつけた。ばしゃん、と大きな水飛沫が上がる。空から飛んできた粒は、砲弾のように甲板に穴をあける。それだけでなく――
「いかん、こりゃまずい!」
「総員、なにかにしがみつけ!」
言われるまでもなく、わたしは慌ててマストにしがみついた。湧きたつ白波が見えたから。それは、防衛本能からくる反射反応だった。
今の行動の目的の真意は、決して水鉄砲ではなかった。あれはただ副次的なもの。海面を揺らすのが主たるものだったらしい。
ざぶんっ! 大きな高波が一つ、船体にぶつかった。ぐらりと地面が上下左右に揺れる。立っているのが、しんどいくらい。
「ほぉらほぉら! 次々行くわよ!」
そんなわたしたちなどお構いなしに、魔ワニは次々と楽しそうに水を叩いていく。その無邪気な様子とは裏腹に、起こる波紋は激しい。
波がぶつかる度に、船体が激しく揺れ動く。甲板を積み荷が転がりだし、中には海に跳び落ちるものまで。それはわたしたち人間も例外ではなく――
「ちょっと! あんた、本当に勇者なの! これくらい、何とかしなさいよ!」
「ザ、ザラ、何かいい案は……」
「ごめん、お兄ちゃん、ちょっと……いえ、かなり酔った……」
妹様の顔色は見るからに悪い。気の床に向けて、げーげーと嗚咽を漏らしていた。
うぅ、わたしもかなり気持ち悪くなってきた。これは――
「隊長さん! ここは一端退きましょう!」
「しかし、勇者殿、ここまで来て――」
「そうよ! あんた、あれだけ偉そうに啖呵切ったじゃない! 恥ずかしくないわけ?」
「そんなものよりみんなの命の方が大事だよ。船ももう持たない!」
「そいつの言う通りだぜ。早いと鼓動するか決めないと、手遅れになる」
甲板には先ほどよりも小さな穴が増えている。波もそうだが、上から降る水の礫攻撃も絶え間なく続いていた。……身体に当たると結構痛い。
「わかった。船長、船を戻してくれ!」
「あいよ! 野郎ども、舵を回せ!」
「おにいちゃん、風魔法を――」
弱弱しいながらも、彼女はわたしの耳元に何とか顔を近づけた。これまたか弱い呟きがそこから漏れる。
わたしはしっかりとその呪文を心に刻んだ。その使い方もしっかりと覚える。
「もうお帰りかしら? 悪いけど、今回は逃がさないわよ~ん」
「暴風魔法!」
高らかに叫ぶと、魔物の後方から豪風が吹きこんできた。タイミングよく、その船にとって追い風となる。
船はぐんぐんと加速していった。後方からは、気色悪い悲鳴が聞こえてきたけれど、それを気にする余裕は誰にもなかった。
*
船を下りて、久々の大地に足を踏みしめる。まだ少し揺れている気分だった。それくらいに、帰りは酷い航海だったわけだけれど。
改めて仰ぎ見れば、よくもまあ沈まなかったものね、と思う。素人目から見ても、かなり傷んでいるように見えた。
船が着くなり、乗組員たちは急いで整備を始めていく。港にいた、他の人たちも血相を抱えて手伝い始めた。
わたしたちはそれを港の隅の方でぼんやりと見ている。流石に疲れた。すぐに動く気にはとてもではないが、なれない。
その割には隊長さんは、作戦会議だと張り切っていたけれど。そこは、なんとか説得の果てに今夜にスライドさせることに成功しましたとも。
ちなみに、マリカお嬢様はとっくの昔に屋敷に帰っていった。そりゃもうものすごい剣幕でしたとも。当たり前ね。折角ついていったのに、歴史的勝利を味わえるどころか、命の危機にさらされたんだもの。
勇者様を見る視線の苛烈さは言葉にできない程に。見られていると意識するだけでも、心臓がきりきりと傷んで仕方がなかったというのに。
「ほんと、酷い目に遭ったねぇ~」
「その割には、ザラちゃん。のほほんとしてるわね……」
「いやぁ、だってやっと帰ってこれたわけだしさ。少しくらいホッとするのも罰は当たらないんじゃないかって」
彼女の顔色はひとまず元に戻っていた。ただそれでも本調子とまではいかないらしい。いつにもまして、その言葉にはキレはない。そして、あの底なし沼のような元気もすっかり鳴りを潜めているし。
船の揺れの激しさもその原因であるのだろうけど。やはり最たるものは――
「どうやってあのワニを倒したものかしらね……」
「魔法効かないんでしたっけ。そんな時こそ、これですよ!」
唯一元気いっぱいのソフィアさんは、力強くブーメランを掲げた。
言わんとすることはわかるし、事ここにいてれば打撃系に手を伸ばすのは当然の道理だけれど。でも、彼女には無理だ。どれだけ特訓しても、あのワニにダメージを与えるビジョンは湧かない。
となると、私――勇者がやるしかなくって。はあ、剣の使い方なんて、てんでわからないわよ。誰かに聞こうにも当てはない。
隊長さんくらいだろうけど、向こうはわたしを勇者様だと思っているわけで。その行為は不自然極まりない。
「あとでゆっくり考えようよ~。夜まで時間はあるから、ザラちょっと休みたい」
「大丈夫ですか? 肩、貸しますよ」
「ありがとう、ソフィアさん。ほら、行くよ、お兄ちゃん!」
「はいはい」
その言葉でわたしは勇者様モードを作る。やりきれない想いを抱えながら、ゆっくりと歩き出した。
街の静けさは昨日までと変わりもないはずなのに、より痛ましさが増している気がした。通りを歩く人の姿の少なさが、とても心に刺さる。
何とかできると思っていたんだけどなぁ……一筋縄ではいかないものだ。この国の王女としては、心苦しくって仕方がない。
最後の角を折れて、ようやくわたしたちの泊まる宿が見えてきた。とても長い旅を終えたような、そんなくたびれた感じがどっと襲ってくる。
「見つけたぞ!」
後ろから、誰かの声がした。乱暴な言葉遣いだったが、それは女性のものだった。特有の声音の高さがある。
初め、それがわたしたちに向けられているとはわからなかった。しかし、すぐに後ろからこちらに走り寄ってくる音が聞こえてくる。それで、ちょっとドキドキしながら振りむいた。
「――あれ、わたし?」
振り向くと、そこにはよく見慣れた女性の顔があった。彼女は不機嫌そうに顔を顰めていた。
すぐには理解できなくて、わたしはただただ呆然としていることしかできなかった――
次回より、新章突入です!
それにあたり、一週間ほど更新を休止します。
次回は、1/28に更新予定です。




