やっときたぞ、ゼルシップ!
昨日とはうって変わって、快晴。二日続けて雨が降らなくて本当に良かったと思う。悪天候はしんどいことだらけで、うんざりだ。
山頂部を超えて、俺たちは山を下っていた。ここはグラン山というらしい。かの霊峰と名前が似ているのは、何か理由があるのだろうか。
ラディアングリス地方の周遊を始めて、はや七日。思いの外、この山越えには苦労させられた。……どうにも俺たちは方向音痴の集まりらしく、迷いに迷って仕方がなかった。こんな山中じゃあ、タークの目の良さも役に立たなかったし。
「それにしても、不幸中の幸いですね。今港が閉鎖されているのは」
「そうだな。流石のあいつらも、そこで足止めを食ってるはずだ。これで追いつける」
山の前のニアマンという村で、そういう話を聞いた。なんでも沖合に怪物が出たとかで、船の出入港が全面禁止だとか。
あと、連中の目撃情報も確認した。やはり、エルム村の村長の言う通り、男一人と女二人で旅してるとか。一緒についていったという村娘の名前は、ソフィアと言うそうだ。
「とはいうものの、早いところこの山を抜けたいよなぁ……。こう、野宿続きだと、キャサリンちゃんほどじゃないけど、うんざりしてきたよ」
「もうほんと、ほんと~! いつになったら、ゼルシップって街に着くの~?」
そろそろだと思うんだけどなぁ、下ってるし。しかし、街道に戻ってからもまだその先は長い。道中に一つ村があるらしいから、そこに寄ることになるだろう。
ようやくちょっと開けた場所に出た。今までよりかはなだらかな道が続いている。きっとこの先が出口だろう。
そう思っていると――
「何かいますね」
「相変わらず、よく見えるな」
タークの言葉に俺はぐっと前を凝らして見るが、ようやく少しだけ何か動くものが見えた。
「魔物か?」
少なくはない数、道中戦闘をこなしてきた。まあ一匹たりとも手強いのはいなかったが。
「ううん、あれは馬車……でしょうか? でもどうして地上を……」
「待ってくれ、ターク君。ちょっと意味が分からないんだが。魔界では、馬車はどこを走るんだい?」
「そりゃ、水のうえ~とか、空のうえ~とかに決まってるじゃん。ね、ターくん」
「はい。馬が荷台を引くっていうのもちょっと……」
「人間は地上を歩くのでさえ、四苦八苦することもあるんだよ。だいたい、今俺たちがそうじゃないか」
「だから、魔界ではあんまり歩いて移動しないですから」
また異文化コミュニケーションをとってしまった。おそらく今後生きていく上では一切要らない知識だろうが。
そうこうしていると、馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。バタバタ、ゴトゴト、その姿がはっきりとしてくる。タークたちに呆れたものの、俺自身実物を見るのは初めてだった。
そのまま通り過ぎるかと思いきや、俺たちの真ん前で止まった。二匹の白い馬はかなり立派だ。砦攻略戦で見たのとはまた種類が違うみたいだ。……馬に一家言あるわけじゃあないが。
馬車もいたって普通。御者台には黒いシルクハットの男が二人座っている。ダンディな口髭を生やして、しげしげと俺たちを眺めてくる。
「お前たち、こんなところで何してる?」
「旅です。ゼルシップを目指してまして」
「ほう。今、ゼルシップと言ったかね?」
中から、恰幅のいいおっさんが出てきた。腹が出て上には羽織っている上着のボタンは開けっ放し。こいつもまた立派な口髭を蓄えている。
一体何だというのだろう。俺たちは困惑しながらも次の言葉を待った。
「あそこはいい街だぞ。……まあ今はその魅力も半減してるがね」
「沖合に出たという魔物のせいですか?」
「ああ、そうだよ。あいつのせいで、商売あがったりだ。あの気色悪いワニめ……!」
「ワニねぇ……おじさんはゼルシップの人なんだ?」
「ああ、そうさ。今は、王都に向かう――むむ、そこのキミ! なんだかとても――」
その時、さっとマラートが割り込んできた。その背中に、姫様の姿がすっぽりと収まる。一応、俺も身を縮めてみた。
「姫様に似てるとかっていうんでしょ? 全く、そうやって妻を誑かさないでいただきたい!」
「これは、これは、失礼した。私としたことが、無礼だった。そうだ、向こうから来たのなら、やはり大蛇はもういないのかな?」
「大蛇……? 何のことでしょう」
「いやね、つい最近まで、ここの通行を邪魔していた魔物がいたんだよ。どうやら、あの若者が対峙したというのは、本当のことらしい
「あの若者って、もしかしてこの人じゃありませんか?」
マラートに俺は自分の写真を手渡した。それを彼がおっさんに見せつける。
「そうそう、彼だよ。キミたちも彼の知り合いかな?」
「まあそんなところです。おじさんはどこで会ったんですか?」
「この先のプリンクラの町でだよ、ちょうど昨夜のことだねぇ」
「旦那様、そろそろお時間の方が……」
「おっと、そうだな。では諸君、名残惜しいがこれにて」
おっさんが中へ引っ込むと同時に、馬車は発進した。ぐんぐんとその姿が遠ざかっていく。
それを俺たちは暫く茫然と見送っていた。
「なんだったんだ、あれ?」
「さあ? まあなんでもいいじゃないか、そろそろ目的達成も近そうだ!」
ということで、気力を取り戻した俺たちは、件のプリンクラへと急ぐのだった。
*
「わぁーっ! ここがゼルシッブね。テンションあがるぅっ!」
ぴょんぴょんと、キャサリンがその場で跳ねる。その声音もいつにもまして高い。全身で喜びを表現していた。
ここが港町――つまりは、水源に近いからか。ウンディーネである彼女にして見れば心地よい場所なのだろう。
山育ちの俺にしても、胸にくるところがないわけでもない。街の奥にうっすらと見える青の広がりは美しい。時おり吹く浜風が運んでくる潮の匂いは新鮮で、爽やかな気持ちになる。
なによりも、ひとしおの念を抱くのは、ようやくこの街にたどり着いたという感動だった。突然の入れ替わりから今日まで、苦難の道のりだった。
とにかく、この街にいるという俺と妹を見つければ一区切りがつく。早速目の前を横切った女性に声をかけた。
「ああ。今朝、港で騒いでましたよ。なんでも、例の化物を倒しに行くんですって」
女性は写真を一瞥するとすぐに顔を上げた。そして、にこやかに教えてくれる。
「本当ですか! えっと、港というのはどちらに」
「あっちの方よ。でも、朝の話だから、もういないと思うけどなぁ……」
「いえ、ちょっと行ってみます。ありがとうございます!」
俺は簡単に礼を告げて、彼女が指さした方向へと急いだ。町中だというのに、走ることを厭わずに。
しかしこの街の構造はとても複雑だこと。道が入り組んで、その上、運河が張り巡らされて、気を付けないとすぐに道に迷いそうになる。幸い、港までは殆どわかりやすい道が広がっているみたいだが。
「それにしてもこの国の王女様はご立派だねぇ。行く先々で人助けをしてるじゃあないか」
「人の身体を使って、好き勝手やってくれるよ、全く」
「まあまあ悪事ではないのだから、いいじゃありませんか。僕は姫様のこと、立派だと思います!」
「そうかねぇ……」
ある種勇者よりも勇者らしい……というのは、まるで俺への当てつけみたいだな。こちとら、まだ何も成し遂げていないというのに。まあ、元々そんなつもりはあまりなかったのだが。
複雑な心境を胸に、通路を急ぐ。幸運なことに、道行く人が少ないので、気兼ねなく駆け急ぐことができる。
港が見えてきた。そこには船がたくさん泊まっている。目の前にあるのは一際大きいものだった。その周りにはぞろぞろと男たちが集まっている。
「すみません、聞きたいことがあるんですが」
作業に割って入るようにして、彼らに写真を突きつけた。ぐるりと全員にしっかり見えるようにする。
その誰もがよく頷いていた。どうやら、当たりらしい。
「その兄ちゃんたちなら、さっき宿に向かってったぜ?」
「それはどこ!」
「お、おう、凄い剣幕だな。あっちの方だ。急げば間に合うと思うぜ?」
俺はおざなりに頭を下げて、再び駆け出した。……そろそろ息がきつくなっていく頃合いではある。それでも、足は止めなかった。
もう少しだ。もう少しで追いつく。あいつらを連れ帰って、魔法都市に行く。そこで、入れ替わりの解消法がわかれば――この不自由な暮らしも終わりだ!
曲がり角を曲がると、よく見知った少女の背中が見えた。その隣には、髪の長い姿勢の奇麗な女性。そして――
「見つけたぞ!」
俺は躊躇いなく、その三人組に声をかけた。




