ワニ退治
「こいつだ、こいつ!」
甲板にはすっかり人が集まってきていた。中で控えていた兵士たち、マリカさんのお付きの人、そして船の乗組員たち。
なかでも乗組員たちはその魔物と面識があるらしく、指をさして大騒ぎしている。
そのワニのモンスターは本当に巨大だった。海面からは、おへその辺りから上が出ている。……その下はどうなっているのでしょう? ちょっと気になってしまった。
船のマストに匹敵する程の全長。顔はワニそのもの。目の部分はがウサギの耳みたいにぼこっと盛り上がり、口は嘴のようにとがっている。そこからはギザギザの歯がばっちりと見えていた。
首から下はしっかりと人間みたいな身体になっていた。がっちりと広い肩幅、太い腕、その先には鋭い爪。全身黒いうろこでおおわれているが、お腹の部分だけはクリーム色になっていた。。
もしかすれば、水面の下は足はないかもしれないけれど。とにかく、現状見える範囲の見た目はそんな感じだった。
「全く。何度来ても無駄よ、あなたたちを通す気はないわ」
「どうして? あなたの目的は何なんだ?」
「目的……? そんなものはないわ。まあでも、強いてあげるとすれば、あなたたち人間の邪魔をすること、かしらねぇ」
そう言うと、魔物は気色悪い笑みを浮かべた。どこかうっとりとしている。
それよりも――
「ねえ、あの喋り方、なに?」
「あ、ザラも気になる? どうも話が頭に入ってこないんだよね……」
「ちなみに、それ、いつものザラとソフィアさんの気持ちだから」
「どういう意味よ……だよ!」
妹様に袖を引っ張られたので、ひそひそ声で会話をすることに。ちらちらと、敵の姿を見ながら。
メスなのかしら、この魔物……でも、その声は意外と野太いし。身体は男、心は乙女みたいなあアレなのかもしれない。そういうの、偶に物語で出てくるのよね。道化師的なポジションで。
「こほん、なによ、あなたたち。感じ悪いわねぇ」
「いやいや、こっちの話だから。とにかく、悪さを止める気はないんだな!」
「止めろと言われて、止めるなら、初めからこんなところで遊泳なんてしてないわよ、全く!」
……凄い剣幕で怒られてしまった。ちょっと凹む。
とにかく、闘いはやはり避けられないらしい。わたしは一つ深呼吸をすると、改めてその魔物を見据えなおした。
「やれやれお灸を据えないと駄目なようだな」
……決まった! 一度言ってみたかったのよね、こういうセリフ。隣で、ザラちゃんが渋い顔をしているけれど、気にしない。
わたしは静かに魔力を練り上げ始める。当初の狙い通りに、使うのは雷撃魔法で十分だ。一つ息を吸い込んで――
「雷撃魔法!」
一筋の雷が天から落ちる。それは見事に、敵に直撃した。もくもくと煙が起こって、視界を塞ぐ。
決まった! その威力の絶大さはよくわかっている。このわたしの前には、イカだろうがタコだろうが、ワニだろうが、何でもないのよ。
「おおー、さすが勇者様!」
「いやぁ、凄いな兄ちゃん! あんな強敵を!」
「ふっふっふ、こんなの大したことありませんから」
「……あの、お兄ちゃん。その――」
「効かないわね、こんなの!」
煙が晴れると、魔物姿は健在だった。敵の言葉は決して強がりなんかではなく。傷一つなく、ぴんぴんしている。
間違いなく、命中したはずなのに。わたしはこの目ではっきりと見ていた。
周りの人たちもかなりびっくりしている。やはり、魔法が当たったのは事実に違いない。しかし、これは――
「ど、どうして? こんなのおかしい」
「ちょっとどきなさいな! 全く勇者が聞いて呆れるわ。今度はあたしの番――炎上魔法!」
わたしを押しのけるようにして、マリカさんが前に跳び出てきた。そして、呪文と共に、ぱっと腕を前に突き出す。
すると、海面すれすれから炎が起こって、敵の身体を飲み込んでいく。どんどん昇っていくが――
「鬱陶しいわねっ!」
魔物が體を大きく揺らす。たちまちに炎は消えてしまった。焼け跡一つ残っていない。
それどころか、発生した波が船体に襲ってきた。上下左右に激しく船が揺動する。足元がふらついて、あわや転びそうになった。
「きゃっ!」
隣にいたマリカさんが、わたしの腕にしがみついてきた。
「ちょっと、何抱き着いてんのよ!」
なぜか対抗心を燃やしたのか、ザラちゃんが反対の腕に巻き付いてくる。
いやいや、そんなことで動揺している暇はない。わたしは次なる手に打って出るために、集中を高めて、魔力を一点に――
「小火球魔法! 小爆発魔法! 氷刃魔法! 風刃魔法!」
次々に魔法を連発していく。そのどれもが、しっかりと相手に命中したが――
「そ、そんな、あたしの魔法が……」
「効かない、効かない、効きませーん!」
馬鹿にするような口調で叫ぶと、魔物は大きく胸を張った。ポッコリと出たお腹がより強調される。わたしたちを嘲るような眼差しを作りながら。
マリカさんはすっかり呆気に取られていた。それは、わたしも同じで。わただただ唖然とするしかない・魔法が通用しないモンスターがいるだなんて……。いったいどうすれば――
「お前ら、怯むなぁ! 撃て撃て撃て撃て~!」
いきなり、隊長さんが大きく吠えた。その大きな号令と共に、兵士たちが一斉に矢を放った。それは雨のように、魔物の身体へと振り注ぐ。
「はいよっと」
軽い感じで、魔ワニは右腕を奮った。矢が一度に払われて、ぽとぽとと海に落ち、あるいは甲板に帰ってくる。
「さあ、お次は何かしら~ん?」
モンスターはまだまだ余裕綽々そう。このふざけた感じとは裏腹にかなりの強敵。わたしは自分の胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。……いい手が浮かばない。
「……お兄ちゃん、一か八かの賭けに出よう」
「ザラちゃん、何か秘策があるの?」
「うん。あまりにも強大過ぎるから内緒にしていたんだけど――」
ザラちゃんはちょっと背伸びをして、わたしに耳打ちしてくる。……吐息が当たってこそばゆい。それでもしっかりと、わたしの耳に確かな言葉が届いていた。
それは、呪文だった。それが意味することはわからない。けれど、ザラちゃんの真剣な表情から、その強力さは伝わってくる。
「説明している時間はないわ。要領はいつもと同じだから、あと任せた!」
「うん、やってみる!」
わたしは強く彼女に向かって頷いて、一歩前に進み出る。三度、魔物と対峙する。きっちりとその顔を睨みつけながら。
俄然として、魔物は傲慢なまま。わたしたちのこそこそ話をただ見ていただけなのは、それを全く意に介していないからかしら。本当に、ムカつく!
「うん? また、イケメンのあなたね! 嬉しいわぁ、タダモノじゃないと思ってたから」
「その余裕もこれまでだ――いくぞ!」
わたしは目を瞑った。頭の中に、さっき聞いた文言を浮かべると、なぜか魔力が次々に漲っていくような。それは初めての感覚で、ちょっとコントロールが難しい。
それでもちょっと顔を歪ませながらも、なんとかエネルギーを集約させることだできた。かっと目を見開いて――
「マキシサンタクルスっ!」
わけもわからぬまま、でもはっきりとわたしは言霊を紡いだ。
すると――まず空が裂けた。すーっと、眩い細い光の筋が敵の身体に降り注ぐ。そして――
「おおっ、これは……」
「これが、勇者……!」
隊長さんとマリカさんが息を呑んだ。わたしも目の前の光景に目を奪われていた。
轟音と共に、太い光の柱が魔物の身体をあっという間に包み込んだ。辺りがぱーっと明るくなる。海は依然と大荒れだけれども。
じりじりと何かが焼ける音が聞こえてくる。それはただの光じゃなくて、エネルギーを持った光線なのだろう。……自分でも何思ってるか、よくわからないけれど。
とにかく、相手に現実的な傷を負わせる攻撃であることは確かだ。さすがにこれは効いただろう。そう思っていたら――
「ふぅ。やっと終わった? 残念だけど、わたしにはどんな魔法も通用しないわよぉ」
まだまだ、その身体は健在だった。
それで、ようやく理解する。それと同時に、深く深く絶望した。……どうあがいても、この魔物には勝てない。




