勇者(王女)を追って
「そうです、わたしが町長です!」
「は、はあ……」
翌朝。俺たちは宿を出発して、街の首長の所に向かった。面会はすぐに叶った。なかなかここはフレンドリーな街であるらしい。それで今、町長の部屋で彼と向かい合っているわけだが……。
部屋の中には、俺たちを除けば男が二人。神経質そうな若いノッポの痩せ型と、豪華なデスクに偉そうにふんぞり返るじいさん。……どう見ても、校舎の方が町長その人だとわかる。
だというのに、この男は俺たちが部屋に入るなり、さっきの言葉を言い放った。ただひたすらに、俺は困惑するばかり。
「すみません、この人バカなんです……」
「おい、ビタン君! そんな言い方はないんじゃないかね!」
「ルダンですって、町長。いい加減にしろよ、くそじじい」
「おい、聞こえたぞ、今の! ぼそっと言っても無駄だ。こう見えても耳はいいんでね」
なんか謎の言い争いが始まってしまった。たちまち、俺たちは蚊帳の外。俺もそうだが、みんなもうんざりした顔をしている。
しかし、なぜこうもまともな為政者が少ないんだ。ラディアングリス王くらいだぞ、今のところ。魔王もあんなだったし。
そんな風に世の中を嘆いていると、横腹をちょんちょんと衝かれた。目をやると、タークがないか言いたげな顔している。
「アリス様、さっさと本題に入った方がよろしいかと」
「えー、なんか見てる分には面白いからいいじゃん!」
「確かに、息の合った名コンビだぞ、この二人」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ……あのー」
「はっ! 申し訳ない、旅の人。このボコボコくんが余計なことを」
……この爺さん、わざと名前間違ってんだろ。ルダンが、どうやったらボコボコになるんだ。殴られてんじゃねえか、その名前……。
「あの、森の怪物を倒した旅人がいると聞いたのですが……」
「うん? ――ああ、勇者様のことか! いやぁ、彼は大した男だったよ。妹さんと一緒に旅をしていて、その道中寄ったんだと」
「森がですね、ぱーっと明るくなって。あれは僕の魔法です、だなんて、ほんとかっこよかったですよ」
とりあえず、確定したことが一つ。妹は兄と一緒にいるということ。まあ昨日の時点で、ほぼほぼわかり切っていたことだが。
しかし、わからない。どうして、二人が一緒にいるんだろう。しかも、謎のモンスター退治までして。ザラのやつ、兄の正体に気付いてないのか?
……いや、流石にそれは無理がある。俺自身、女のふりを完璧にすることはできていないのに。それを難なく姫様がやれるとは思えない。違和感が積み重なっていけば、妹なら気づくはず。しっかり者のあいつのことだし。
まあなにはともあれ、手間は減ったということだ。二人をバラバラに探さずに済んでよかったと、ひとまず安どしておこう。謎は、後からゆっくりと解決すればいい。
「あの、二人がどこへ行ったか知りませんか?」
「ううん、港の方に行くと言っていたかのぉ」
「そのはずですよ。僕、ゼルシップへの道のりを妹さんに確認されましたから」
「――だそうじゃ」
「ありがとうございます」
俺は深々と二人に礼をした。そのまま部屋を後にしようとするが――
「待たれよ、お嬢さん。ふむふむ」
「な、なんですか……」
町長は鋭い声を上げると、じろじろと姫様の顔を眺めてきた。身を乗り出すようにして。
相手の顔が意外と近くまで迫ってきて、俺はちょっと身じろぎをした。ううん、居心地が悪い。
こうして、周りの視線――特に不躾な男のもの――を集めることはよくあった。どうにも、この容姿はよく注目を集めるらしい。……気持ちはわからないでもないけど。
かといって、慣れているといえばそうではない。いつどんな時も、不愉快で仕方がないわけで。
「見覚えがあるなぁ、その顔」
「えっ! 気のせいじゃないですか?」
「いや……ううむ、王女様にどことな~く」
「何言ってるんですか。王女様がこんなところにふらりと来るわけないじゃないですか。とうとうボケちゃいました?」
「馬鹿言うな! 全く。ほれ、お前さんも見てみたまえ」
ぐいっと町長は部下の腕を引っ張った。ちょっと嫌な顔をしながらも、彼は俺のことをやや控えめに見つめてくる。いくらか頬が赤いのは……いや、やめておこう。
「うーん、これは確かに――」
「おいおい、それ以上俺のフィアンセをじろじろ見るのは止めてくれないか!」
いきなりマラートが俺たちの間に割って入ってきた。彼が大きく腕を広げるので、俺の姿はすっぽりとその陰に収まることに。
「おっと、これは失礼なことを。申し訳ない」
「いえ、自分の方こそ、突然声を荒らげてしまってすみません」
「ったく、町長のせいで、僕まで怒られたじゃないですか! 他人の空似ですよ。本物の王女様は、お城の中で優雅な生活を送ってるはずです」
「そうじゃのう……いやはや不思議なこともあるもんだ」
……何とか誤魔化すことに成功したらしい。危ないところだった。流石に、この街は城から近いともなれば、王女の顔くらいは有名か。これはちょっと気を付けないと、いけないかもしれない。
それはともかく。フィアンセはないだろ、フィアンセは! 全く、気持ち悪くって仕方がない。心底、今自分の顔が、町長たちに見えないことに安堵する。きっと、とんでもない顔をしているだろうから。
*
ノースデンを出発してから一日が過ぎた。俺たちはこの大陸の北にあるゼルシップをひたすらに目指している。……魔法で行ければどんなに楽な事か。残念ながら、パーティの誰もがそこへは行ったことがないので、使えないのだが。
まだまだ道中は長い。タークが強化の魔法で身体の強度を上げてくれてはいるが、中々行軍の速度は上がらない。この身体だと、どうにも疲れが溜まりやすくて仕方がなかった。
歩き始めて、まだ数時間。太陽はまだまだ高い位置にある。本来ならば、このままずっと街道を行って、夕方ごろにまた野宿をしようと思っていたが――
「やだ! 近くに村があるんでしょ。そこ、行こうよ~」
というキャサリンの我儘によって、俺たちはそのエルム村へと寄ることにした。魔族といえども、女性ということであれば、野宿が重なるのは嫌ということらしい。
そこは、ヨシフのいたリヨートよりもさらに小さいのどかな場所だった。それとなく辺りを歩いてみたが、旅人向けの店は殆どない。それこそ、宿すらも。
まあ、街道から少し外れたところだから、なかなか外から人は来ないのだろう。村の中を闊歩する俺たちを、住民たちは物珍しそうに見てきた。
とにかく泊まるところもなかったので、村長に会ってみることにした。まともなひとであればよいが――そう願った甲斐もあったのか、一見目の前の女性はとても快活そうな人物だ。
「へぇ、旅の人とは珍しい。この物騒な世の中に」
「はい、ちょっとわけあって……」
「婚前旅行です。俺たち結婚するんですよ。こっちの二人は従者」
「は~い、お世話係のキャサリンで~す」
「えと、タークです。よろしくお願いします」
こいつら、ノリノリである。ったく、こっちは気が気でないっていうのに。そもそも、別に旅の理由を偽る必要はないわけで……一度、マラートはシメておく必要があるな。
村長さんは全く疑った様子はない。彼女は感激したように、パタッと両手を合わせた。
「なるほど。それはおめでたい! 何もない村だが、せめて今日はここに泊まっていくといい」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「いいって、いいって。何事も助け合いだから。実はね、二度目なんだ。ここ近々で旅人が泊まっていくのは」
俺は彼女の言葉に、思いつくところがあった。懐から、例の写真を取り出す。正直、自分を見せびらかして歩いているようで、恥ずかしいことこの上ないんだが。
「もしかして、この人じゃないですか?」
「そうそう、アルスくん。村の者も一人、彼についていって、妹ちゃんも一緒だったかな。ゼルシップから大陸に渡るんだって」
何気ないことのように話す村長とは対照的に、俺はどうものっぴきならない想いが胸に広がっていくのを感じていた。
……まずい、これはまずい。もし、大陸の方に行かれたら、その足取りは追えなくなるぞ。急がなくては、と思うけれど、うきうきしている村長とキャサリンの顔を見ていると、どうにもそれを言い出せないのであった。




