紅茶のお供に
紅茶の香りが店内に漂い、身体と精神を緩ませる。約束通りレイは俺をカフェへ連れてきてくれたわけだが……
「イヴちゃん何飲むー。私はアールグレイかなー」
「アルシャ……どうしてついてきたんだい?」
この通りアルシャが俺達を尾行してきていたのだ。そしてカフェに入る瞬間に合流し、3人で入店するはめになってしまったのだ。
「どうしてついてきたかなんて冷たいこと聞くじゃないですかー。私同僚ですよ、同僚。しかも同じ仕事を担当するんですから、そんなこと言わなくてもいいじゃないですかー」
「わざわざ尾行までしてきたのに聞かないわけにはいかないよね?イヴに対しての探りかい?」
レイの口調は柔らかいし、口元には微笑みすら浮かべているが目の奥が笑っていない。警戒心を隠そうともせず、この場で何か起こるかもしれないという雰囲気すら感じさせる。手元には念糸を形成させて魔力をかき集めており、いつでも手が出せる状態だ。正直なところこの状態のレイはかなり怖い……。殺意というものすら感じさせる剣呑な様子で、背筋がぞくっとする。この一触即発といった雰囲気すら感じさせる緊張感の中、それを破ったのはアルシャだった。
「や、やだなー。私本当に着いてきたかっただけでそんな探りだなんて……。イヴちゃんのことが気になるのは本当ですけどそこまで敵意を露にしなくてもいいじゃないですかー。そこまでレイ先輩が大切にしているイヴちゃんってどんな子なのかなーとかそういう興味ですよー」
「ふうん……、まあアルシャの言い分を信じてもいいけど……。もしイヴに何らかの危害を与えようとしたときは痛い目にあってもらうとするからね」
レイはそう言うと指先からアルシャの喉元に向けていた念糸を引っ込める。念糸はいつでもアルシャのことを害することができるように準備していたが、レイはあまりに俺に対して過保護過ぎるのではないだろうか。あまりに過剰過ぎる敵意を周りに向けている気がする……。職場の中でも結局油断していることは無かったような気がするが、レイは同僚すら信用していないというのだろうか……。
「危害を与えるつもりなんてありませんよー。本当に純粋に興味があるだけで……。もうまったくシスコンここに極まれりですね。ねー、イヴちゃんもそう思うよねー」
「え、えっと……はい……」
こくりと頷く。シスコン云々はともかく束縛が激しく、独占欲が強く、自分の管理下に置こうとするレイの姿は正直怖い……。いいやつだということも分かってはいるのだがそういうところはまだ信用が置けるほどではないと感じている。
「ほらー、イヴちゃんにも重い兄だと思われているじゃないですかー。レイ先輩のドシスコン」
「い、イヴ……!そんなに僕は重い男か!?そんな風に思っていたのならいつでも言ってくれればいいのに!」
「えっと……レイそんなこと無いよ?心配してくれるのはわかってるし……ただちょっとぎこちないかなーとか周りを気にし過ぎじゃないかなーとかちょっと、ほんのちょっと思うだけで……」
レイの善意は本物だ。ここ一ヶ月近く世話になってきた俺はその好意に甘えてきたし、世話にもなってきた……だから、
「でも全部俺のことを思ってくれてのことだってこともわかってる。だからレイ……重くてもいいよ。それが俺のためだっていうなら全部受け止めるよ」
「イヴ……!」
「あ、ダメだなこれ……この兄妹どっちも相互依存タイプだ……」
アルシャが横で何か言っているが無視だ、無視。俺とレイの深い絆を裂こうとしてきやがって……!いったい何が目的だ!
「ふっー!」
歯を見せて全力で威嚇する。敵意があろうとなかろうと二人きりのところにひょんとお邪魔して行こうとは無粋にもほどがあるではないか。確かにレイは過保護だしマッドサイエンティスト的なところもあるし、時折周りが見えなくなるダメダメな自称兄だがそれでもそれなりの好意はあるのだ。というか頼れる人がレイしか今はいないのだから、外部の人間が突然割り込んで来たら警戒もするというものだ。
「あれれ……?嫌われちゃった?」
アルシャは苦笑いをしつつこちらを向いて話しかける。その表情は少し残念そうというか気を落としているような感じがして快活そうなイメージとは程遠く、胸のうちが締めつけられるような罪悪感を覚える。
「いや、別に嫌いなわけじゃ……。ただちょっと……楽しみにしていたカフェにまでこっそり着いてきて俺とレイのコミュニケーションを邪魔しようとしているのはデリカシーに欠けるというか……。いや、違うんです……アルシャさんのことを悪く言いたいわけじゃなくて……」
わたわたと言い訳をするがうまいこと言葉が見つからない……どころかどんどん墓穴を掘っている気がする。俺は全然アルシャと仲が悪くなりたいわけではないのだ。むしろ仲を深めたいところだが適切な態度を取れず、俺の処理能力ではいっぱいいっぱいになってしまいもうどうしたらいいかわからない……。
「ご、ごめんなさいぃ……」
「あわわわわ、泣かないで、泣かないで!私が悪かったから!」
「ちょっと、アルシャ!イヴは繊細なんだから傷つけないでくれ!」
「アルシャさんが悪いわけじゃないぃ……」
感情の処理が追いつかず、溢れ出してしまった俺はボロボロと涙をこぼしてしまい、三人でてんやわんやな状態に陥り、落ち着くまで数分かかってしまった。
カモミールティーのカップを両手で包み込みつつ、その温かさを実感する。鼻孔をくすぐる香りとじんわりと手のひらに伝わり、広がる温度が心をゆっくりと落ち着かせてくれていた。
「イヴちゃん……落ち着いた……?」
「はい……ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
アルシャの気遣いの言葉にあまりの申し訳なさに身をすくめ、萎縮する。あの取り乱し方はあまりにも恥ずかし過ぎるし、なによりいっぱしの大人であったはずの俺があそこまで感情を溢れ出させてしまったのは悔しい。こんな身体ではあるが精神は元社会人の男なのだ。それなのにあんなに混乱してしまうなんてのはあってはならないことだ。
「いいよ、そんなに謝らなくて!こっそり着いてきちゃった私も悪いんだしここはおあいこってことで」
「ちゃっかりおあいこにするとはしたたかなものだが僕は許していないからな。そもそも僕達のプライベートを乱しに来たのは君なんだから」
「レイ……!こっちもいっぱい失礼をしたんだし両成敗でいいだろ?」
俺がそう告げるとレイは目を閉じてゆっくりと首を横に振り、
「イヴがそういうならいいけど……。アルシャ、イヴに感謝するんだね」
とため息とともに静かに言った。
「わーい!ありがとね、イヴちゃん!」
「わわっ!紅茶がこぼれる!?」
アルシャが勢いよく抱き着いてこようとするので両手でカップをしっかりと支えながら、背を向ける。
「イヴちゃーん、こっち向いてよー」
「いやだ、紅茶がこぼれるから飲んでから!」
もう一度威嚇をする。貴重なヴィオラ以外が淹れてくれた紅茶を一滴たりとも無駄にはしたくない。初めて街に出たのだから楽しみにしていたこれぐらいは守りたいのだ。
「アルシャとは仲良くしたい、とっても仲良くしたいと思うけど過剰なスキンシップは禁止!厳禁!ダメ、絶対!」
「むー、身体的な接触禁止?」
「禁止とはいかないけど抱き着くのはダメ!」
前世でいう体育会系と呼ばれる人達は身体的な接触が多かった。アルシャもそのノリなのだろうが元が根暗かつ陰気な俺には刺激が強いのだ。さらに言うなら女体の柔らかさも別の意味で刺激が強い。中身は男なんだぞ!伝えられないけど!微妙に悶々とするからちょっと怖いのだ。アルシャとの距離感は少しずつ掴んでいかなきゃなと思わされるのだった。同僚なのに先は長いなあ……。




