変人の巣窟
「まあ、構わんだろ」
「正気ですか課長……」
レイとリタの職場だと通されたオフィスで、レイは上司だと思われる人物に俺の入局を打診したところすぐさま了承を得ることができた。できてしまった。リタの呆れたような声にも納得できるというものだ。会話を静かに聞いていた他の職員だと思われる二人も驚いたような顔をしている。
「レイが責任を持つようだからな。そこまでの覚悟があるのであれば問題はないはずだ」
「しかし人手が足りてないわけでもなければ、危険も伴う仕事ですよ?それは貴方もご存じのはずです、課長」
「それを知っているのはレイも同じだ。それにその子を手元に置いておきたい理由もあるのだろう?レイ」
「そうですね、イヴは僕の目の届くところにいて欲しい」
どうしてもレイは俺を手元に置いておきたい理由がある。おそらく……というより十中八九俺がホムンクルスであることが関係していると考えられるが……
「イヴもそれで構わないよね?」
「うん、レイがどうしてもって言うなら仕方ない」
考えても仕方のないことは無視だ。今はレイを信じるのが一番正しいだろう。少なくとも俺にとって悪いことは起きにくいはずだ。なぜならレイは俺を養ってくれている。害意はないはずだ。
「君達の信頼関係は危うく見えるがね……まあ結論私は部外者だ。課長の許可がある以上私が口を出すのは野暮というものだろう」
「リタ……わかってくれたようでなによりだよ」
リタの表情は読みにくいが感情は人一倍出やすいのだろう。俺のことを本当に心配してくれたからこそ、ここまで言ってくれたというのはあまりにも善意と信じすぎているだろうか。
「といってもイヴ嬢のことは私も心配だ。次の仕事は……ロンドンより外か……。私は同行できないな……」
「あの……すみません……。話の途中で悪いんですけど次の仕事って何ですか?実はあまりレイから聞かされていなくて……」
じろりとレイに目を向ける。レイは焦ったような顔をして、俺とリタを交互に見る。リタに会ってからというものおろおろとするレイを見ることができて新鮮なような気がする。
「あまりにも説明不足ではないか?レイ。君が人付き合いを苦手なのは知っているが最低限の説明くらいはしておきたまえ……」
リタは大きくため息をつくと、
「イヴ嬢の初めての仕事ともなる次の仕事はロンドン郊外……ある貴族の別荘で行われる特異物と呼ばれる物のオークション。そこで出品される伝承級特異物を抑えることだ。特異物のことは知っているかい?」
「はい、それは教えてもらいました」
「ではそれに等級が設定されていることは?」
「それは聞いてないです」
「よろしい。特異物は神話級、伝承級、汎用級の等級に分類される。特異物となる出土自体が稀だがその中でも一般社会に流れるのは汎用級だけだ。伝承級ともなると国家が管理するようになる。それだけ厄介な代物だからだ」
「特異物が国家情勢に関わる代物だとは聞きました」
海外組織が関わる物もある……それが特異物という希少な品だということは聞いていた。等級はその特異物をクラス分けしているということだ。
「ああ、特に神話級ともなると話は変わってくる。あれらは一つ一つが戦略級兵器の規模になる。かつて文明を滅ぼしたこともあるとされる品々だ。私たちでもあれらは扱うことはない。逆に汎用級は一般社会でも貴重な品ではあるがそこどまりのものだ。これまた私たちが扱うことはほとんどない。基本的に私たちが扱うのは伝承級……名前の通り伝承に登場する武器や道具といったものを扱う」
「なるほど……」
「さて、話を戻そう。この伝承級の特異物がある貴族が開催するオークションで伝承級特異物が出品されるという噂がある。これを確保してもらうのがレイ、そしてイヴ嬢の仕事となる、とここまでの説明は君がすべきでなかったかな、レイ」
「悪かったね……あまりイヴに気負わせたくなくて」
「まったく……」
リタさんは大きなため息を吐く。
「現地での説明はちゃんと君がするんだよ、レイ」
「ああ、わかった。リタの言った通りのことが僕らの任務となる。あー……その……説明不足で悪かった、イヴ」
「少し強引すぎるんだよ、レイは……。俺は従うけどさ」
自分の目的を見つけると周りが見えなくなるレイの悪癖は、ここ一月の生活である程度は慣れたが、確かに説明責任は果たしていなかったと言えるだろう。
「それなら私も着いていってもいいですか!?レイ先輩だけだとイヴちゃんのこと心配ですし」
唐突に声を上げたのは部屋に控えていた職員二人のうちの一人。快活そうな女性だ。
「アルシャ……」
「というか自己紹介しましょうよ、自己紹介!どうしてみんなお仕事の話ばっかりなんですか。新入りが来たのに自己紹介しない組織なんてありませんよ、というわけで私から……こほんアルシャ・クイン、よろしくね、イヴちゃん!」
テンション高めで挨拶をしてきた女性はそう名乗る。快活そうなイメージとたがわない言動だ。
「イヴです、よろしくお願いします……」
そのテンションに負けて、消え入りそうな声になってしまったのは仕方のないことだろう。
「では、私も改めて……リタだ。姓は無い。よろしくイヴ嬢」
「続けて俺も紹介させてもらおう。課長のディーだ。まあ課長と呼んでくれればいい。」
「よろしくお願いします」
二人の自己紹介にも挨拶を返す。控えていたもう一人……アルシャではない方の職員は押し黙ったままだ。何か悪いことでもしてしまっただろうか……。助けを求めて視線をさまよわせているとレイと目が合った。
「ああ、彼か。まあ少し気難しい人だから僕が代理で紹介しておこう。彼はゼフィリヌスだ」
レイの紹介とともに目を向けるが、ゼフィリヌスにすっと目を逸らされた。確かに気難しい人なのかもしれない。顔も無表情を保ったままだ。精悍な顔立ちだがどこか意識がここにはないというか遠くを見つめている気がする。
「イヴちゃん!一緒にお仕事しよ!私が守ってあげるから、ね、ね!」
アルシャはごり押しが過ぎるのではないかと言うくらい同行を勧めてくる。俺としてはかまわないのだがレイはどうなのかと顔を向けると、そこには思案顔のレイがいた。
「アルシャが同行するのは構わないが……僕の指示には従ってもらうよ。それでいいかい?」
「おまかせあれ!あー、どんな装備持っていこうかな。やっぱり大量殲滅型か……」
なにやら物騒なことを言い出し始めるアルシャはすでにどこかへトリップしてしまっているようだ。ぶつぶつと考え込み始めるとすでに周りは見えていないようだ。何かを考え始めたら止まらないあたりレイにも似ているような気がして少しおかくなり、ちょっと笑ってしまった。そんな俺をレイは不可思議そうな顔でこちらを見ている。
「どうやら個性的な人が集まった職場みたいだな」
とレイに語りかけると、レイは意地悪そうな顔をして
「困った人達だね……」
と笑いかけてくる。それにリタが不服だという顔をしていたがこの評価はしかたないと思うので甘んじて受け取ってほしい。




