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第21話

火花が暗闇を爆ぜさせ、硬質な衝突音が地下水道の壁を震わせた。


俺の一撃を弾き返したザイラスは、苛立ちを隠そうともせず赤黒い眼球をぎらつかせる。皮膚の奥から漏れ出る濁った蒸気が、湿った冷気を一気に押し流していった。


「羽虫が……小細工ばかりを重ねおって!」


ザイラスの咆哮が洞窟を揺るがす。全身の筋肉が異様な隆起を見せ、漆黒の外殻が軋みを上げた。


奴は上半身を深く沈めると、太い両腕を水平に張り出した。次の瞬間、巨大な質量が独楽のように高速回転を始める。


凄まじい風切り音が轟いた。

回転の勢いに巻き上げられた岩の破片や崩れた煉瓦が、四方八方へと弾丸のような速度で吹き飛ぶ。地下水路の天井から鍾乳石のような瓦礫が次々と剥がれ落ち、粉塵が視界を白く塗りつぶしていった。


全方位への無差別な暴風攻撃。

地下という閉鎖空間において、この規模の旋回攻撃は回避の余地を完全に奪い去る。退路を探して背を向ければ、背後から瓦礫の嵐と剛腕の直撃を受けて肉塊に変わるだけだ。


だが、逃げる必要など最初からない。


俺は右足を半歩引き、重心を低く落とした。両手で柄を保持し、切っ先を回転の軸心へと向ける。呼吸を整え、暴風が肌を叩く痛みを意識の外へと追いやった。


正面から、叩き割る。


巻き上がる風圧が髪を激しく揺らす中、俺は嵐の中心へと迷わず足を踏み出した。



全身を叩く衝撃波は、まるで分厚い鉄の板で殴打されているかのようだった。皮膚が裂け、わずかに血が滲む。だが視線だけは、猛烈な速度で回転する漆黒の装甲から逸らさない。


手の中に握る無骨な鉄塊。

魔力をまったく通さない特殊な鉱石を、幾重にも折り返して鍛え上げた一本の業物。世間の魔法騎士たちからは見向きもされず、出来損ないの屑鉄と笑われていた品だ。


だが、あの鍛冶場での光景を覚えている。


熱気と汗にまみれ、鎚を振り下ろし続けたトビーの姿だ。

『いいかアレン、魔法なんぞに頼らねえ本物の鉄はな、叩けば叩くほど締まるんだ。どれだけ馬鹿にされようが、俺が打った鉄は絶対に折れねえし曲がらねえ。あんたの命を乗せるに値する頑丈さだけは、この俺が保証してやるよ』


あの男が込めた職人の矜持が、今、俺の手の平を通じて脈打っている。


「頼むぞ、相棒」


呟きとともに、回転の死角ではなく、最も威力の集中する外殻の突起へと刃を合わせた。


激突の瞬間、耳を劈く金属音が炸裂した。


火花が滝のように降り注ぎ、視界が真っ赤に染まる。腕の骨が軋み、足元の石畳が圧力に耐えかねて蜘蛛の巣状に砕け散った。常人であれば手首ごと粉砕されている衝撃だ。しかし、トビーが鍛えた鉄の刃は、一ミリの狂いもなく大魔物の装甲を受け止めていた。


刃こぼれ一つ起こさない。

ただひたすらに硬く、重く、相手の力を正面から跳ね除けている。


「ぐ、ぬおおっ!?」


回転の勢いを利用して人間を圧殺するはずだったザイラスから、困惑の呻きが漏れた。

遠心力に乗せたはずの打撃が、まるで大地そのものを打ち据えたかのようにピタリと押し留められたからだ。回転がわずかに乱れ、暴風の軌道にブレが生じる。


隙が生まれた。


反動のまま低く沈み、乱れた回転の懐へ一気に滑り込んだ。



嵐の目に入れば、風圧は一瞬だけ凪ぐ。

目の前には、激しい摩擦で赤く発熱したザイラスの漆黒装甲が露わになっていた。


狙うべき場所はすでに決まっている。先ほどから幾度となく刃を重ね、微細な亀裂を走らせておいた胸部装甲の継ぎ目だ。


俺は全身のバネを解放し、下段から刃をすくい上げた。


ガキン、と硬質な響きが地下に木霊する。

衝撃が手首から肩を通り、背骨へと抜けていく。硬い。魔力による強化を失った純粋な筋力だけで打ち破るには、あまりにも分厚い絶望の壁だ。


だが、止まらない。


一撃で砕けないなら、二撃目を叩き込む。二撃で足りないなら、十撃、百撃と重ねるだけだ。


死に戻る前の世界で、俺は何度もこの装甲に阻まれ、仲間たちが無力に散っていく様を見せつけられた。あの時の無念に比べれば、筋肉が焼き切れるような痛みなど、何ほどの重みもない。


「おおおおっ!」


呼吸を爆発させ、連撃を繰り出す。

右上からの袈裟斬り、すぐさま切り返しての横薙ぎ、そして踏み込みを利かせた渾身の突き。


すべてが、装甲のまったく同じ一点へと吸い込まれる。


火花が連続して散り、地下の闇を昼間のように照らし出した。ザイラスは強引に腕を振り下ろして俺を叩き潰そうとするが、俺はその巨腕の軌道をわずかな身のこなしでかわし、決して攻撃の手を緩めない。


打ち合うたびに、トビーの顔が脳裏に浮かぶ。

世間が魔法の華やかさに浮かれ、地道な鍛冶仕事を軽んじるようになっても、あの男は炉の前を離れなかった。鉄と真摯に向き合い、ただひたすらに強靭さを追い求めた職人の執念が、今、俺の剣戟となって大魔物を追い詰めている。


刃は砕けない。

どれほど激しく外殻と衝突しようとも、鉄の結晶は寸分の狂いもなく噛み合い続け、威力をそのまま敵の装甲へと浸透させていく。


メキ、と微かな音が響いた。


ザイラスの胸元、漆黒の外殻に走っていた亀裂が、確実に深さを増していた。

黒い装甲の隙間から、奴の体液がどす黒い雫となって滴り落ちる。


「貴様……なぜだ! なぜ折れん! 魔法も持たぬ貴様らの鉄の棒が、なぜ我の装甲を穿つ!」


ザイラスの声に、先ほどまでの傲慢さは微塵も残っていなかった。あるのは、理解の範疇を超えた事態に対する純粋な狼狽と、底知れぬ恐怖だ。


「折れるはずがないだろう」


俺は短く息を吐き出しながら、冷ややかに告げた。


「これは、お前たちが散々見下してきた人間が、汗と命を削って鍛え上げた鉄だ」


体重を乗せて柄を押し込むと、亀裂の奥で軋む音が一段と高く弾けた。


ザイラスが苦悶に満ちた唸り声を上げ、巨体を後退させた。

装甲の一部が確実に損壊し、奴の動きには目に見えて精彩を欠く兆候が現れ始めている。あと少し、あと数太刀を正確に叩き込めば、あの分厚い装甲を完全に粉砕できる。


だが、俺の肉体もまた限界に近づいていた。


暴風の中で受けた瓦礫の直撃と、衝撃を殺しきれずに蓄積した打撲が、全身の筋肉を鉛のように重くしている。肺が熱く焼け付くように苦しく、視界の端がわずかに明滅した。一瞬でも集中を乱せば、即座に押し潰される綱渡りの状況であることに変わりはない。


それでも、胸の奥底で燃え盛る意志が揺らぐことはなかった。


地上では、セリアたちが自らの足で立ち上がり、新たな時代の扉を開こうと戦っている。ならば、地下にいる俺が遅れを取るわけにはいかない。


俺は荒い息を整え、再び鉄の刃を正面へと構え直した。

傷だらけの身体の奥底から、さらなる力が湧き上がってくるのを感じる。研ぎ澄まされた感覚の中で、大魔物の装甲に残る深い亀裂が、はっきりとその形を浮かび上がらせていた。


奴の焦燥が、殺気となって膨れ上がる。

次の一撃が、この死闘の行く末を左右する。

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