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第17話

静寂が弾けた。


時間が凍りついたかのような絶対的な静寂は、頭上から迫る巨大な石柱によって暴力的に打ち破られた。地下空間の空気が一気に圧縮され、鼓膜を圧迫するような重い風圧が刃となって肌を刺す。圧倒的な質量が、俺の全身をひしゃげさせ、肉片一つ残さず押し潰そうと迫り来る。


だが、極限まで研ぎ澄まされた俺の視覚は、その絶望的な質量の軌道を、まるで水の中を進むかのようにゆっくりと、そして完全に捉えていた。


敵の力が最大になる瞬間。それは同時に、攻撃の軌道が完全に固定され、最も無防備になる瞬間でもある。力と力が正面からぶつかれば、質量の小さい人間が負けるのは自明の理だ。ゆえに、真っ向から受け止めるような愚行は犯さない。


俺はバネのように縮めていた足の筋肉を一気に解放し、石柱が振り下ろされる軌道の内側、すなわち死線へと身を投じた。


「死ねェェェッ!」


大魔物の将軍の咆哮が、地下空間の空気を震わせる。


俺は呼気を細く長く吐き出しながら、刃こぼれした古い鉄剣を下段から跳ね上げるように振り抜いた。


狙うのは、石柱の表面に走る微細なひび割れ。長年の風化によって生じた、最も結合の弱い断層だ。足の裏が石畳をしっかりと掴み、ふくらはぎから太もも、腰の回転、背中の筋肉、そして肩から腕へと、全身の力が一つのベクトルとなって剣先に伝播していく。


神速のカウンター。


硬質な破壊音が、地下空間に甲高く響き渡った。


手首に重い衝撃が走るが、魔力を一切通さない特殊な鉱石で打たれたこの剣は、微塵も歪むことはない。極限まで練り上げられた剣技と不壊の刃が合わさった一撃は、圧倒的な質量を持っていたはずの巨大な石柱を、俺の頭上で綺麗に真っ二つに分断した。


左右に裂けた巨大な石塊が、俺の体を避けるようにして背後の石畳に激突する。


鼓膜を破らんばかりの轟音と共に大地が激しく揺れ、砕け散った石の破片と土埃が猛烈な勢いで舞い上がった。視界が白く染まり、天井からはパラパラと細かい砂が降り注ぐ。


「……あり得ん。我が渾身の一撃が、ただの鉄屑に……!」


土埃の向こうから、大魔物の将軍の驚愕に満ちた声が響いた。


人間を見下しきっていた尊大な口調には、明らかな動揺が混じっている。自らの最大火力が、魔力すら持たない人間にあっさりと破られたという事実を、奴の脳が処理しきれていないのだ。


「鉄屑じゃない。俺の相棒だ」


俺は短く返し、剣を正眼に構え直す。


どれほどの物理的衝撃を受けようとも、決して折れることのない刃。魔法消失の影響を一切受けないこの剣があれば、どんな絶望的な状況でも戦い抜くことができる。実戦で役に立たない見栄や権威など、この地下空間では何の意味も持たない。


「舐めるなァァァッ!」


大魔物が足元に転がっていた石柱の破片を蹴り飛ばした。


大砲の弾のような速度で、巨大な岩塊が次々と飛来する。単なる物理的な投擲だが、その質量と速度は城壁すら容易く粉砕するほどの威力を持っていた。


俺は呼吸を整え、飛んでくる破片の軌道を見極める。


右から迫る岩塊に対し、俺は剣の腹を斜めに当てて受け流した。正面から衝撃を受け止めるのではなく、力のベクトルをわずかに逸らすだけで、巨大な岩塊は俺の横を通り過ぎて背後の壁に激突する。


左から迫る鋭利な破片は、鋭い足捌きと共に斜めに斬り捨てた。


火花が散り、砕けた石の破片が頬を掠めて一筋の血が滲む。だが、足は決して止めない。


波状攻撃の雨の中を、俺は無駄のない歩法で最短距離を前進していく。飛来する岩塊の隙間を縫うように歩を進め、回避しきれないものだけを的確に弾き落とす。


大魔物の将軍は信じられないものを見るかのように、目を血走らせていた。


「なぜだ! なぜ貴様のような矮小な人間が、我の攻撃を凌げる!」


「お前たちが魔法という力に溺れ、基礎を疎かにしてきたからだ」


力任せの攻撃は、軌道が単調で読みやすい。圧倒的な身体能力に依存しきった動きには、武術としての洗練が欠けている。


飛来する最後の巨大な破片を、俺は真っ向から唐竹割りに両断した。


砕け散る石の雨を抜け、俺はついに敵の懐へと到達する。


◆ーーーー◆


漆黒の重装甲に覆われた巨体が、目の前にそびえ立っている。


「チィィッ!」


大魔物の将軍は迎撃しようと、丸太のように太い腕を横薙ぎに振り回してきた。空気を引き裂くような風切り音が鳴り響く。


だが、遅い。


俺は姿勢を低く沈め、敵の攻撃の死角へと滑り込む。頭上を巨大な腕が通り過ぎていくのを感じながら、俺は足の筋肉をバネにして一気に跳躍した。


狙うは、装甲の隙間。関節の継ぎ目だ。


「シッ!」


呼気と共に、古い鉄剣が閃く。


刃が漆黒の装甲の隙間に滑り込み、分厚い皮膚と強靭な筋肉を容赦なく断ち切った。硬い骨に達する確かな手応えが、剣を握る手に伝わってくる。


「ガアアアアアアッ!?」


かつてない苦痛に、大魔物の顔が醜く歪む。


鮮血が噴き出し、石畳を赤く染め上げた。奴はたまらず後退し、斬り裂かれた太い腕を押さえて呻き声を上げる。


俺は追撃の構えを崩さず、剣に付着した血糊を軽く振り払った。


「どうした。人間を狩りの対象としか見ていなかったんじゃないのか」


冷徹な声で告げると、大魔物の将軍はギリッと牙を鳴らし、残った左腕を振り上げて突進してきた。


その瞳に浮かんでいるのは、明確な焦りだ。自らの圧倒的な力が通じない相手に対する、本能的な恐怖が芽生え始めている。


俺は揺るぎない闘志を胸に、静かに敵を見据える。


腕を斬り裂かれた魔将の瞳に浮かぶ明確な焦りと、俺の揺るぎない闘志が交錯する。奴の息遣いは荒く、漆黒の装甲の隙間からは止めどなく血が流れ落ちていた。


このまま一気に押し切れるほど、大魔物の将軍は甘い相手ではない。だが、確かな手応えはあった。


決着の時は、すぐそこまで迫っている。


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