第10話
音と共に、足元の岩盤が爆発したように砕け散った。
強烈な衝撃波が全方位に走り、俺は咄嗟に剣を盾にして後方へ跳躍する。
だが、破壊はそれだけでは収まらなかった。
ザイラスの狂乱の連撃は、床だけでなく周囲の巨大な支柱をも次々と粉砕していく。
天井に走っていた亀裂が一気に広がり、巨大な瓦礫が雨のように降り注ぎ始めた。
「チッ……!」
俺は降り注ぐ岩塊を剣で弾き飛ばしながら、舌打ちをした。
奴は自身の命すら度外視し、この地下空間そのものを崩落させて俺を押し潰す気だ。
足場は次々と崩れ落ち、立っていることすら困難なほどの激しい揺れが襲う。
「ハハハハハッ! 潰れろ! 貴様もろとも、この王都を瓦礫の山に変えてくれるわ!」
狂気に満ちた笑い声を上げながら、ザイラスはさらなる破壊を撒き散らす。
凶暴性を増した巨体が、崩落する地形の中で暴れ狂う。
逃げ場はない。
上からは無数の岩が降り注ぎ、足元は底知れぬ闇へと崩れ落ちていく。
極限の状況下で、俺は剣の柄を強く握り直した。
この崩壊する空間の中で、どうやって奴の息の根を止めるか。
脳内で無数のシミュレーションが高速で駆け巡り始める。
頭上から、馬車ほどもある巨大な岩塊が落下してきた。
俺は呼吸を整え、刃こぼれした古い鉄剣を構える。
魔力を一切通さない特殊鉱石で打たれたこの刃は、魔法消失による物質劣化の影響を受けない。絶対的な強度を誇る盾であり、矛だ。
踏み込みと同時に、斜め下から斬り上げる。
硬質な金属音が地下水路に響き渡り、巨大な岩塊が真っ二つに割れて両脇へ逸れた。
「小賢しい真似を!」
ザイラスが咆哮し、瓦礫の雨を突き抜けて突進してくる。
だが、暗闇と障害物に満ちたこの空間は、むしろ俺に有利に働いた。
日々の素振りで培った感覚と、前世の記憶に刻まれた死闘の経験。それらが暗所での空間把握能力を極限まで高めている。
俺は崩れ落ちる足場を蹴り、ザイラスの巨体が巻き起こす風圧を紙一重で躱した。
◆ーーーー◆
地上では、王都の市街地が黒い波に飲まれようとしている。
防衛線を突破した魔物の群れが、無力化した魔法騎士たちに容赦なく襲いかかる。
「ひぃっ……! く、来るな! 俺に近づくな!」
豪華な装飾が施された鎧のまま、ガストンは瓦礫の上に尻餅をつき、無様に後ずさる。
かつて絶対的な威力を誇った高位魔法は、いくら詠唱しても火の粉一つ生み出さない。身体強化すら失われた今の彼は、重い鎧に押し潰されそうなだけの脆弱な存在に成り下がっている。
鋭い牙を剥き出しにした魔物が、ガストンの喉元へ飛びかかった。
彼は両腕で顔を覆い、情けない悲鳴を上げる。
その直後、鈍い肉を断つ音が響いた。
「……え?」
ガストンが恐る恐る目を開けると、魔物の首が足元に転がっている。
彼を庇うように立っていたのは、整った制服を泥と血で汚したヴィクターだ。
その手には、魔法騎士の象徴である杖ではなく、実戦用の無骨な長剣が握られている。
「無事ですか、ガストン元隊長」
ヴィクターは荒い息を吐きながら、周囲を取り囲む魔物たちへ剣先を向けた。
「ヴィ、ヴィクター! 貴様、なぜ魔法を使わん! さっさとその薄汚い獣どもを焼き尽くせ!」
腰を抜かしたまま、ガストンは上擦った声で喚き散らす。
ヴィクターは振り返らず、ただ冷徹に事実を告げた。
「もう魔法は使えません。現実を見てください」
「ふざけるな! 俺は魔法騎士だぞ! 底辺の人間どもを見下ろす、選ばれた存在だ! こんな泥臭い剣など……!」
「その泥臭い剣がなければ、あなたは今頃死んでいました」
ヴィクターの静かな怒気を孕んだ声に、ガストンは息を呑む。
かつては上官の傲慢さに胃を痛めながらも従うしかなかった。だが、魔法という虚飾が剥がれ落ちた今、守るべき規律の形は変わった。
ヴィクターは過去の魔法至上主義の慢心を完全に捨て去っている。ただ目の前の命を守るため、見よう見まねで覚えた剣術を必死に振るう。
「来ます。舌を噛まないように」
ヴィクターは地を蹴り、三体の魔物へ同時に斬り込んだ。
動きは荒削りだが、迷いはない。
アレンという男が示した、魔法に頼らぬ純粋な武の力。それを信じ、生き延びるためだけに刃を振るう。
ガストンはただ震えながら、かつての部下の背中を見つめることしかできなかった。
◆ーーーー◆
地下水路の崩壊は、いよいよ最終段階に入ろうとしている。
俺は瓦礫の雨を縫うように走りながら、ザイラスの動きを冷静に観察した。
奴の攻撃は圧倒的な破壊力を持つが、怒りに任せた大振りだ。
巨体ゆえに小回りが利かず、一度攻撃を外せば大きな隙が生じる。
特に、自ら破壊した地形が障害物となり、奴自身の機動力を削いでいることに気づいていない。
「ちょこまかと逃げ回るな、虫ケラが!」
ザイラスの太い腕が、横薙ぎに振るわれる。
俺は姿勢を低くしてそれを潜り抜け、奴の死角である右後方へと回り込んだ。
「そこだ」
踏み込みと同時に、古い鉄剣を奴の膝裏の関節へ叩き込む。
硬い鱗の隙間を正確に捉えた一撃が、鈍い音と共に肉を裂いた。
「グガァッ!?」
体勢を崩したザイラスが、片膝をつく。
俺はすぐさま距離を取り、次の瓦礫の落下を躱す。
「貴様……! 脆弱な人間ごときが、この我をコケにするか!」
ザイラスの全身から、どす黒い殺気が立ち昇る。
かつて見下していた存在に翻弄される屈辱が、奴の理性を完全に焼き切ったのだ。
「許さん……絶対に許さんぞ! 貴様も、この忌々しい街も、すべて塵に還してやる!」
ザイラスは天を仰ぎ、耳をつんざくような咆哮を上げた。
それに呼応するように、地下空間の天井がさらに大きくひび割れる。
王都の地盤そのものを支える巨大な岩盤が、今にも崩落しようと軋み音を立て始めた。
奴は自身の肉体が潰れることすら厭わず、さらなる破壊行動に出るつもりだ。
俺は剣の柄を握り締め、静かに息を吐く。
地上では今も、セリアやヴィクターたちが必死に命を繋いでいるはずだ。
彼らの決死の覚悟が、目に見えない熱となって俺の背中を押すのを感じる。
前世の悲劇を終わらせるため、俺はこの暗闇で元凶を断つ。
だが、ザイラスの狂乱は予想を超えた規模で地下空間を破壊し始めている。
頭上から降り注ぐ岩の雨は激しさを増し、足元の崩落はすぐそこまで迫る。
この極限の崩壊の中で、奴の命をどう刈り取るか。
俺の脳内で、最後の一手を打つためのシミュレーションが加速していく。




