次なる旅路へ
◆人間界・街のダイナー
――約六時間後。
朝食を終えたベルツは、店員から紙袋を受け取った。
「お待たせいたしました」
「こちらがテイクアウトになります」
ベルツは丁寧に一礼する。
「ありがとうございます」
紙袋の中には、エレナとアベルの朝食が入っている。
ベルツは中身を一度確認すると、大切そうに両手で持った。
ジルが笑う。
「ホント、几帳面ねぇ」
ベルツは静かに答える。
「冷めないうちに届けましょう」
ミナも小さく微笑んだ。
「きっと喜びますね」
三人は店を後にした。
◆エレナのアパート
――ピンポーン。
静かな朝の住宅街に、玄関のチャイムが鳴り響く。
部屋から慌ただしい足音が聞こえた。
「はーい!」
扉が開く。
寝癖を整えたばかりのエレナと、その後ろから眠そうなアベルが顔を出した。
ベルツは深く頭を下げる。
「おはようございます、エレナ様。アベル様」
エレナは思わず笑った。
「おはよう。ベルツって、ちゃんとチャイム鳴らすんだね」
アベルも笑いながら頷く。
「さすがベルツだよ」
「誰かさんみたいに、いきなり部屋へ魔法陣で現れたりしないんだね」
エレナは苦笑した。
「しかも、あの時は部屋が大変なことになったし……今もそのままだけど」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
ベルツは静かに答えた。
「住居へ伺う以上、玄関からご挨拶するのが礼儀です」
その言葉に、エレナは何度も頷く。
「うんうん」
「ジルにも見習ってほしいよ」
ベルツは紙袋を差し出した。
「朝食をお持ちしました」
「ダイナーでテイクアウトしております」
エレナは少し驚いたように受け取る。
「えっ……」
「私たちの分まで?」
アベルも嬉しそうに覗き込む。
「気が利くなぁ」
ベルツは穏やかに答えた。
「ジルさんとミナ様は、近くの森でお待ちしております」
「お食事を済ませてから向かっていただいても構いませんが、冷めないうちに召し上がった方が美味しいかと」
エレナは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ベルツさん」
「いただきます」
――食事後。
◆街近郊の森
森へ続く小道を三人は歩いていく。
木々の隙間から朝日が差し込み、小鳥のさえずりが静かに響いていた。
森の中を歩きながら、エレナがベルツへ尋ねた。
「それで、次の行き先は決まったの?」
ベルツは静かに頷く。
「はい」
「お二人がお休みになっている間、私はリリス様とキアラ様へ今回の件を報告してきました」
一拍置き、続ける。
「その際、リリス様から有力な情報をいただきました」
エレナとアベルがベルツへ視線を向ける。
「目的地は――ベルスニア共和国です」
「そこには『霧血』と呼ばれるヴァンパイアの一族の集団が暮らしているそうです」
アベルが首を傾げた。
「一族……?集団って大人数なの?」
ベルツは頷く。
「はい。比較的大きな勢力です」
「ただし、始祖とその直系は現在、長い眠りについているそうです」
「実質的には、その配下たちが一族を統率しています」
エレナは少し安心したように笑う。
「それなら、話は早そうね」
しかし、ベルツは静かに首を横へ振った。
「……残念ながら、そうとも言えません」
「霧血は、かなり好戦的な一族だと聞いています」
「交渉だけで済む保証はありません」
「さらに――」
「私たちが探している四代目以内のヴァンパイアがいる保証もないのです」
アベルは小さく息を吐いた。
「結局、行って確かめるしかないってことか……」
「はい」
ベルツは静かに頷いた。
やがて森が開ける。
木漏れ日の差し込む広場。
少し歩くと、開けた場所が見えてくる。
そこではジルが一本の大木にもたれ、腕を組んで待っていた。
「遅かったじゃない」
口ではそう言いながらも、その表情はどこか楽しそうだ。
少し離れた場所では、ミナが三人に気付き、ぱっと表情を明るくする。
「エレナさん!」
「アベルさん!」
エレナも笑顔で手を振り返した。
「ミナさん!」
ジルは何かを思い出したように顎へ手を当てた。
「そういえば……ベルスニア共和国だったわよね、確かそこはヴァンパイアだけの集団じゃなかったはずよ」
エレナが首を傾げる。
「どういうこと?」
ジルは記憶を辿るように空を見上げた。
「悪魔もいたし、獣人や他の魔族もいたわね」
「いろんな種族が集まって、一つの勢力を作ってたはずよ」
アベルは驚いた表情を浮かべる。
「ヴァンパイアだけじゃないんだ……」
ベルツが静かに頷く。
「ええ。その話は私も耳にしたことがあります」
「魔族同士の争いを避けるため、種族を問わず受け入れている珍しい集団だそうです」
ミナが少し不思議そうに尋ねた。
「そんな場所が、本当にあるんですね」
ジルは少し考え込むように言う。
「昔、私も誘われたことがあったのよ」
一同がジルを見る。
「えっ?」
ジルは苦笑した。
「『一緒に来ないか』ってね」
「でも、断ったわ」
エレナが興味津々で聞く。
「なんで?」
ジルはニヤリと笑う。
「組織に縛られるのが嫌いなの」
「私は好きなように暴れて、好きなように生きる方が性に合ってるから」
ベルツは小さくため息をつく。
「……その判断は、ジルさんらしいですね」
アベルは苦笑いを浮かべた。
「もしジルが入ってたら、その集団、大変なことになってそう……」
ミナも思わず吹き出す。
「ふふっ……それは、少し想像できます」
ジルは得意げに笑った。
「でしょ?」
穏やかな風が木々を揺らす。
だが、その先に待つ旅路は決して穏やかなものではない。
新たな目的地――ベルスニア共和国。
霧血のヴァンパイアたちが待つその地へ向け、一行は新たな一歩を踏み出した。




