半変異の真実と影の来訪
今夜19時にも1話アップします。
明日の朝の投稿で、8万文字到達予定。
◆ペルシアシティ・リリス邸――応接室
リリスは眠るミナへ静かに視線を向けた。
「半変異……ですか」
穏やかなその一言で、部屋の空気が静まり返る。
エレナは思わず一歩前へ出た。
「リリスさん……」
「ミナさんを助ける方法はあるんですか?」
しばらく沈黙が流れる。
やがてリリスは、小さく頷いた。
「あります」
その一言に、アベルが思わず声を上げた。
「本当ですか!」
リリスは穏やかな表情のまま続ける。
「ですが……私も実際に試したことはありません」
「えっ?」
リリスはカップを静かにテーブルへ戻した。
「始祖四柱に伝わる、古い言い伝えです」
ベルツが静かに目を細める。
「伝承……ですか」
「ええ」
リリスはゆっくり頷いた。
「半変異の者は、人間の血を吸えば完全なヴァンパイアになります」
サミュエルも小さく頷く。
「それは僕も知っています」
リリスは眠るミナを見つめた。
「ですが、その前であれば、まだ変異は完成していません」
「だからこそ、元へ戻せる可能性が残されています」
エレナの表情に、わずかな希望が灯る。
「その方法って……?」
リリスは静かに答えた。
「別の血統のヴァンパイアの血を飲ませることです」
部屋が静まり返る。
アベルが思わず聞き返した。
「別の……血統?」
リリスは頷く。
「血統同士が互いを拒み合い、未完成の変異を壊すと言われています」
「その結果、人間へ戻る――そう伝えられています」
ベルツが静かに口を開いた。
「なるほど……」
「変異が未完成だからこそ成立する理屈ですか」
リリスは微笑んだ。
「ええ」
アベルは首を傾げる。
「じゃあ、ヴァンパイアなら誰でもいいんですか?」
リリスはゆっくり首を横へ振った。
「いいえ」
「そこが最も難しい条件です」
ジルが腕を組む。
「やっぱり、そう簡単じゃないわよね」
リリスは穏やかに続けた。
「まず、相手は別の始祖四柱の血統でなければなりません」
ベルツが静かに補足する。
「つまり、リリス様の血統では意味がないということですね」
「その通りです」
リリスは頷いた。
「私の血統の血では、変異を打ち消すどころか、さらに定着させてしまいます」
サミュエルは苦笑した。
「……当然、僕も駄目ですね」
「ええ」
リリスは静かに答える。
「キアラさんも、サミュエルさんも、そしてミナさんも、全員が私の血統です」
エレナは眠るミナを見つめた。
「じゃあ……別の血統のヴァンパイアを探せば……」
リリスはその言葉を静かに引き継ぐ。
「まだ条件があります」
再び部屋の空気が張り詰める。
「血を分けるヴァンパイアも、始祖から四代目以内でなければなりません」
アベルが驚いたように目を瞬かせた。
「四代目以内……?」
リリスはサミュエルへ視線を向けた。
「私を一代目とするなら」
「二代目がキアラさん」
「三代目がサミュエルさん」
そして眠るミナを見つめる。
「半変異のミナさんが、四代目です」
リーナは小さく息を呑んだ。
「お姉ちゃんが……四代目……」
リリスは静かに説明を続ける。
「始祖の血は、代を重ねるごとに薄くなります」
「五代目以降では、別血統と反発するだけの力が残っていません」
ベルツも納得したように頷いた。
「つまり、始祖の血が十分に濃く残っている者でなければ、この方法は成立しないということですね」
「その通りです」
エレナは拳を握り締めた。
「つまり……」
「別の始祖四柱の血統で」
「しかも四代目以内のヴァンパイアを探さなきゃいけない……」
リリスは静かに頷く。
「ええ」
「それが、半変異となったミナさんを人間へ戻せる、唯一の可能性です」
リリスの言葉が落ちた直後――応接室の空気が、わずかに震えた。
誰も声を出していない。
誰も動いていない。
それなのに、空気だけが“揺れた”。
ベルツが静かに顔を上げる。
「……来ます」
その瞬間、部屋の隅に落ちていた影が――
ゆらり、と揺れた。
光源は変わっていない。
風も吹いていない。
なのに影だけが、まるで生き物のように形を変える。
アベルが息を呑む。
「……影が、動いてる……?」
エレナはミナを抱きしめたまま、震える声で呟く。
「これ……魔力じゃない……何……?」
ベルツは静かに答える。
「影血直系の“影歩き”です」
影が床を這い、壁を伝い、天井へと伸びていく。
黒い線がゆっくりと形を作り――やがて一人の“影”の輪郭を描き始めた。
ジルは懐かしそうに笑う。
「……来たわね」
影がゆっくりと色を帯びる。
黒が薄れ、形が整い、輪郭が人の姿へと変わる。
そして――。
影の中から、一人の女性が静かに歩み出た。
長い銀黒の髪が影のように揺れ、紅い瞳が静かに光を宿す。
黒を基調としたドレス。
影がまとわりつくような布の揺れ、歩くたびに足元の影が彼女の後を追う。
その姿は――。
“影そのもの”だった。
女性は静かに一礼する。
「お待たせしました、リリス様」 声は柔らかく、丁寧で、上品。
だがその奥には、影血直系特有の冷たい気配が潜んでいる。
リリスは穏やかに微笑む。
「おかえりなさい、キアラ」
キアラは静かに頷き、部屋を見渡した。
その瞳がジルを捉えた瞬間――わずかに目を見開いた。
「……ジル?」
ジルは笑う。
「久しぶり、キアラ」
キアラは一瞬だけ言葉を失い、次の瞬間、影がふわりと揺れた。
「百年ぶりですね……本当に……」
その声は、影血直系らしからぬほど柔らかかった。
ジルは笑顔で言う。
「アンタ、相変わらず影から出てくるのね」
キアラは静かに微笑む。
「影が一番落ち着くのよ」
その微笑みは、どこか懐かしさを含んでいた。
キアラの視線がサミュエルへ向く。
サミュエルは思わず背筋を伸ばした。
「……キアラさん」
キアラは静かに歩み寄り、サミュエルの前で立ち止まる。
「久しぶりですね、サミュエルさん」
サミュエルは少し照れたように笑う。
「はい……一年ぶりです」
「元気そうで何よりです」
そのキアラの言葉は優しい。
だが、影が揺れるたびに、部屋の空気がわずかに冷える。
キアラの視線がミナへ向いた瞬間――影がざわりと揺れた。
キアラは静かにミナへ歩み寄り、その顔を覗き込む。
紅い瞳が、ミナの半変異した魔力を見抜いた。
「……これは、半変異状態ですね」
エレナは息を呑む。
「分かるんですか?」
「ええ。影血直系は、血の乱れを感じ取れます」
キアラは眠るミナの傍らへ静かに歩み寄る。
髪に触れることもなく、その顔をじっと見つめた。
そして、小さく息を吐く。
「……このままでは、この少女の命は、あと二日でしょう」
部屋に重い沈黙が落ちた。
リリスも静かに頷く。
「ええ」
「今はベルツさんの魔力で喉の渇きを抑え、眠らせているようですが、それも一時しのぎに過ぎません」
「この状態を維持し続けることは、不可能です」
キアラは視線をミナから外さず、淡々と告げる。
「完全なヴァンパイアなら、血を飲まなければ力が衰え、やがて理性を失います」
「ですが、この少女は半変異です」
「血を飲まなければ――待っているのは暴走ではなく、肉体が耐えられず崩壊します」
リーナの瞳から涙が溢れた。
「お願い……!」
「お姉ちゃんを助けてください……!」
アベルも深く頭を下げる。
「僕からもお願いします」
リリスは苦しげに目を伏せた。
「別の血統の血を取り込むことで、人間に戻れるかもしれません」
「ですが……」
一瞬、言葉が止まる。
「その血を見つける前に、この子の命が尽きてしまうでしょう」
ジルが腕を組み、真剣な表情で口を開く。
「リリスさん、キアラ」
「本当に、他に方法はないの?」
エレナもリリスたちへ頭を下げた。
「お願いします……」
「どんな方法でもいいんです」
「ミナさんを助けてください」
キアラは静かに首を横へ振る。
「……こればかりは、ヴァンパイアという種の宿命です」
「もし喉の渇きを完全に抑える方法があるのなら、私たちヴァンパイアも苦労はしていません」
リリスも静かに続ける。
「キアラさんの言う通りです」
「魔力で抑えられるのも、せいぜい二日ほどでしょう」
「それ以上は、不可能です」
誰も言葉を発せなかった。
部屋は、絶望的な静寂に包まれる。
その沈黙を破ったのは、ベルツだった。
「……一人だけ」
全員の視線がベルツへ向く。
「もしかすると、この状況を覆せるかもしれない方がいます」
リリスが目を細める。
「アザエルさん……ですね」
ベルツは静かに頷いた。
「はい」
「主様なら、何か打開策をご存じかもしれません」
リリスは小さく微笑む。
「確かに、あの方ほどの魔力と知識を持つ方なら……可能性はありますね」
キアラもどこか懐かしそうに目を細めた。
「アザエル様ですか……」
「まだ、ご健在だったのですね」
その名が部屋に響いた瞬間――。
絶望に包まれていた空気の中に、ほんのわずかな希望の光が差し込んだ。
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