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『天使を殺す契約をした』 ~たとえ神を敵にしても~【金曜朝7時更新】  作者: 準


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影血の始祖、リリス

◆ペルシアシティ郊外

 黒い魔法陣の光が静かに消える。

 そこは街道から少し外れた林の中だった。

 遠くには石造りの城壁と、赤茶色の屋根が並ぶ大きな街が見える。

 ベルツは周囲を確認すると、静かに口を開いた。

「ここから先は徒歩です」


 アベルが首を傾げる。

「街の中へ直接転移しないの?」


 ベルツは頷く。

「魔法陣は非常に目立ちます。人間の前へ突然現れれば騒ぎになりますから」


 ジルが眠るミナを抱え直しながら笑う。

「悪魔界なら平気だけど、人間界じゃ目立つのよね」


 ベルツが歩き始める。

「屋敷までは一五分ほどです」


 一行もその後を追った。

 石畳の街道を歩く。

 街の入口では商人が荷馬車を引き、人々が談笑しながら行き交っていた。

 焼きたてのパンの香り。

 露店から漂う肉料理の匂い。

 子供たちの笑い声。

 どこにでもある、平和な街だった。


 アベルは目を丸くする。

「……普通の街だね」

「もっとヴァンパイアの町って感じかと思ってた」


 ジルが笑う。

「だから人間は騙されるのよ」

「ヴァンパイアは人間社会に紛れて生きてる」

「その方が餌には困らないもの」


 エレナも街を見回した。

「こんな所にヴァンパイアの凄い人が住んでるなんて……想像出来ないわね」


 しばらく歩いたところで、アベルが思い出したようにベルツを見る。

「そういえば、一つ聞いていい?」

「さっき地下でサミュエルを殺さなかったよね?」


 ベルツは静かに頷く。

「ええ」

「殺せませんでした」


アベルが不思議そうに首を傾げた。

「サミュエルは、今はこうして一緒に行動してるけど……」

「あの時は敵だったよね?」


 エレナも頷く。

「私も最初は倒すつもりだったわ」

「でも、ベルツが『殺してはいけません』って言ったから、生け捕りにするしかなかったのよ」


 サミュエルは苦笑を浮かべる。

「……あれで生け捕りのつもりだったんですか?」

「何発か、本気で死ぬかと思う攻撃がありましたけど」


 エレナは視線を逸らした。

「……ごめん。それは少しやりすぎたかも」


 ベルツは歩みを止めることなく、静かに説明する。

「ヴァンパイアには、『血統の鎖』という繋がりがあります」

「眷属を生み出した者が命を落とせば、その眷属も死ぬ」

「そして、その眷属が生み出した眷属も、同じように命を落とします」


 アベルは思わず足を止めかけた。

「えっ……そんな……」


 エレナも目を見開く。

「じゃあ……」


 ベルツは静かに頷いた。

「サミュエルさんが死亡していれば、眷属となったミナさんも命を落としていました」

「だからこそ、彼を生かしたまま拘束する必要があったのです」


 リーナの表情が青ざめる。

「そんな……」


 ジルが静かに頷く。

「だから地下では倒すだけにしたの」

「もし勢いで殺してたら、ミナもその場で終わってた」


 エレナは眠るミナを見つめる。

「……危なかった」


 アベルはさらに疑問を口にする。

「じゃあ、そのサミュエルをヴァンパイアにしたキアラって人が死んだら?」


 ベルツは即座に答えた。

「サミュエルさんも、ミナさんも命を落とします」

「その血統そのものが途絶えるからです」


 サミュエルが苦笑する。

「便利だけど、不便な種族なんだよ」

「親が死ねば子も死ぬ」

「逃げられない運命ってやつさ」


 エレナは静かに呟く。

「……まるで呪いね」


 ベルツはわずかに頷いた。

「ええ」

「だからこそ、ヴァンパイアは主を守るためなら命も惜しみません」

「それは忠誠ではなく、生きるためでもあるのです」


◆ペルシアシティ・屋敷前

 石畳の道を一五分ほど歩くと、大きな鉄門が姿を現した。

 その奥には、季節の花々が咲き誇る広い庭園。

 噴水の向こうには、白い外壁の美しい洋館が静かに佇んでいる。


 エレナは思わず足を止めた。

「……大きい」


 アベルも見上げる。

「お城みたいだ……」


 ジルは懐かしそうに笑う。

「相変わらず趣味いいわね」


 門の向こうでは、一人の庭師が丁寧に木々の手入れをしていた。

 花壇では、メイド服を着た女性が花に水を与えている。


 サミュエルが小声で呟く。

「……あの二人、人間だ」


 アベルが目を丸くした。

「えっ?」


 サミュエルが続ける。

「普通の人間だよ」

「魔力も感じない」


 エレナは驚いた表情で屋敷を見つめる。

「ヴァンパイアの屋敷なのに……?」


 サミュエルは静かに頷く。

「キアラさんは、以前も人間として暮らしていたようです」

「だから今回も使用人は、普通の人間なんだと思う」


 そのとき、庭師がこちらへ気付き、軽く一礼した。

「いらっしゃいませ」


 続いてメイドも優雅に頭を下げる。

「ベルツ様、ジル様」

「お待ちしておりました」


 エレナたちは思わず顔を見合わせた。

「えっ?」


 アベルが首を傾げる。

「まだ何も言ってないよ?」


 メイドは柔らかく微笑んだ。

「リリス様より、お客様がお見えになると伺っております」


 ベルツが静かに頷く。

「案内をお願いします」


「かしこまりました」


 門が静かに開く。

 砂利道を進み、庭園を抜ける。

 近くで見る屋敷は、想像以上に大きかった。

 高い天井。

 美しく磨かれた窓。

 どこか歴史を感じさせる落ち着いた佇まい。


 アベルは小声で呟く。

「ベルツの部屋と全然違う……」


 ジルが吹き出した。

「当たり前でしょ」

「ベルツの部屋、本しかないじゃない」


 ベルツは真顔のまま答える。

「必要な物は揃っています」


「それを世間では必要最低限って言うのよ」

 エレナが思わず笑う。

「ちょっとだけ見習った方がいいかもね」


 ベルツは少し考え込むように視線を上げた。

「……観葉植物くらいは置きましょうか」


 ジルが笑い出した。

「そこからなの!?」


 張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


 やがてメイドが、一枚の大きな扉の前で立ち止まった。

「リリス様」

「皆様をお連れいたしました」


 中から、落ち着いた女性の声が聞こえる。

「どうぞ」


 静かに扉が開かれた。

 その先には、陽光が差し込む広い応接室。


 窓際のソファに、一人の女性が優雅に腰掛けていた。

 長く美しい黒髪。

 紅い瞳。

 そして、静かな微笑み。

 その姿には、言葉では表せないほどの気品と威厳があった。


 ベルツは静かに一礼する。

「ご無沙汰しております、リリス様」


 ジルも軽く手を上げて笑う。

「久しぶり、リリスさん」


 リリスは穏やかに微笑み返した。

「ええ、お二人とも」

「よく来てくださいました」


 ジルが周りを見てから、身を乗り出す。

「それで、キアラは今どこにいるの?」


 リリスは穏やかな微笑みを浮かべた。

「キアラさんには、私がお願いした用事を片付けてもらっています」

「もう間もなく戻ってくる頃でしょう」


 ジルはどこか懐かしそうに笑う。

「リリスさんともだけど、私はキアラとも仲が良かったの」

「百年ぶりの再会だから、ちょっと楽しみにしてるんだ」


 リリスも優しく頷く。

「ええ」

「あの子も、きっと喜ぶでしょう」


 そのやり取りを聞きながら、ベルツは額に手を当て、小さくため息をついた。

「……ジルさんとキアラさんが揃うと、少し頭が痛くなりますね」


 エレナが首を傾げる。

「キアラさんって、どんな人なの?」


 ベルツは苦笑しながら答えた。

「言葉遣いは、とても上品で丁寧です」

「ですが……」

 一瞬、言葉を選ぶ。

「中身は、少々豪快と言いますか……」


 リリスが小さく笑う。

「私の教育が悪かったのかもしれませんね」

「キアラは少し好戦的で、行動も大胆なんです」


 サミュエルも苦笑して頷く。

「とても優しい方ですよ」

「でも……誤解を恐れずに言うなら、少し大雑把なところがあります」


 アベルが思わず笑った。

「それって、ジルさんみたいってこと?」


 ベルツは静かに頷く。

「ええ。だからこそ、私は頭が痛いのです」


 エレナは楽しそうに笑った。

「私はそういう人、嫌いじゃないけどね」


 アベルが笑う。

「姉さんも結構そっち側だからね」


 その言葉に部屋が小さな笑いに包まれる。


 アベルは少し遠慮がちに手を挙げた。

「リリスさん。一つ、お聞きしてもいいですか?」


 リリスは穏やかに微笑む。

「ええ、もちろんです」


 アベルが不思議そうに尋ねる。

「どうして僕たちが来るって分かったんですか?」

「まだ誰にも知らせていないのに……」


 リリスは紅茶を一口飲み、静かにカップを置いた。

「理由は二つあります」

 一拍置いて、ベルツとジルへ視線を向ける。

「まず、ベルツさんとジルさんの魔力です」


 ジルが苦笑した。

「やっぱり隠せなかったか」


 ベルツも静かに頷く。

「私たちほどの魔力になりますと、完全に気配を消すことは困難です」


 リリスは優しく続ける。

「ここ、ペルシアシティに突然、お二人ほどの魔力が突然現れれば、気付かない方が難しいでしょう」

「そして――」

 今度はサミュエルへ視線を移した。

「私の眷属が、ベルツさんやジルさんと共に行動している」

「その時点で、何か異変が起きたのだと分かります」

「ならば、お二人が訪ねて来られる理由は一つでしょう。」

「私か、キアラさんです。」


 サミュエルは小さく頭を下げる。

「……やっぱり分かるんですね」


 リリスは静かに頷く。

「名前や居場所までは分かりません」

「ですが、自分の血統に連なる眷属が、ある程度近くまで来れば、その存在を感じ取ることはできます」


 ベルツが静かに補足する。

「始祖四柱だからこそ可能な感知能力ですね」


 リリスは微笑んだ。

「ええ」

「ベルツさん、ジルさん、そして私の眷属であるサミュエルさん」

「この組み合わせなら、私かキアラさんに会いに来られたのだろうと、すぐに察しが付きました。」


 エレナは感心したように息を漏らす。

「……始祖って、本当にすごいんですね。」


 リリスは静かに首を横へ振った。

「長い時を生きていれば、それだけ見えるものが増えるだけですよ。」


 リリスは改めてエレナへ視線を向けた。

「それにしても……」

「人間でありながら、その魔力量は驚異的ですね」


 ベルツが静かに答える。

「ええ。アザエル様の意向で、特別な魔力を授かった少女です」


 エレナは笑みを消し、真っ直ぐリリスを見つめた。

「リリスさん」

「私のことはどうでもいいんです」

「それより――半変異したミナさんを、人間に戻す方法を教えてください」


 リリスは眠るミナへ、数秒静かに視線を向けた。

 その赤く染まり始めた魔力を見つめる。

 小さく息を吐く。

「……そうですか」

「半変異ですか」


 部屋から笑みが消えた。


 リリスの表情もまた、静かに真剣なものへと変わっていく。

 そして、その口から語られようとしていたのは――。

 ヴァンパイアですら滅多に知る者のいない、「半変異」を救う唯一の方法だった。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


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