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『天使を殺す契約をした』 ~たとえ神を敵にしても~【金曜朝7時更新】  作者: 準


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悪魔界の静寂と赤い光

今日の夜19時にも1話アップします。

 魔法陣の光が消えると同時に、冷たい空気が肌を刺した。

 そこは人間界とはまったく違う、静かで重い世界だった。


 ベルツはサミュエルを肩に担いだまま、黒い扉を押し開ける。


◆悪魔界・ベルツの執務室

 部屋の中は、まるで“魔力の図書館”のようだった。

 黒曜石の床は淡く光り、壁には魔術式の紋様が刻まれている。

 机の上には黒い水晶と魔術書が整然と並び、

 空気は冷たく、鉄と香の混じった匂いが漂っていた。


 エレナが思わず周囲を見回す。

「……ベルツの部屋って、生活感ゼロね」


 アベルも頷く。

「本棚しかない……」

「寝る場所あるの?」


 ベルツは平然と答えた。

「あります」


「どこ?」


「本棚の奥です」


「秘密基地か!!」


 ジルが吹き出す。

「ベルツって仕事人間だからねー。机と本があれば生きていけるのよ」


 ベルツは首を傾げる。

「何か問題でも?」


「大問題よ!」

 ジルは自分の胸を張る。

「部屋っていうのはね、お菓子と服とクッションが散らかって完成するの」


 アベルもキョロキョロしながら言う。

「本当に図書館みたい……いや、研究室……?」


 ジルが笑う。

「ベルツはね、こう見えて几帳面なのよ。私の部屋なんて、爆発したみたいに散らかってるけど」


 ベルツは淡々と返す。

「ジルさんの部屋は“散らかっている”ではなく“壊れている”のです」


 ジルがすぐに突っ込む。

「ひどっ!!」


 リーナが思わずクスッと笑う。

 張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。


 ミナはエレナの肩を借りながら、荒い呼吸で部屋を見渡す。


 ベルツはサミュエルを部屋の中央の黒い椅子へ座らせる。

 床の魔法陣が輝き、黒い鎖が音もなく手足へ絡みついた。


 サミュエルは少し苦しそうに息を吐く。

「……久しぶりに見たよ、この拘束椅子」


 ベルツは淡々と説明する。

「影歩き封印。魔力封印。身体能力制限。魔力暴走防止」

 一拍置いて、

「ついでに、椅子から立てません」


 サミュエルはため息をつく。

「……嫌がらせの才能あるね」


 ジルがニヤニヤする。

「まだまだよ?」

「私なら口も塞ぐし、逆さ吊りにもする」


 アベルが青ざめる。

「尋問ってそんなことするの!?」


 ジルがニヤッとする。

「しないわよ」

 一拍。


「……まだね」


「怖いよ!!」

 部屋に笑いが広がる。


 ベルツはサミュエルへ静かに告げる。

「あなたがここから逃げられる可能性は、ゼロです」


 ジルが口元を吊り上げた。

「逃げたら、両脚を切り落とすからね」


 サミュエルは苦笑いを浮かべる。

「……それ、冗談に聞こえないんだけど」

「やっぱり君たち、本当に怖いよ……」


 ひととき、部屋に笑い声が響いた。

 その笑い声を、かすかな呻き声が静かにかき消した。

「……あ、あつ……い……」

 ミナが突然、肩を震わせた。

「身体が……熱い……!」


 ベルツの表情が一瞬で変わる。

「……抑制が切れ始めています」

「血を欲する感情が、また……」


 ミナの息が荒くなる。瞳が赤く揺らぎ、喉の奥から苦しげな息が漏れる。唇の隙間から、小さく牙がのぞいた。


 リーナが泣きそうな声で叫ぶ。「お姉ちゃん!!」

「やだ……また苦しんでる……!」


 ミナは頭を抱え、壁にもたれながら震える。

「……いや……飲みたくない……飲みたくない……!」


 アベルがリーナの肩を抱き寄せる。

「大丈夫……大丈夫だよ……」

「ベルツが抑えてくれるから……!」


 リーナは涙をこぼしながらミナの手を握る。

「お姉ちゃん……お願い……戻ってきて……」


 ミナは震える声で答えた。

「……リーナ……ごめんね……」

「私……どうなっちゃうの……?」


 エレナはミナの肩に手を置き、静かに言う。

「ミナさん。絶対に助ける」

「どんな方法でも、必ず戻す」


 ミナの赤い瞳が揺れ、その奥で“飢え”の影がゆっくりと形を作り始めていた。


 ベルツは苦しむミナを見つめ、わずかに眉を寄せた。


 その様子を見たサミュエルが、小さく息を吐く。

「……血への執着が強くなってきている」

「魔力で抑えるのも、もう限界が近いぞ」


 ――ドゴッ。

「ぐっ!」

 ジルの蹴りが、サミュエルの脇腹へめり込んだ。

「だったら、さっさと変異を戻す方法を教えなさいよ」


 サミュエルは苦しそうに顔をしかめながら笑う。

「だから……本当に知らないんだ」

「半変異がこんなに長く続いている症例、僕だって初めて見る」


 ベルツは静かにミナへ歩み寄る。

「……仕方ありませんね」

 ミナの前に膝をつくと、そっと頭へ手を置いた。

「もう一度、私の魔力で血の衝動を抑えます」

「ですが、あとどれほど保つかは分かりません」

 ベルツの掌から、黒く穏やかな魔力がゆっくりと流れ込む。

 ミナの身体を包んでいた赤い魔力が、少しずつ静まっていく。


「……あっ……」

 ミナの荒かった呼吸が落ち着き、苦しそうに歪んでいた表情が少しだけ和らいだ。

 しかし、そのまま力が抜けるように瞼を閉じる。


「お姉ちゃん!」

 リーナが慌てて身体を支える。


 ベルツは静かに手を離した。

「安心してください」

「先ほどより強い魔力で抑えたため、身体が耐えきれず眠ってしまっただけです」


 エレナは胸をなで下ろす。

「……よかった」


 アベルは眠るミナを見つめ、拳を握る。

「早く……ミナさんを助けよう」


 ジルは拘束されたサミュエルを見下ろし、不敵に笑った。

 「そうね」

 指をポキポキと鳴らしながら、一歩、また一歩と近づく。

「じゃあ――さっそく尋問を始めましょうか」


 サミュエルはその姿を見て、心底うんざりしたようにため息をつく。

「……できれば、この女悪魔を私から遠ざけてもらえませんか?」


 ジルはニヤリと笑みを深める。 「残念。それは却下」

「さて、と」

 指をポキポキと鳴らす。

「どこから聞こうかな?」


 サミュエルが視線を背ける。

「お好きにどうぞ」


 ベルツが静かに口を開く。

「嘘をついても無駄です。ここでは、魔力の揺らぎで嘘が分かります」


 サミュエルは舌打ちした。

「……本当に悪魔って嫌いだよ」


 ジルは笑顔のまま拳を握る。

「じゃあ一問目」

「ミナを人間へ戻す方法は?」


 サミュエルは静かに首を横へ振った。

「知らない」

 ――ドゴッ。

「うっ…、」 

 ジルの拳が腹へめり込む。


 サミュエルは深く息を吐き、諦めたように口を開いた。

「ミナは……半変異だよ」


 エレナが眉をひそめる。

「半変異……?」

「変異はしている。でも、血を飲んでいない。だから完全なヴァンパイアじゃない」


 アベルが息を呑む。

「じゃあ……戻せる可能性があるってこと?」


 サミュエルは首を横に振る。

「普通はない。変異した時点で肉体はもうヴァンパイアだ。飲血していないだけで、構造は変わってる」


 ベルツが静かに補足する。

「つまり、肉体だけが変異し、契約そのものは成立していない状態……ということですね」


 サミュエルは小さく頷いた。 「そういうことさ」

「だから血を求める衝動はある。でも、眷属として完全に支配されているわけじゃない」


 眠っているミナを見つめ、リーナが震える声で呟く。

「……そんな……」


 ジルはサミュエルの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。

「じゃあ、質問を変えるわ」

「半変異について詳しい奴に心当たりは?」


 サミュエルは困ったように苦笑する。

「……残念だけど、僕は知らない」


 ジルは目を細める。

「本当に?」


 サミュエルは肩を落とし、小さく息を吐いた。

「嘘をつく理由がないよ」

 

 サミュエルが静かに言う。

「僕はヴァンパイアになって、まだ一年くらいだからね」


 アベルが目を丸くした。

「えっ!?一年しか経ってないの!?」


 サミュエルは顔を俯いたまま言う。

「そう。でも、僕は運が良かった」

「僕は始祖四柱から数えて三代目の血統なんだ」


 ベルツが静かに目を細める。

「……なるほど」


 アベルが首を傾げた。

「始祖四柱って、何?」


 サミュエルが口元に笑みを浮かべる。

「最初に生まれた四人のヴァンパイアさ」

「ヴァンパイアという種族の始まりであり、頂点に立つ存在」

「だから"始祖四柱"と呼ばれているんだ」


 ベルツが静かに補足する。

「正確には、始祖四柱は悪魔魔界で生まれた存在です」

「その後、人間界へ渡り、ヴァンパイアという種族を築き上げました」


 ジルが腕を組みながら鼻を鳴らす。

「まあ、一言で言えば化け物よ」

「さっきのヴァンパイアとは、格が違う」


 エレナは目を丸くした。

「ジルが"化け物"って言うなんて……」


 ジルは苦笑する。

「アタシでも、できれば喧嘩したくない相手ね」


 サミュエルは続ける。

「地下にいたキールって女は一〇〇年以上生きている」

「ヴァンパイアの知識なら、あいつの方が詳しいかもしれない」

「でも、血統は原初から一三代目くらいだったかな」

 サミュエルは口元に笑みを浮かべる。

「だから、強さなら僕の方が上だけどね」


  エレナが首を傾げる。

「その、三代目とか一三代目って何なの?」


 サミュエルは苦笑いを浮かべた。

「君たち……ヴァンパイアについて、本当に何も知らないんだね」


 ジルが説明する。

「始祖四柱が一代目」

「そして、始祖にヴァンパイアへ変えられた者たちが、直系と呼ばれる二代目よ」


 ベルツが静かに話を引き継ぐ。

「その二代目が新たなヴァンパイアを生み出せば三代目」

「さらに三代目が眷属を増やせば四代目というように、代を重ねていきます」


 サミュエルが指を一本立てた。

「基本的には、始祖に近い代ほど強い」

「それに加えて、生きた年月も力に直結する」

「例えばキールだ」

「あの人は一三代目だけど、二百年も生きてきた古参だからね」

「だから一三代目とは思えないくらい強いんだよ」


 エレナは感心したように息を漏らす。

「代だけじゃなくて、生きた年数も強さに関係するのね」


 ベルツは静かに頷いた。

「ええ。それがヴァンパイアという種族です」


 ジルが腕を組む。

「で、そのキールは今どこ?」


 サミュエルは首を横に振った。

「知らない」

「知り合って三ヶ月くらいだし、目的が一致したから手を組んでいただけだ」

「別に仲間でも何でもない」

 部屋が静まり返る。


 ジルはじっとサミュエルを見つめる。

「……その話が本当なら」

「お前は直系の眷属ってことになるわね」


 サミュエルは何も答えない。

 ジルはゆっくり口を開く。

「じゃあ、お前をヴァンパイアにした直系――」

「名前は?」


 サミュエルは一瞬だけ目を閉じ、まるで諦めたように、小さく笑った。

「……キアラさんだ」


 その名を聞いた瞬間――

 ベルツの瞳が、わずかに揺れた。 それは普段、感情をほとんど表に出さない彼には珍しい反応だった。


 ジルの声は、いつもの軽さを完全に失っていた。

「……キアラですって?」





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