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『天使を殺す契約をした』 ~たとえ神を敵にしても~【金曜朝7時更新】  作者: 準


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赤き瞳は消えず

◆倉庫地下・拘束室

 サミュエルの影が膨れ上がり、地下室の空気が震えた。

 黒い魔力が床を這い、壁を伝い、天井へ伸びる。


 ジルが眉をひそめる。

「……ベルツ。これ、本気の魔力よ」

「私たちでも正面から受けたらヤバイやつよ」


 ベルツは静かに頷いた。

「ええ。影そのものを支配していますね」


 サミュエルはゆっくりと笑い、赤い瞳が妖しく光る。


 ベルツが一歩前へ出た。

「エレナ様、交代しましょう」

「レッスンは終わりです」


 エレナは拳を握りしめ、首を横に振る。

「……いいえ」

「私が決着をつける」


 ベルツは苦笑した。

「……そう言うと思いました」

「では――ほんの少しだけ手伝うことをお許しください」


 ベルツの右手が静かに上がる。

 黒い魔力が指先から溢れ、形を変え――

 一本の黒い剣となった。


 ジルが目を見開く。

「ベルツ、本気じゃない……?」


「いえ。ほんの少しです」


 サミュエルが影へ溶ける。

 次の瞬間、エレナの背後へ現れた。

「君の血……本当に美味しそうだね」

 爪がエレナへ迫る――。


 その瞬間。

 ベルツの黒い剣が、空間を裂いた。

 ――シュンッ。

 黒い刃がサミュエルの影を切り裂く。

 影が悲鳴を上げるように揺れ、サミュエルの身体が弾かれた。

「っ……!?」


 ベルツは静かに告げる。

「私の魔力で、あなたと影を切断しました」

「しばらく影歩きはできません」


 サミュエルの瞳が揺れた。

「……悪魔の魔力は……反則だね……」


 ベルツは淡々と答える。

「悪魔ですので」


 影歩きを封じられたサミュエルは、

 もうエレナの“風読み”から逃れられない。


 エレナは翼を広げ、前へ踏み込む。

「これで……終わりよ!」


 サミュエルが腕を構える。

「まだだよ……!」


 だが――

 エレナの拳が速い。

 ――ドガァッ!! 

 サミュエルの腹へ直撃。

 床を滑り、壁へ叩きつけられる。

「ぐっ……!」


 エレナは追撃する。

 風が巻き起こり、翼が揺れる。

「ミナさんを苦しめた罪……償わせる!!」


 サミュエルは腕で防御するが――

 エレナの拳は止まらない。

 ――ドガッ!

 ――ドガァッ!

 ――ドガァァンッ!!


 サミュエルの身体が壁へめり込む。

「っ……はぁ……はぁ……」


 エレナは息を荒げながら、手を見つめた。

(ベルツみたいにはいかないけど……)

 黒い魔力が手に集まる。

 ぎこちなく、しかし確かに――

 剣の形を作り始めた。


 ベルツが小さく呟く。

「ほう」


 エレナは剣を構え、サミュエルへ踏み込む。 

「これで……終わりよ」


 サミュエルが叫ぶ。

「やめ――」

 ――ザシュッ!! 

 黒い剣がサミュエルの右腕を切断した。

 赤い瞳が大きく揺れ、膝をつく。

「っ……あ……ああ……!」


 そして、最後にエレナの渾身の拳を放つ。

 ――ドガァァァンッ!!


 サミュエルの身体が床へ叩きつけられた。

 影が散り、闇が消える。

 地下室には、嘘みたいな静寂が訪れた。

 さっきまで影が暴れ、牙が光り、空気が震えていた場所とは思えないほど静かだった。


 アベルが思わず叫んだ。

「姉さん!!勝ったんだ!!すごいよ!!」


 エレナは拳を下ろし、荒い息を整えた。

 胸の奥で、怒りの熱がゆっくりと冷えていく。

「……あ、やば……」

「最後、力入れすぎた……死んじゃったかな……?」


 ベルツが静かに歩み寄り、サミュエルの状態を確認する。

「大丈夫です。気を失っただけですよ」


 ジルが笑う。

「ヴァンパイアは心臓潰さないと死なないよ」

「怪我も再生していくしね」


 その言葉通り――

 サミュエルの切断された右腕が、黒い粒子をまといながら再生を始めた。


 アベルが目を見開く。

「えっ……腕が……戻ってる……!」


 エレナも息を呑む。

「……本当に化け物ね……」


 そのとき、弱い声が聞こえた。「……リーナ……?」

 ミナだった。

 意識は朦朧としているが、赤くなった瞳にわずかな光が戻っていた。


 リーナは駆け寄り、涙をこぼす。

「お姉ちゃん!!」

「よかった……生きてる……!」


 ミナは震える手で妹の頬に触れた。

「……リーナ……ごめんね……」

「怖かったでしょう……」


 リーナは首を振る。


 エレナはゆっくりと膝をつき、ミナの肩を支える。

「ミナさん……もう大丈夫よ」


 ミナは荒い呼吸をしながら、震える声で答えた。

「……エレナさん……」

「ありがとう……本当に……」


 赤い光はまだ残っているが、さっきの獣のような光ではなかった。


 ベルツがゆっくりと歩み寄る。

「ミナさん。身体の痛みはありますか?」


 ミナは小さく頷いた。

「……熱い……身体が……」

「でも……さっきより……楽です……」


 ベルツは静かに目を閉じる。

「血を欲する感情は、ヴァンパイアの本能です」

「私の魔力で抑えられるのは短時間だけでしょう」


 アベルが近づき、ミナの手をそっと握る。

「大丈夫だよ。僕たちが絶対に守るから」


 ミナは弱く笑った。

「……ありがとう……」


 アベルの手は震えていた。

 恐怖ではなく、安堵の震えだった。


 ジルは伸びをしながら笑う。

「いやー、久しぶりに面白い相手だったわ」

「楽しかった」


 エレナとアベルが同時に突っ込む。

「楽しかったじゃない!!」

「死ぬかと思ったよ!!」


 ジルは壁にもたれながら、大きく息を吐く。

「影歩きとか、本当に面倒くさいのよね」


 エレナが笑う。

「ジルが一番楽しそうだったけど」

「そりゃあね。戦闘は嫌いじゃないもの」


 ジルは肩を回しながら続ける。

「でも……今回はアンタが一番頑張ったわよ、エレナ」


 エレナは照れくさそうに視線をそらした。

「……ミナさんを助けたかっただけよ」


 ベルツが静かに言う。

「エレナ様。影歩きを“風で読む”という発想は、普通はできません」


 エレナは肩をすくめる。

「ウインドウルフで練習したからね」


 ベルツは感心したように微笑む。

「それに、私はまだ魔力の剣を教えていません」

「それを一度見ただけで再現するとは……やはり、並外れた才能がありますね」


 エレナは照れくさそうに頬をかいた。

「そんな……たまたまできただけだよ」


 ベルツは微笑む。

「それでも、実戦でできるのは才能です」


 エレナは少しだけ頬を赤くした。

「……褒められると、なんか照れる」


 リーナがエレナの袖をそっと引っ張る。

「……エレナさん」


「ん?」


「お姉ちゃんを取り返してくれて、ありがとう」


 エレナは優しく頷いた。


 ミナも涙を流しながら微笑んだ。

「……ありがとう……」


 ジルはケロッとして言う。

「お腹空いたし、またダイナー行こうよ」


「今それ!?」

「今じゃない!!」

 二人のツッコミが地下室に響く。


 ベルツはサミュエルを肩に担ぎ上げた。

「まず、この地下から出ましょう」

「影歩きが得意なヴァンパイアです。逃げられたら困ります」 


 ベルツが魔法陣を展開する。

 黒い光が床に広がり、空気が震えた。

「ミナさんのヴァンパイア化を止めなければなりません」

「一旦、悪魔界へ連れていき、元に戻す方法を聞き出しましょう」


 ジルが手を挙げる。

「悪魔界で尋問ね。私やりたい」


 アベルが青ざめる。

「ジルが尋問したら……死んじゃうんじゃ……」


「死なない程度にやるわよ」


 エレナはため息をつきながらミナを支える。

「……行こう。ミナさんを助けるために」


 ベルツが静かに告げる。

「では――悪魔界へ」

 黒い光が強く輝き、六人と一人のヴァンパイアは魔法陣の中で消えていった。


 だが――

 その闇の中で、ミナの瞳にはまだ赤い光が残っていた。

 


 



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