東通りの捜索
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◆アルディア共和国・東通り
夜の街は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
人影はなく、街灯の光だけが細い路地を照らしている。
風が吹くたび、古い看板がギィ……と不気味に揺れた。
四人はリーナの案内を受け、東通りの倉庫街へ向かっていた。
ジルが鼻をひくつかせる。
「……血の匂いがするわね」
アベルは肩を震わせた。
「えっ……本当に?」
ジルは周辺を確認している。
「人間には分からないわよ」
「でも、ここ最近の事件は全部この辺りみたいね」
ベルツも周囲へ静かに視線を走らせる。
「足跡は……ありませんね」
「ヴァンパイアは地面を歩かないことが多いので」
エレナは拳を握る。
「影みたいに消えるって言ってたもんね」
リーナは震える声で言う。
「こ、ここです……お姉ちゃんが連れて行かれたの……」
リーナが指差した先には、古びた倉庫が並んでいた。
壁は錆び、窓は割れ、誰も使っていないような建物ばかり。
ジルが倉庫の扉を軽く叩く。
「中は……空っぽね」
ベルツは別の倉庫の前で立ち止まった。
「……ここは違いますね」
エレナが近づく。
「あれ何?」
ベルツは地面を指差した。
そこには――黒い粒子が、砂のように散っていた。
「これは……?」
アベルが首を傾げる。
「ヴァンパイアの魔力残滓です」
ベルツは静かに答える。
「影歩きの痕跡ですね」
「この倉庫の中へ移動した可能性が高いです」
リーナが息を呑む。
「お、お姉ちゃん……!」
ジルは扉に手を当てた。
「開くわ」
黒い魔力が広がる。
――バキィン!!
錆びた鉄扉が内側へ吹き飛んだ。
アベルが思わず叫ぶ。
「ジル!もう少し静かにできないの!?」
ジルは平然と中へ歩き出す。
「急いでるんだからいいでしょ」
五人は倉庫の中へ足を踏み入れた。
◆倉庫内部
中は暗く、埃が舞っている。
古い木箱が積まれ、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
エレナが周囲を見渡す。
「誰もいない……?」
ベルツは首を横に振る。
「いえ……います」
その瞬間――
ジルが指を鳴らした。
パチン。
倉庫の奥にある床が黒い光に包まれた。
エレナが驚く。
「何これ……?」
「隠し扉よ」
ジルは軽く笑う。
「ヴァンパイアは地下を好むの。
地上より魔力が安定するからね」
ベルツが階段を見下ろす。
「リーナの証言とも一致します」
「地下へ連れ込んだのでしょう」
リーナは震える声で言った。
「お、お姉ちゃんは……下に……?」
ベルツはリーナの肩へ手を置いた。
「ここから先は危険です」
「あなたは私から離れないでください」
少女は唇を噛みしめたが、ゆっくり頷いた。
エレナは階段を見つめる。
「行くしかないわね」
ジルが笑う。
「もちろん」
アベルは拳を握る。
「僕も……行く」
ベルツは静かに告げた。
「気を付けてください。地下はヴァンパイアの縄張りです」
「影が動いたら――それは敵です」
五人は暗い階段をゆっくりと降りていった。
その先にあるのは――リーナの姉が囚われた地下室。
そして、夜に潜む牙の主。
――その頃。
◆東通り・廃倉庫群の地下
冷たい石の床。
湿った空気。
鉄の匂い――血の匂いが漂っていた。
薄暗い地下室の中央に、一人の女性が倒れている。
リーナの姉――ミナだった。
手足は黒い鎖で拘束され、壁へ固定されている。
意識は朦朧としているが、まだ生きていた。
「……う……」
ミナはゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、天井の古い蛍光灯が滲んで見える。
頭が重い。
身体が冷たい。
何かを吸われたような感覚。
そのとき。
カツン……。
カツン……。
階段を降りてくる足音が響いた。
ミナの身体が震える。
暗闇から、白い影がゆっくりと姿を現した。
白い肌。
赤い瞳。
深紅のコート。
そして――笑っている。
「起きたのかい?」
その声は、優しい。
まるで恋人に話しかけるような柔らかさ。
だが、その瞳は獲物を見る獣のものだった。
ミナは声を絞り出す。
「……だれ……?」
男はしゃがみ込み、ミナの頬へ指を添えた。
冷たい指。
人間の温度ではない。
「怖がらなくていいよ。すぐに楽になるから」
ミナは必死に身体を引こうとするが、鎖が軋むだけで動けない。「やめ……て……」
男は微笑んだ。
「大丈夫。君は選ばれたんだ」
ミナの心臓が跳ねる。
「……えらば……?」
「そう。私たちの仲間になる資格がある」
男はミナの首筋へ顔を近づけた。
赤い瞳が光る。
「血を吸うだけじゃない」
「君の身体に、私の力を流し込む。そうすれば――」
一拍置く。
「君も“夜の住人”になれる」
ミナの呼吸が荒くなる。
「いや……いや……いや……!」
男は楽しそうに笑った。
「変異は痛いけど、すぐ終わるよ」
「君の妹にも、すぐ会わせてあげる」
ミナの目が大きく見開かれた。「妹……?妹には……触らないで……!」
男は首を傾げた。
「どうして?君たち姉妹は、とても美しい。揃って夜の仲間になれば――」
その瞬間。
ミナは叫んだ。
「やめて!!妹は……リーナは絶対に渡さない!!」
男は一瞬だけ驚いたように目を細めた。
そして――ゆっくりと笑った。「……いいね。その目。その強さ」
「やっぱり君は“選ばれた”んだよ」
男はミナの首へ手を添えた。
「さあ――始めようか」
赤い瞳が光り、地下室の空気が震えた。
ミナの叫びが闇へ吸い込まれていく。
――時間は戻る。
◆倉庫地下への階段
階段は古く、踏むたびにギシ……と軋んだ。
湿った空気が肌にまとわりつく。
エレナは拳を握りしめながら降りていく。
アベルは緊張で喉を鳴らした。
「暗い……」
アベルの声は震えていた。
ベルツが指先を軽く振ると、淡い光が灯る。
魔力の灯りが階段を照らした。「気を付けてください」
「ヴァンパイアは闇を好みます」
リーナはベルツの上着の裾を離すまいと、ぎゅっと握りしめていた。
ジルは笑う。
「闇に隠れてるなら、引きずり出すだけよ」
その瞬間だった。
――コツン。
階段の下から、何かが落ちる音がした。
リーナがビクッと驚きベルツの脚にしがみつく。
アベルが息を呑む。
「い、今の……何?」
ベルツが静かに答える。
「気配があります」
◆地下室前
階段を降り切ると、古い鉄扉があった。
錆びつき、半分ほど歪んでいる。
ジルが扉に手をかざす。
「開けるわよ」
黒い魔力が扉を包み――
ガンッ!!
扉が吹き飛んだ。
アベルが叫ぶ。
「ジル!静かにって言ったのに!」
ジルの目が鋭くなる。
「敵がいるなら、どうせバレてるわよ」
そして、五人は地下室の中へ。
◆地下室
中は暗く、冷たい。
壁には古い鎖。
床には黒い染み。
空気が重い。
エレナが周囲を見渡す。
「誰も……いない?」
ベルツは首を横に振る。
「いえ。います」
その瞬間――
空気が揺れた。
アベルが叫ぶ。
「えっ!?どこ!?」
ベルツが低く呟く。
「影です。見えませんよ」
次の瞬間。
――ヒュッ。
黒い影が、アベルの背後から飛び出した。
「アベル!!」
エレナが叫ぶ。
アベルは振り向く暇もない。
赤い瞳が闇に浮かび、白い手がアベルの首へ伸びる。
(来る――!)
その瞬間。
――ガンッ!!
エレナの拳が影を弾き飛ばした。
影は床を滑り、壁へ叩きつけられる。
アベルは尻もちをつきながら叫ぶ。
「な、何今の……!」
影がゆっくりと立ち上がる。
白い肌。
赤い瞳。
黒い髪。
黒いドレス。
そして――笑っている。
「へぇ……」
「人間のくせに、よく見えたわね」
エレナは構えたまま睨む。
「アンタが……ヴァンパイア?」
女はゆっくりと歩み寄る。
まるで床を滑るような足取りだった。
「そう呼ばれることもあるわ」
「でも――夜の住人、と呼ばれる方が美しいでしょう?」
ジルが舌打ちする。
「面倒くさいタイプね」
女は笑った。
「あなたたち、強いね。特に――」
赤い瞳がエレナを見た。
「あなた。その力……人間じゃないでしょう?」
エレナの背筋が震える。
ベルツが前へ出る。
「あなたに答える必要はありません」
女はベルツを見て、口元を吊り上げた。
「悪魔か……」
「なるほど。だから人間が強いわけね」
アベルが震える声で言う。
「リーナのお姉ちゃんを……返せ!」
女はゆっくりとアベルへ視線を向けた。
「返す?」
「いや、それはできないわよ」
アベルの顔が青ざめる。
「どうして……!」
「だって――」
女は楽しそうに笑った。
「その子の姉は、もう“変わり始めてる”はずよ、サミュエル様の血でね」
エレナが叫ぶ。
「変わるって……何をしたのよ!」
女はゆっくりと手を広げた。
「簡単なことよ」
「サミュエル様の血を流し込んだだけよ」
「この街を支配する“夜の王”の血をね」
ベルツの表情が険しくなる。
「……もう、血を流し込んだのか」
女は妖しく微笑んだ。
「ご名答」
「もう後戻りはできないわ」
「あの子は、もうサミュエル様のものよ」
女は赤い瞳を細めた。
「さあ――」
「君たちはどうする?」
次の瞬間。
影が四方から動いた。
ヴァンパイアの仲間たちが、闇から姿を現した。
エレナは拳を握りしめる。
「来る……!」
ジルは笑う。
「やっと戦いらしくなってきたわね」
ベルツは静かに構えた。
「油断しないでください。彼らは魔獣とは違います」
アベルは震えながらも前を見た。
闇が揺れた。
牙が光った。
戦いが始まった。




