夜に潜む牙
◆ダイナー《銀のスプーン》
カラン――。
夕暮れを迎えた街。
四人は、昼にも訪れたダイナーへ戻ってきていた。
店内には焼き立てのパンの香りと、香ばしい肉の匂いが広がっている。
エレナは椅子へ腰を下ろした瞬間、大きく息を吐いた。
「疲れたぁ……」
黒い翼も消え、ようやく肩の力が抜ける。
向かいに座るアベルも机へ突っ伏した。
「今日は本当に死ぬかと思った……」
ジルはそんな二人を見て笑う。
「まだ初日みたいなものよ?」
「その初日が濃すぎるのよ!」
エレナが即座に突っ込む。
ベルツはカウンターで注文後席につく。
「お疲れ様でした」
「注文してきましたよ」
アベルは関心する。
「流石、ベルツだね、手際がいい」
エレナがベルツを見て言う。
「ベルツだけ疲れてないじゃない」
ベルツは静かに紅茶を口へ運んだ。
「私は見ていただけですので」
エレナが笑う。
「見てるだけでウインドウルフ真っ二つにした人が言う台詞じゃないわ」
アベルも即座に同意する。
「確かに」
ベルツは少しだけ困ったように微笑んだ。
「護衛も仕事ですから」
そこへ店主が料理を運んできた。
「お待たせ!」
大皿いっぱいのハンバーグ。
こんがり焼けたステーキ。
山盛りのポテト。
湯気の立つスープ。
そして焼きたてのパン。
ジルの目が輝く。
「きたーーっ!」
「いただきまーす!」
誰よりも早く肉へフォークを突き刺す。
エレナが呆れる。
「子供じゃないんだから……」
「お腹空いてたの!」
「さっきまで魔獣倒してたじゃない」
「だからよ!」
ジルは幸せそうな顔で肉を頬張った。
「ん~~~!」
「美味しい!!」
アベルも一口食べる。
「ほんとだ!」
「今朝のより美味しい!」
店主が笑う。
「今夜は特製ソースだからね」
ベルツは静かにナイフを入れる。
一口。
「……ええ」
「素晴らしい焼き加減です」
店主は嬉しそうに笑った。
「兄さん、分かってるねぇ!」
エレナが横から覗き込む。
「ベルツ、味分かるの?」
「失礼ですね」
「悪魔でも味覚くらいあります」
「いや、なんか紅茶しか飲まないイメージだった」
「食事もします」
アベルが笑う。
「ベルツって、意外と普通なんだね」
「普通ですよ」
ジルが吹き出した。
「普通の悪魔だけどね」
四人の笑い声が店内へ広がる。
穏やかな時間だった。
しかし――。
奥の席から、ひそひそと話す声が聞こえてきた。
「また出たらしいぞ……」
「本当か?」
「ああ」
「今度は東通りの青年だ」
エレナは自然と耳を傾ける。
別の男が小さく声を潜めた。
「首に噛み傷だけ残ってたって話だ」
「血もほとんど無かったらしい」
「怖ぇな……」
「最近、行方不明も増えてるしな」
「夜になると誰も歩かなくなったよ」
店主も深いため息をつく。
「うちも夜は早めに閉めようかと思ってる」
「娘がいるから心配でねぇ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
ジルの手が止まる。
ベルツも紅茶のカップを置いた。
二人がほんの一瞬だけ視線を合わせる。
何も言わない。
だが、その沈黙だけで互いに理解しているようだった。
エレナは気付く。
「……何?」
ベルツが静かに口を開いた。
「おそらくですが……」
一拍置く。
「ヴァンパイアの可能性があります」
アベルが目を丸くする。
「ヴァンパイアって……本当にいるの?」
「ええ」
ベルツは静かに頷く。
「悪魔とは違う種族です」
「人の血を糧とし、夜を好み、高い知性を持つ魔物」
「下級種ならともかく、上位種ともなると、人間社会へ溶け込むことすら可能です」
エレナの表情が引き締まる。
「魔獣とは違うってこと?」
「はい」
「言葉を話し、罠を張り、考えて狩りをします」
ジルも腕を組む。
「正直、オーガより何倍も厄介ね。」
「力だけじゃなく頭も回る」
「しかも逃げるのが上手い」
アベルが不安そうに尋ねた。
「もし本当にヴァンパイアだったら……?」
ベルツが答えようとした――
そのときだった。
カランッ!!
ダイナーの扉が勢いよく開く。
「た、助けてください!!」
一人の少女が泣きながら飛び込んできた。
服は泥だらけ。
年齢は一〇歳ほど。
肩で息をし、今にも倒れそうになっている。
店内が静まり返った。
少女は涙を流しながら叫ぶ。
「お、お姉ちゃんが……ミナお姉ちゃんが!」
「連れて行かれたんです!!」
ベルツとジルの表情が一変する。
穏やかな空気は完全に消えた。
ベルツは静かに立ち上がる。
「……詳しく、お話を聞かせてください」
少女は震える唇で、小さく頷いた。
ベルツは奥のテーブルに少女を座らせた。
少女は震える手でコップの水を掴むが、うまく飲めずにこぼしてしまう。
ベルツは静かにハンカチを差し出す。
「落ち着かなくて構いません。ゆっくりでいいので、何があったのか教えてください」
少女は震える唇を噛みしめ、必死に言葉を絞り出した。
「……少し前のことです。私と、お姉ちゃん……二人で帰っていて……」
エレナは身を乗り出す。
「どこで?」
「東通りの……古い倉庫の近くです」
「街灯が少なくて、いつも暗い場所で……」
少女の肩が震える。
「後ろから……誰かが歩いてくる音がして……振り返ったら……いなくて……」
アベルが息を呑む。
「いなくて?」
「でも……次の瞬間、目の前にいたんです……!」
少女は両手で顔を覆った。
「白い顔で……目が赤くて……笑ってて……ミナお姉ちゃんの腕を掴んで……そのまま、影みたいに消えたんです……!」
ジルの表情がわずかに険しくなる。
「影みたいに?」
「はい……!人間じゃない……絶対に……!」
少女は泣きながら続ける。
「ミナお姉ちゃん……叫んでました……『助けて』って……でも、声がすぐに小さくなって……遠くへ引きずられていくみたいで……」
ベルツは静かに目を閉じた。
「……その後、あなたは?」
「怖くて……逃げました……でも、誰にも言えなくて……家に帰っても、ミナお姉ちゃんが戻らなくて……だから……だから……!」 少女はテーブルに額をつけて泣き崩れた。
「お願いです……!ミナお姉ちゃんを助けてください……!」
店内の客たちは誰も声を出せない。
ただ少女の泣き声だけが響いていた。
エレナは拳を握りしめる。
「ベルツ……ジル……これ、ヴァンパイアで間違いないのよね?」
ベルツは静かに頷く。
「特徴が一致します」
「影のように消える移動――《影歩き》」
「赤い瞳――《夜眼》」
「そして、人間を連れ去る目的は……」
ベルツは少女を見て言葉を選んだ。
「……血です」
少女が震え上がる。
ジルは椅子から立ち上がり、翼を出しかけてエレナに止められた。
「行くわよ。今すぐ探す」
エレナも立ち上がる。
「場所は東通りの倉庫街ね」
アベルも慌てて立ち上がる。
「僕も行く!」
ベルツは少女の肩へそっと手を置いた。
「安心してください。お姉さんは必ず見つけます」
少女は涙で濡れた目でベルツを見上げた。
「……ほんとうに?」
ベルツは静かに微笑む。
「安心してください。お姉さんは必ず見つけます」
「……私は、約束を違えません」
その言葉に、少女は小さく頷いた。
ベルツは少女の頭をそっと撫で、穏やかな声で尋ねた。
「あなた、お名前は?」
少女は少しだけ唇を震わせ、小さく答えた。
「……リーナです」
ジルが店の出口へ向かいながら言う。
「ヴァンパイアが人間を連れ去る理由は一つ」
「“血を吸うため”じゃない」
エレナが振り返る。
「じゃあ何?」
ジルは意味深に笑った。
「――“仲間を増やすため”よ」
店内の空気が凍りついた。
少女の震えがさらに強くなる。
ベルツは静かに告げる。
「急ぎましょう。もし変異が始まっているなら――時間がありません」
「リーナさん、道案内をお願いします」
四人と少女はダイナーを飛び出した。
カラン――。
ダイナーの扉が勢いよく閉まる。
夜の街へ。
ヴァンパイアが潜む闇へ。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
この物語が少しでも気に入っていただけましたら、ページ下部の星【☆☆☆☆☆】をタップして、あなたの評価を教えてください!
「全然面白くなかった」なら星1つ【★☆☆☆☆】、
「続きが気になる!」なら星5つ【★★★★★】。
どんな評価でも、反応をいただけることが一番の喜びです。
これからも彼らの物語を届けていきますので、**【ブックマーク】**での応援もぜひよろしくお願いいたします!




