ベテランの一振り
『ここまでは及第点......』
凛は蓮子の投球を受けながら心の中でそうつぶやく。
球威はある。コースもまあ申し分ない。すこし外れるときもあるが、それを痛打されることもない。
2回裏も一安打されつつも、無難にこなす蓮子。投手コーチの安堵の顔が浮かぶようであった。
一方、レイヴンズ打線は沈黙したままである。四球でランナーを出すも、残塁。3回裏に試合は進む。
『3番 ライト美濃川実里背番号7』
オルカスホーム応援席が沸く。高校在学中にドラフト2位で入団して、すでに10年間以上オルカスに在籍しているベテラン選手である。当初は主砲として活躍していたが、ここ数年は中距離打者としての成熟を増していた。ホームラン数は20本に届くか届かないかくらいだが、打率は常に2割台後半をキープ。ここ一番で勝負強いバッターとしてオルカスの代表選手として人気も高い。
オルカスは近年、ピッチャーバッターともにメジャーヴァルキュリアリーグへの選手流出が顕著であり、若手の育成が何よりの課題となっていた。そのタイムラグを埋めるかのように美濃川の存在はチームにとって不可欠であった。
第一打席は凡打。
迎えた第二打席。
蓮子は慎重にボールをおいていく。
『次。スライダーでストライクゾーンに外角低め』
凛がそうサインを出す。蓮子の直接脳内に響き渡る指示。『OK』と短く了承し、振りかぶる蓮子。
これで終了。ボール半分ほどひっかけた打球は外野フライになる――『運命視』をそう決定する。
青くうなりを上げるボール。変化球とはいえ、速度は速い。高速スライダー。蓮子の決め球である。
ゆっくりとミットを構える凛。必要はない。このミットにボールはおさまらない予定であった。二人の『運命視』の結果なら。
しかし
美濃川はそれを凌駕する。
二人の『運命視』を先読みする彼女。『バルドル量子演算プロトコル』のバッターのターン。新たな『運命視』が美濃川の操作により形成される。
バットを振りぬく美濃川。ボール半分バットの中心から外れていた『運命視』は美濃川の『運命転換』により、バットの中心にボールがとらえられる。
コンパクトなスウィング。美濃川の真骨頂、パワーに頼らないミート。ゆっくりと青いボールは上昇を続け――レフトの上をすり抜ける。
スタンド前列。ギリギリではあるがインする。
空中のバーチャルフィジカルマッピング画面に『ホームラン』の文字が記される。
ゆっくりとダイヤモンドを駆け抜ける美濃川。
『先制点はベテラン美濃川の第5号ホームラン!』
『変化球を狙っていましたね。さすがは美濃川。『運命視』の結果をひっくり返す。これがヴァルキュリアベースボールの醍醐味ですね』
「大丈夫。ちょっと抜けただけだから、大丈夫!」
蓮子は気丈にそう笑いながら繰り返す。
凛はすでに気づいていた。
このバッテリーではオルカス打線を抑えきれないことに。
安打。フォアボール。
その後も上位打線に痛打される蓮子。
『運命視』が完全に『ぶれて』きている。
タイムをかけ、マウンドに駆け寄る凛。
その時――瀬木監督がベンチを立ち上がった――




