ピッチャー天城トウ華登場
無言でマウンドをおりる蓮子。
その表情には悔しさがにじみ出ていた。
凛も一緒にベンチに戻ろうとする。しかし、それを瀬木監督が止める。
「九条。お前はそのままだ」
おかしい。あくまでも蓮子のバッテリーとして抜擢されたはず。蓮子が降板するのであれば、私も――
空中のバーチャルフィジカルマッピングに表示されるネクストピッチャー。顔などの画像はなく、名前と記録だけが文字で表示される。
『奥州マテリアル・レイヴンズのピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー鷹見蓮子に代わりまして、ピッチャー天城トウ華。背番号88』
天城......トウ華......?
首をかしげるオルカスベンチ。それはレイヴンスベンチも同様であった。
『あれ、そんな選手いたっけ?』
『背番号88って、コーチじゃないの?』
そんな声がベンチから聞こえる。
観客たちもまた同じ疑問を抱えていた。
『あ、検索しました。一週間前に育成選手から支配下登録されています。一軍には昨日登録。中学2年生の選手です』
実況がそう答える。
『私も聞いたことないですね。あまりに特殊な選手登録で起用です。何か意味があるのですかねぇ。』
解説の女性がそう漏らす。彼女は情報通で有名なヴァルキュリアリーグの元選手である。そんな彼女でも知らない――少女がマウンドに向かおうとしていた。
身長は160CM程度。ヴァルキュリアリーグの平均と比べてもかなり低い。帽子からまるで馬のしっぽのようにはみ出た髪は銀色に揺れる。ゆっくりと、ゆっくりとマウンドに歩み寄りながら。
(......)
凜も知らない選手。凜はベンチの方を振り返る。球場の天井を見つめる瀬木監督。何の指示も与えられることはなかった。
野球帽を深くかぶり、トウ華と名乗るピッチャーはマウンド上に仁王立ちになる。
軽く投球練習。
左投手。オーバースロー。ややスリースコーターに流れるフォーム。
中学生としてはしっかりとした球ではあるが、あまりすごみは感じられない。明らかに蓮子の方が格上に感じられた。
『さあ、ノーアウト12塁。プロ初登板でいきなりのピンチ。天城、どんな投球を見せてくれるのか?』
実況の声にあはは、と解説が乾いた笑いを漏らす。
息をのむ観客。侮るような視線を送るベンチ。様々な感慨がドームを支配した。
『初球は外角に外す。コースは――』
凜は『バルドル量子演算プロトコル』に接続してトウ華にサインを送ろうとする。
その次の瞬間――頭の中にはじける声。
『ど真ん中!いくよ!マイダーリン!」
少女の声。とっさに凜は真ん中にミットを構える。
その次の瞬間、青き矢がミットめがけて流星のごとく駆け巡る。
この時、この場にいたすべての人間は目撃した。
『ダイヤモンド・ヴァルキュリア』が初めて投じた一球を――




