監督の『運命視』
危なげないピッチングで1回裏を投げ終える蓮子。
レイヴンズファンの歓声を浴びながら、ベンチに戻る。凛も一緒に。
大丈夫そうだな、と凛は胸をなでおろす。
蓮子の一番の弱みは立ち上がりである。球威・コントロールともに申し分ないピッチャーなのだが、最初の立ち上がりが非常に悪いのが蓮子の特徴だった。
実際、何球か大きく外した投球もある。『運命視』により、ピッチャーは投げるコースを選択するのだが、微妙な投球フォームやメンタルのゆらぎにより予想と違ったところにボールが行くことが多い。そうした状況を打撃側が読んでいた場合、痛打される。ヴァルキュリア・ベースボールが単なるEスポーツと違う、駆け引きの醍醐味を際立たせる要因である。
何球かは、失投はあった。
しかし、打撃側がそれをうまく読めずまた打ち損じた結果である。一見運の要素に見えるがこれもまた『バルドル量子演算プロトコル』によって弾き出された『結果』である。ならば、結果はオーライだ。
二人を迎える監督。背番号は97、『SEGI』と名前が背中に記されていた。笑顔で頷く瀬木監督。それに蓮子がガッツポーツで答える。
レイヴンズの攻撃。その間も、肩を冷やさないように二人は軽いピッチング練習をベンチ前で行う。
それを見つめる瀬木監督。ふと思い出したように投手コーチを呼ぶ。
「なにか?」
怪訝そうに投手コーチは尋ねる。
「ブルペンの様子は?」
突然のことに戸惑う投手コーチ。
「いや......流石にまだ投げさせているピッチャーはいませんが......まだ鷹見は1回しか投げていないので。それとも何か問題でもありましたか?」
瀬木監督は首を振る。
「問題はない。ただ、遅かれ早かれ降板する。いや、させる」
不思議なことを瀬木監督は告げる。まるでこの試合の未来を見透かすかのように。
ならば、なぜ蓮子を先発に起用したのか。あまり投げさせずに継投させる――オープナーのつもりだったのか。いずれにしても瀬木監督から具体的な話を投手コーチは受けていなかった。
しかし、投手コーチはただその言葉を受け入れる。
前監督は人気選手であった。しかし監督しては凡庸で、昨シーズン最下位。今シーズンの惨憺たる結果でシーズン途中での解任になった。その後任がこの瀬木監督である。現役時代はあまり記録を残すことはできなかったが、コーチとしての実務は長く、評価は高い人物である。オーナーの肝いりで監督に就任したこともあり、現場のコーチたちは一目置いていた。見た目は小柄な中年の女性ではあるが、なにか圧倒されるような独特の雰囲気の持ち主でもあった。
「それと」
投手コーチはハッとして我に返る。
「『ダイヤモンドの原石』を二回からブルペンで投げさせてくれるかな」
「『ダイヤモンドの原石』って......もしかしてあいつですか?確かに中学生としてはすごい素質がありますが、いきなり一軍戦のマウンドなんて......」
「まあ、そのつもりだったんだけどね。このあたりで少し花火を打ち上げとかないとうちのチームも大変なことになっちゃいそうだし」
「大丈夫ですか?」
投手コーチの心配そうな確認に、瀬木監督はただ頷く。
3番打者がファールで粘るも、結局三者凡退。オルカスの2回表の攻撃が始まろうとしていた――




