公式戦への移動
「大変だったね、凛ちゃん」
寝不足な凛。その肩に蓮子がぽんと手を置く。
寝不足なのはしょうがない。練習の後にあの事件。さらには聞き取りということで警察署まで遠回りして、家に着いたのは夜10時を過ぎていた。
夕食を食べる気力もなくそのままベッドの上にダウンする凛。
気が付けば朝になっていた。
何もせず、最低限の身支度をして球場に直行する。ロッカールームには待ち構えていたように蓮子がいた。
「いやー、新聞に載っちゃってすげーもんだね」
蓮子が折った新聞を凛の目の前にぶら下げる。昨日の事件。地域欄に小さくではあるが凛の名前も載っていた。
『夕方の暴漢から子供を守ったレイヴンズの九条凛選手(18)』
はあ、とため息を凛はつく。自分は何もしていないのに――と思いつつも、謎のボールは結局警察の捜査で明らかになっていなかった。まあ、子供を守ったわけだからそれは手柄ではある。
「まあ、おなじ新聞にこんなのが載ってたらため息もでるっしょ」
記事を指さす蓮子。
『奥州マテリアルレイヴンズ、先発桑島崩壊』
『ここ数試合先発投手が全く機能していないレイヴンズ。今日は休養明けエースの桑島が先発も、5回につかまり5失点。そのあとの中継ぎもピリッとせずに11失点の大敗。先ほど監督が解任されたばかりでもあり、さらなる対策が求められる』
11対2の大敗。いかに昨年シーズンを制した福岡オービタル・ファルコンズ相手とは言え散々だ。
「でもね」
蓮子は一呼吸おいて続ける。
「おかげで試合に出れそうだよ。二軍にごそっと落ちた分、あーしたちがベンチに入れるって!凛もだよ!いいことしたから運が回ってきたかな?」
そういいながら蓮子はがしっと凛の両手を握りしめる。別に蓮子がいいことをしたわけでもないのだが。
「最後のチャンスかもしんない。ここで結果残しましょってね!」
凛は静かに頷く。間違いない。もう、残ったチャンスがわずかであることは――
次の試合先である大阪に新幹線で移動する二人。
仲良く並んで、お弁当をつまむ。蓮子は同期とはいえ大学生である。すでに成人しているためにアルコールは解禁。シートバックテーブルにチューハイの缶を仲良く並べて上機嫌である。無理もない。久しぶりの一軍帯同なのだから。
「いいねぇ......移動のみサイコー!凛ちゃんも飲んで!」
「だめ、私未成年なので」
「かたいなぁ」
「こんなことで問題起こして試合出れなくなったら困るでしょ」
「いや、それはまったく」
そういいながら新しい缶をプシュッと開ける。
こんな蓮子ではあるが、緊張していることを凛は理解していた。
本当に一軍のマウンドで結果が残せるのか。自分にとって完ぺきな投球をしても、それが果たして一流の相手に通用するのか。
ヴァルキュリア・ベースボールのプロリーグに所属していること自体、十分天才的な選手である。そんな天才たちの中で結果を出さなければならないのだから、あまりに厳しい世界といえる。
凛は窓から外の景色を眺める。
東海道線。海が見える。
凛は思い出す。
あの、日のことを。
一投目のボールは暴漢の鉄パイプを吹っ飛ばし、二投目のボールは暴漢の頬に直撃した。そして三投目。捕球した手への感覚は普段の『バルドル量子演算プロトコル』によるものとは何か異なっていた。
なにより、量子神経センサーを付けていなかったのに心に響いた『サイン』の声。
そして、決して目で見えたわけではないのに、脳裏に思い浮かぶ姿。
凛と同じユニフォームを着た、少女の姿を――




