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ダイヤモンド=ヴァルキリア~青白き球の女神たち  作者: 八島唯
第1章 ダイヤモンドの原石

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重い白球

 ざわめく人混み。いつの間にか大通りに出ていたらしい。雨とはいえ人通りも多い。その人々が遠巻きにして囲む一人の男性。

「さわぐな!ばかにするな!」

 なんとも言えない怒号。手には鉄パイプのようなものを持ち、よろよろと振り回していた。

 それをスマホで撮影する野次馬の姿も見えた。

 警察はまだ来ていないらしい。

 突然男は人混みの中に飛び込んでくる。

 悲鳴を上げる人々。逃げ遅れた子供が道路の上に倒れる。

(......!)

 無意識に凛は飛び込む。子供を助けるために。

 子供をかばうように地面に触れ付す凛。

 男は動きを止め、にやりと笑みを漏らす。大きく鉄パイプが振り上げられ、凛の背中にそれは――

 その時――光の矢が凛の上を走った。

 子供を抱き上げ、振り向く凛。そこには鉄パイプを取り落とした男の姿があった。なぜか右手を震わせながら。

 次の瞬間。男の顔面にボールが直撃する。ごき、と嫌な音がする。まるで顔面が歪んだように停止し、ゆっくりと男はその場に崩れ落ちた。

 ボールが跳ねる音。子供を抱きしめながらそのボールを手に取る凛。

 白い皮が貼られたボール。昔のベースボールのボールであるようだった。『硬式球』というのを凛は聞いたことがあった。

 かつてヴェルキュリア・ベースボールが主流になる前は、現実世界でこの玉を使い野球をしていたという昔話である。こんな硬くて重いものを扱うとは想像だにしないことであるが。

 あたりを見回す凛。多分、鉄パイプを撃ち落としたのもこのボールだろう。だとすれば、それを投げた『投手』がどこかにいるはずだ。

 その瞬間、頭の中にイメージが弾ける。

 それはヴェルキュリア・ベースボールでいつも受け取っている投手の『サイン』にも似ていた。『バルドル量子演算プロトコル』を通じてのみ聞くことのできるピッチャーのささやきである。

『内角低め。スライダー』

 その声に弾かれるように無意識に両手を凛は構える。

 次の瞬間、左手に重い感覚が突き抜ける。

 いつもの感覚。

 それは『ボール』がストライクを決めた、あの感触である。

 ボロッとボールが地面に落ちる。同じ白い硬式球。手がびりびりする。無理もない。キャッチャーミットを付けてないのだから。

 じっと凛はその手を見つめる。痛い、というよりなにか別のものを感じる。今まで感じたことない感覚。

 サイレンが鳴る。警察がようやく到着したらしい。

 制服姿の警官が何人も群がってくる。気を失った男を羽交い締めにして、無線で報告する警官。

『怪我をした人はいませんか』

 そうメガホンで他の警官が呼びかける。

 凛と泣いている子供に気づく警官。

『この人が子供を庇って――」

 一部始終を見ていたおばさんがそう説明する。

 ボールを手にしていた凛を見つめていた警官は、ふっと何かに気づく。

「もしかして、レイヴンズの九条選手?」

 静かに凛は頷く。

「よく私のことなんか知ってますね」

「いや~、本官レイヴンズの大ファンで――凛ちゃんいえ九条選手のことも入団当初から応援してますよ。なんか大変だったみたいですが――少し話を聞かせてくれませんかね」

 凛は子供の方を向く。まだ怯えている子供。そっとその頭を撫でると、少し子供は平常を取り戻したようだった。

 この事件は次の日の新聞に小さく載ることとなる――

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