反転する世界
ぐんぐんと弾道の速度は上がり、まっすくに三塁スタンドへ伸びていくスカディの打球。
今度こそホームランか?——と三塁側ファルコンズ応援団も歓声を上げる。
しかし——また微妙にポールの外側に逸れる打球。空中のAR表示板には大きくファールの文字が表示される。
スカディはそれを見ることもなく、また走り出すこともなくバッターボックスの中で静かにたたずんでいた。
まるで古代北欧神話の先頭の女神のように雄々しく、そして高貴に。
スカディは理解していた。トウ華が『運命視』の力により、本来ホームランになるべきボールをファールに変えたことを。
スカディはいまだ『運命視』を発動していない。彼女にとって、それは邪道であった。ヴァルキュリアボールは自分とボールとの対決である。そこに余計な要素が関与するのは、ゲームに対する冒とくとも感じられた。未来は自ら作る結果である。あくまでスカディは『運命視』なしでの勝負にこだわっていたのだ。
実際押されているのはトウ華である。二回連続で『運命視』外野フライを発動しながら、結果はホームランになりそうな大ファールが二つ。
間違いなく、三球目は——
凜だけではない。ファルコンズのベンチもそしてレイヴンズのベンチも同じことを感じていた。
しかし、トウ華はゆっくりとグローブを外す。
「......?」
まだ試合最中。交代が告げられたわけでもない。その行為の意味をはかりかねて、何とも言えない小さなざわつきがあたりを支配する。
「......!」
右手にグローブをはめるトウ華。そして、量子演算システムを経由してAI審判にトウ華からの申告が到達する。
『公認ヴァルキュリア野球規則 5.07(f)「両投げ投手(Ambidextrous Pitchers)に基づき、投球を右腕から左腕に変更する。なお特別付帯条件により、対戦中での投球は可能である』
そう、空中のAR表示板に流れるように説明が表示される。
『また!また!右から左への投球交代だ!こんなことがあっていいのか!』
『ルール上では——』
実況の言葉に解説が感情を押し殺しながら説明する。
『問題ありません。本来ならばその打者中は交換できないのですが、数年前に付与された規則『なお、その打者が最終打者となりうる可能性がある場合にのみ投球中での左右投球変更を認めることができる、となっているようなので。私も今情報端末に聞いて知ったのですが』
先ほどのセットアップからの投球とは異なり、ゆっくりと振りかぶるトウ華。
スカディは当然のようにこの事態を受け止めながら、バットに力をこめる。
凜は確信していた。
次の——このサウスポーから放たれる1球ですべてが決まることを。
未来はトウ華の投げる最後の一球——に託された——




