108回目の真実
向かい合うトウ華とスカディ。
間違いなく、この試合のクライマックスである。
凜はサインを送る。
(......一球外そう。外角低め、ボール球で)
トウ華は静かに首を振った。
『同じことして、もう何回もホームラン打たれたしね』
頭の中に響く、トウ華の声。
『今度こそ――この一球で打ち取るんだ』
『何回も……? まだ今日、そんな配球は――』
そこで回線はぷつりと途切れた。
トウ華は深く息を吸い込む。
全身の力を左腕へ集める。
青いボールを背負うように大きく振りかぶり、渾身の一球を解き放った。
凜はミットを構えたまま息をのむ。
(ストレート? シンカー? それとも――)
自分でサインを出しておきながら、何が来るのか分からない。
その一球には、それほどの覚悟が宿っていた。
スカディは軽く目を閉じ、そして静かに見開く。
『運命視』は発動しない。
必要ない。
「この球をスタンドへ放り込むこと――それが、変えることのできない未来なのだから!!」
一本足で大地を踏みしめる。
古代の戦乙女が大太刀を振るうような、豪快にして無駄のないスイング。
残された力を、すべてこの一振りへ。
トウ華の投げた白球は、本日最速。
時速百六十キロを超えるストレート。
だがスカディは確信していた。
たとえ『運命視』によって軌道を書き換えられようと。
ストレートがスライダーになろうと。
フォークになろうと。
シンカーになろうと。
——打てる。
それだけの鍛錬を、スカディは積んできた。
だから。
この勝負に未来を見る必要などない。
——違う。
トウ華は知っていた。
ストレートでもない。
シンカーでもない。
スライダーでもない。
スカディを打ち取れる球は。
たった一球しか存在しない。
1回目は、右中間へ。
7回目は、場外へ。
26回目は、バックスクリーンへ。
58回目は、ファールのあと、次の球を左中間へ。
99回目は、完璧な内角攻めを、逆方向へ。
そして――。
108回目。
ようやく辿り着いた答え。
スカディのバットが唸る。
誰もが、芯で捉えたと思った。
いや。
スカディ自身ですら、そう確信した。
その瞬間、世界が——ほんの一瞬だけ、揺らいだ。
白球が、現実から半歩だけ外れる。
ほんの数センチのずれ。
しかし、その数センチは、百三度の敗北がようやく手繰り寄せた奇跡だった。
バットは白球を捉えた——はずだった。
次の瞬間。
白球は、芯ではなく、そのやや下へ収束する。
——ゴツッ。
快音ではない。
木片を叩き割るような重い衝撃音だけが球場へ響く。
青い球は舞い上がることなく鋭いゴロとなって、一、二塁間へ突き抜ける。
「抜ける!!」
誰もが叫んだ。
しかし——
レイヴンズの二塁手は、まるでそこへ飛ぶことを知っていたかのように、半歩だけ左へ寄っていた。意識したわけでも、そう指示されていたわけでもない。ただ、そこにいたのだ。
吸い寄せられるようにグラブへ収まる白球。
間髪入れず、一塁へ送球。
『アウトォォォォッ!!』
その瞬間。
球場から音が消えた。
スカディは振り切った姿勢のまま、微動だにしない。
トウ華もまた、マウンドの上で静かに立ち尽くしていた。
長い、長い沈黙。
やがて――。
『スリーアウト!! ゲームセットォォォォォッ!!』
レイヴンズとファルコンズの試合が今、終わりを迎えたのだった。
トウ華の完封完投勝利をもって――
第2章 完




