9番バッターキャッチャー九条凛打率2割2分
『ノーアウトから、意表を突いたセーフティバント!ボールは氷室投手の足元を抜けてセンターへ!』
ショートとセカンドの間を突き抜けていく青い打球。センターが浅めに守備していたとはいえ、トウ華は悠々と一塁へ到達する。
その様子をじっと見つめる氷室。何かに気づいたのか、大きく地団駄を踏む。
『ここで先頭打者セーフティバントは意外でした』
『さすが策士の瀬木監督、精神的にゆさぶりをかけるといったところでしょうか。この程度で動揺する氷室投手ではないと思いますが』
解説の声は氷室には届かない。
ちまちまとリードを取る一塁のトウ華。馬鹿にされているようで気が散ってしょうがない。
瀬木監督はノーサインであった。トウ華の独断。それだけに氷室は納得がいかない。そして、自分の渾身のストレートがヒットになったことも。
(おかしい。あのボールをなんでバントして前に転がせるんだ?それに、あの声——なぜあいつは私に語り掛けてくるんだ——直接——)
とはいえ、そこはファルコンズのエースである。続けてバントを狙う8番バッターを三振に取る。
ワンアウト1塁。バッターは——
『9番キャッチャー九条凛』
アナウンスにレイヴンズ応援席が沸き立つ。
『ここまで打率2割そこそこ。キャッチャーとしての務めは果たしているものの、打撃が少し寂しいところです』
『最近のヴァルキュリアボールの特徴として、打てる捕手がいなくなったことが挙げられますね。専門的な守備である以上、キャッチャーも打撃もというのは二刀流並みに難しいことかもしれませんね。こう、スポーツとしてのレベルが上がってくると』
『米ヴァルキュアリーグで活躍する石田選手はすごいですね。投手打者の二刀流をこなしているというのは』
凛にはあまり触れない解説とアナウンサー。それもしょうがない。ここまで打者としてはほとんど実績のない凛であった。
瀬木監督はまたもやノーサイン。『九条に一任』の姿勢である。
(バントか、それとも——)
凜は迷う。五回裏、トウ華の投球数はすでに80球を数えていた。何とかここで塁を進め、得点に結び付けたい。
右打席から一塁ランナーのトウ華を凜は見つめる。
ピースサインを出してそれに応じるトウ華。
凜はため息をつく。
プレイ!の掛け声とともに、投球動作をとる氷室。
守備は当然のごとく前進守備。バントでもダブルプレーを狙うような布陣である。
しかし、やるしかない。
そう凜は心に決めてバントへ移行しようとしたその時——頭の中に青い世界が広がった——
そう、それは別の世界が彼女の頭の中に展開していったのである。
『天城トウ華』の作り出した世界が——




