ファントムボール
コツーンと乾いた音が響き渡る。そのあとにバックネットに跳ねるヴァルキュリアボール。青い光が四散し、グラウンドを染める。
『天城、初球はファール。しかしよく当てましたね。160kmオーバーの氷室のストレートです』
しびれた手をぶるぶるさせながらバットを握りなおすトウ華。
明らかにファール狙いのカット打法である。
ちっ、と氷室は舌打ちする。
代打にまで出て、四球狙いか。
キャッチャーのサインに首を振り、もう一度振りかぶって投げ込む。
またど真ん中のストレート。青い光る球がうなりをあげて突進する。
トウ華は全くひるまない。そっと、バットを斜めに出してかすらせる。
チップ気味にバットに跳ねたボールは勢いを失わずに、レイヴンズのベンチに飛び込む。
それをグローブで払う凛。
「ありがとう、九条」
ボールの直撃を間逃れた瀬木監督が顔色一つ変えずにそう、礼を述べる。
これが策なのか。
凜はボールを拾いながら、そうつぶやく。
カット打法でとにかく球数を稼ぐ。そのうえでボール球を選び、四球を選択する。
しかし――
そうであれば何も投手であるトウ華を代打に出す必要ははない。もともとの打者である佐々木は確かにそういう小細工は苦手な選手である。ならば、別な打者を出せばいいだけだ。ベテランの朽木あたりはそういうことは得意だし、ほかにも候補はあるはずだった。
「痛ってーね。氷室さん、もう少し手加減してよ~」
トウ華が徴発気味にそう、叫ぶ。
AI主審にセカンダブル・イエローの警告を受けるトウ華。『挑発行為に類する言動』の警告である。
表面的には冷静さを失わない氷室。
次のボールは外角低めに変化球。大きく外れたのもあり、トウ華はピクリとも反応しない。
(もういいだろう。ふざけやがって!)
グローブの中でヴァルキュリアボールを探る氷室。指に感じる感覚。架空のボールの『縫い目』に指をかけ、振りかぶる。
ほとばしる青い柱。まっすぐにそれはグローブミットめがけて直行する。
しかし――
トウ華はバットを振ろうとしない。
カット打法ではなかったのか。
これをカットできなければ、当然スリーストライク――ワンアウト。何もなすところなく、奇策は水泡に帰する。
ずどんと大きな音が響き渡る。
ホームベース前でまるで直角に落ちるヴァルキュリアボール。
キャッチャーは必死にその球をすくいあげようとする。
ファントムフォーク――氷室の決め球である。ほぼストレートと変わらない速度のヴァルキュリアボールが、ホームベース手前で垂直に落ちる。追い込まれた大体のバッターはバットを泳がせるはずであった。
しかし、トウ華は違っていた。
球筋を追うわけでもなく、ただバットを構えて静止していた。
AI判定が静かに告げる。
『ボール!ワンボールツーストライク』と。




