世界創造
美濃川に襲いかかる変化球。
それはスライダーでもあり、スイーパーでもあった。
先程の柳川はそれを打つことができなかった。
しかし、美濃川は違う。
この最後の打席、最後の一打にすべての『運命視』のパラメータを振り分ける。
たとえ、スライダーだろうがスィーパーだろうが美濃川の望むコースにヴァルキュリアボールは収束する。
それを力のかぎりジャストミート。
そのまま、外野スタンドを突き刺すという『運命視』のシナリオだった。
あきらかに、トウ華はおされていた。
シュレジンガー・カッツェのボールが一つに収束しようとしている。
まずい、と言葉を漏らす凛。しかし、もう成すすべはない。
このまま、逆転を食らってしまうのか。
その時、時がとまる。
すべてのものが動きをとめて、凛の眼の前に放り出されたのだ。
いや、動いている存在があった。
それはマウンド上のトウ華。彼女はグローブを手に、天を仰いでいた。背中には『バルドル量子演算プロトコル』による拡張効果だろうか、天使のような大きな羽が大きく翼をひろげていた。
「これでラスト。正直、いまのボクの『運命視』では美濃川サンには太刀打ちできない。ならば――この打たれる世界を一旦崩壊させる。別な世界の創造。大丈夫、ボクだけではできないけど凛と一緒ならできる。祈っておくれ、ボクのために。さあ――」
右手を差し出すトウ華。ゆっくりと凛は立ち上がり、その手を掴もうと歩き出す。
『ユグドラシル・プロトコル発動。新たな世界が創造されます』
『バルドル量子演算プロトコル』がそう告げる。
美濃川がホームランを打つ世界線。それが一度目の前で再生され、そしてまたそれは巻き戻る。
美濃川のフルスイング。『運命視』により、ボールをミートする世界――は改変された。
青いボールの下を大きくすり抜けるバット。
そしてそのボールは大きな音とともにミットに収まる。
時速は167km。本日最速のストレート。
『スリーストライク、バッターアウト。ゲームセット!』
響き渡る試合終了のコール。
湧き上がるレイヴンズの応援スタンド。
そしてベンチから飛び出してくるレイヴンズの選手たち。
ここ最近、このような勝利を経験していなかったチームのことである。嬉しさも尋常ではない。
しかし、瀬木監督はそっとウィンドブレーカーを羽織るとベンチをあとにする。
それを横目で見る凛。
しかしすぐチームメイトたちにもみくちゃにされる。
敵地とはいえ、ヒーローインタビューは凛とトウ華二人だけのものであった。
『放送席、放送席。本日のヒーローは途中から投げすごいボールで勝利を勝ち取った天城投手と、決勝のタイムリーを放った九条捕手です!』
わぁ!という拍手。本日の試合の様子がリプレイ動画で空中に投影される。
最後の一瞬。
そこには美濃川がホームランを打つシーンは当然、映っていなかった――
第1章 完




