左中間を貫く青い球
『ボクの声が聞こえる?』
間違いない。トウ華の声。ビクッと凛は反応する。タイムをかけバッターボックスを外す。
『気にしなくても大丈夫。このコミュニケーションは誰も聞こえない。たとえ、『バルドル量子演算プロトコル』のアドミニストレータでも。二人だけの世界だよ』
思わず人工芝を強く踏みしめる凛。いちいち気に障る事を言うガキである。
『だったら――なんだ。かわりに『運命視』をしてくれるとでも言うのか』
『うーん、それもいいんだけどね。でも、ボクが助力するまでもない。なぜなら凛は打てるからさ。このチャンスに』
『.......』
凛は言葉に詰まる。
『まあ、凛の普段の成績から予想すればここは凡打。いっその事スクイズなんか考えてもおかしくない。いいとこ犠牲フライかな。でも、違うんだなそれは』
一呼吸おいてトウ華は続ける。
『外しているのは結果であって、選択は外していない。あの時、ボクのボールを受け止めたことも。 なにより、先程のピンチでもボクのボールを受け止めることのできたその選択。そして、ボクの最愛のキャッチャーであることを受け入れたことも』
後半、チャンネルを切る凛。
なぜこんなに好意に満ちているのか理解に苦しむが、一方で気になることも行っていた。
『外しているのは結果であって、選択は外していない』
凛はいつも悩んでいた。相手ピッチャーの『運命視』に抗い、結果自分の一番狙っていた球を打ち損じていることに。
自分がいまいち信じられない。
プロ初めての打席。その時自分の『運命視』の力の限界を悟った。
それ以降、凛は常に後手のバッティングを余儀なくされていたのである。
――選ぶ。
凛は、目を閉じる。
外角。
内角。
落ちる球。
逃げる球。
無数の軌道が、頭に浮かぶ。
ピッチャーはセットアッパー永山。決めはフォークのはず。だとすれば決め球は――
目を開く凛。
内角低めのストレート。他は、消す。
投球動作に入る永山。
——来る。
ボールは、二つに揺れた。
内角低めの早い軌道と、下に落ちるフォークの軌道。
凛はタイミングだけを合わせる。
内角低めを思いいっきり引っ張る凛。
その瞬間、軌道が、一つまとまる。
乾いた音。
ボールは、一瞬だけ止まり、そのまま左中間へ抜けていく。
前進守備の横をすり抜け、フェンス沿いに転がる打球。それほど会心の一撃というわけではない。
しかし、結果はついてきた。外野が追いつく間に2塁ランナーそして1塁ランナーがバックホーム。
必死で走る凛。
凛は、走りながら振り返る。
信じられない、という顔で。
結局、二塁に戻ったボールでタッチアウトになる凛。
とはいえ、アウト前に入った点数はフォースアウトではないので消えない。
AI審判がチャンジをコールするも、ドームには大きな歓声と応援コールがこだまする。
2-1。ついにレイヴンズが逆転した瞬間であった――




