シュレディンガー・カッツェ
凛にトウ華が抱きつく。
「やったね!ピンチ抑えたよ!」
先程の力強い投球とは異なり、小さな体。とてもあれほどの豪速球を投げることが可能とは思えない女子中学生の体躯である。
いかに『バルドル量子演算プロトコル』の補助があるとはいえ、フィジカルな面も重視されるはずである。
そして何より不思議なことは。
「ねえねえ、投球練習しようよ。凛にもっと僕のボール受けてもらいたいんだ」
青い目を輝かせてトウ華がそうせかす。
そもそも、初対面なんだけど。と心のなかで凛は叫ぶ。
秘密兵器ということで、突然登場したことはまあ理解出来なくもない。
ましてや策士として有名な瀬木監督のすることだ。敵を騙すためにはまず味方からということだろう。
それにしても、馴れ馴れしすぎやしないか。この中学生。
べたべた触ってくるトウ華。凛の右手を引っ張ってベンチ前に誘う。
「あの」
ん?とトウ華は凛に答える。
「どこかで会ってましたっけ?なんか......こう......距離が近すぎると言うか......」
(ばかだなぁ、お互い深い関係じゃん。初めて出会ったときから)
心のなかに響くトウ華の声。『バルドル量子演算プロトコル』によって、直接脳内に響き渡る。
「試合以外で脳内に干渉しないで!!」
思わず大声を上げてしまう凛。それをじっと座りながら見上げるトウ華。
「かわいいねぇ、凛は」
ぐっと赤面する凛。なんだこのませた中学生は!と高校生の凛は憤慨する。
トウ華は構わずにピッチングフォームを構える。
凛も条件反射的に距離を取って構える。
二人の間でキャッチボールが始まる。青いボール。それは実態のない『バルドル量子演算プロトコル』によって導き出された、架空のボールである。
(僕はね)
また脳内に響くトウ華の声。
げんなりしながらもボールを受ける凛。
1球、そして2球。
(ずっと求めていたんだ。僕の球を受け止めてくれる人を。しかし、みんな僕を『拒んだ』。いや、それはわざとではなく、無意識に。それは彼女たちのせいじゃない。 受け止める『能力』がなかったということなんだ)
何やら難しいトウ華の言葉。言葉の意味をたぐりながら、凛はボールを返球する。
(覚えているかい?あの日のことを。僕が3球目に投げたボールを君は受け止めた。その時僕は感じたんだ。君こそが――)
そう言いながら振りかぶるトウ華。投球練習ではない。本気のモーションだ。
豪速球が放たれる。プロテクターは付けていない。焦る凛。しかし、避けようという気分にはならなかった。
青い豪速球が凛のミットめがけて襲いかかる。
その瞬間、彼女に『バルドル量子演算プロトコル』がリンクする。
『シュレディンガー・カッツェ状態を検出。個人能力にて対応求む』
2つに分かれる青い球。一瞬迷ったが、凛はミットをその真中に構える。
そして
青いたまはそのミットの中心に唸るように吸い込まれた。
ベンチにいた選手が驚くほどの轟音を響かせて――




