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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第9話 逃げ遅れ

 無事にエアロックに入った8人の遭難者は、勝手に船内扉をひらくと、そのままずかずかと操舵室にやってきた。

 まだ許可はだしていないのだが……


 ぼくは席から立ちあがり、新たな乗船者たちと相対する。年齢はバラバラ、男女比率はおおむね同じだ。

 そしてまあ……あからさまに態度が悪い者、そこまでではないがマナーのかけらもみられない者――まともな者がひとりも見えない。ここを自分の家とでも思っているかのようだ。これがいま死地から救い出された人間の姿とは思えないな。


 しかしなぜだろう、一部の遭難者の態度は、ぼくに対して異様に高圧的にみえる。礼儀をわきまえない船乗りは多いが、今ここで、こうも高圧的に振る舞うのはどうしてだ。おとなしく乗っていれば、次の寄港地までつれていってもらえるのに。


 ――で、どうしてあそこの男は拳銃を手に持っているのか。


 船内への銃器の持ち込みは許可していないし、そもそもどうして既に銃を抜いているか。

 ……これは「態度が悪い」のひと言では片付けられない。何なんだ、この集団は。こいつらが乗っていた「TSL2198」は、いったい何のために航行していたんだ?


 いちばん前の太いやつが、ぼくをにらんだ。目つきはなんとか、一丁前に悪くしてみせたらしい。


「なんだ若造か、手際がわるいぞ。助ける相手をさんざん待たせやがって。たいした経験もねえくせに出しゃばるな」


 なかなかのごあいさつだ、この老いぼれめ。その汚らしいハゲあたまが「経験」ってやつか。

 いちばん年上らしいこいつは、年寄りというわけではないが、だいぶ老け込んだ男だ。声は無線で聞いた「救命1号」と同じ――こいつが船長らしい。


 あれ、こいつ腰に拳銃用のホルスターを――ああ、銃のグリップがみえている。銃器所持者がふたり……ちょっとした海賊並みだな。許可なしに2丁も銃を持ち込んで、船の乗っ取りでもするつもりか。


 銃を持って強くなった気分でいるようだが、ぼくはだませない。この船長が持っている銃は、特徴的なグリップ形状から「PS-3型エネルギー式9ミリ拳銃」とわかる。エネルギー・ビーム式の銃は威力は高く、しかも反動がない。

 ただエネルギーの消費が大きく、とくにこのPS-3型はひどい。撃てるのはたった2発。しかもビームのくせに、なぜか発射時に銃身がぶれる。とんでもない欠陥銃だ。

 だから、かなり安く買える。いかつい見た目と手頃な値段に浮かれた素人が、よく持っている。


 もうひとり、若い男が持っているのは……みえた、船長とおなじ型の銃だ。

 なら大丈夫。あんなのは「撃てる装飾品」みたいなもんだ。


 それで――いまの場合、慣例によれば救助されて乗り込んだ側が先に敬礼するものだ。だからぼくはさっきから立って待っているのだが、いつまでたってもこの遭難者たちは敬礼しない。

 ……まあ銃を勝手に持ち込んで、しかもなぜか手に持ってちらつかせている相手だ。この時点でもう、礼儀などないとみるべきか。

 あるいはなにか企みでもあるのかもしれないが、ぼくは発砲されてからでも対処できるから大丈夫だ。むしろ撃ってくれたほうが罪に問えるから、ぼくには都合がいい。

 何にせよ、いまぼくは事を荒立てるような言動はしないでおくべきだろう。


 しかたない――ぼくは姿勢を正して、ぴしり、と音がきこえそうなくらいの挙手の礼をした。


「GSL209船長、7ST-7037です」


 非の打ちどころのない、完璧な敬礼である。もしまちがいがあるのであれば、明確な出典をそえて教えてほしいくらいだ。


「船長? いくら小船だからってこんな若造が――ああこいつ1人乗務か。そうだよな。自分じゃだれも従えられないからって『お山の大将』決め込んでんだ。こういうやつは見てて反吐がでるよ」


 ならいくらでも反吐をだしてくれ、船外で。床をよごすな。

 この老いぼれがぼくの挙手の礼に答礼しないので、もういいと思って手をおろした。


「あ? おれはやめていいと言ってないぞ。いいって言うまで敬礼しろよ。若いやつはだれが目上なのか分からんか、おい」


 こいつ黙っていれば言いたい放題――!


 ――じゃない。こんなやりとりをしている場合じゃなあい。冷静に。

 ぼくはあとひとりの乗員「救命7号」の安否を確かめなければならない。


「船長、『救命7号』の死亡時の状況を報告してください」


――ダン!


 TSL2198の船長は操舵室の床を蹴り、ぼくに向かって歩いてきた。だらしなく出た腹が、ぼくに当たりそうな距離まで。くさい息が、胸にかかる。


「あ? 『報告しろ』だと? おまえ立場はわかっとるのか」


 そりゃあわかっとる。ぼくはこの船の船長だ。そしていまのあんたはただの乗船者。すべての乗船者は船長の、つまりぼくの指示に従う義務がある。あんたはぼくに従う立場だ。

 こいつは言いたい放題わがままいっぱいの、でかいお子様だ。だいぶ気が大きいようだが、老け込んだそのツラ、たるみきった身体――たいしたやつじゃない。ちょっとおどかせば、静かになる。


 ……もし、予想外に強いやつだったらその時は。


 その時は……血を見てもらう。


 ぼくは姿勢を正したまま、すこし背の高いこいつを見上げつつ言った。


「本件事故報告書作成のため、調査を行います。報告書はこのあと航海中にまとめて、次の寄港地にて担当機関に提出します。人身死亡事故となっていますので、調べないわけにはいきません」


 こいつの強硬な態度は、たぶん事故報告書を出させないためだろう。人命が軽視されるこの世界にあっても、宇宙船事故に対しては、大なり小なり罰則がある。特に今回は……本人が言う通りなら、死亡事故。だから嫌がってるんだ。

 でも、相手がぼくみたいな「若造」なら、ハラスメントで委縮させて「なかったこと」にさせられる――そんなところだろう。


 ぼくの言葉に、船長は急にしぼんだようにみえた。


「報告書って……なんで書くんだよ」


 書くに決まっているだろう、ここまで来たからには。


 ……船長はそれ以上発言をしない。

 それならぼくが、はっきりと言ってやる。


「本件事故の重大事項である『救命7号』の死亡について、調べなければなりません。ただ――」


 ただ、おまえの言動からすると死んだとは思えない。だから――


「あくまで私は、彼はまだ生存しているものと判断しています」


 「救命7号」が「彼」なのか「彼女」なのかわからないが、とりあえず仮称で「彼」とする。違っていたらあとで謝ろう。


「私が彼の安否をたずねたとき、あなたは口ごもり、『めんどくせえ』と発言してから、死亡を申告しました。なぜすぐ断言しなかったのですか。実際に死亡を確認していないか、あるいは――まだ生きていると知っていたか。そうでしょう?」


 ぼくは名探偵ではないから、推理などできない。したら9割5分くらいは外れる。だから、いまの推理も大ハズレかもしれない。

 でも別にかまわない。あとで訴えられても、ちょっとした名誉棄損ていどだ。その時は甘んじて罰をうけよう。


 答えない船長に向かって、ぼくは言葉を続ける。


「ここには、法令に則って設置された操舵()イス()()ーダーがあります。室内の音声と、ここで行われる通信はすべて録音されています。あなたの『めんどくせえ』等の発言もすでに記録済みで、消去できません」


 これは全ての船に設置されているから、船乗りなら知らない者はいないだろうが……。

 操舵()イス()()ーダーは、操舵室内の音声を記録しており、事故が起こった際に取り降ろされて、その内容が事故調査に役立てられる。

 今回の件では、事故報告書を出せば、救助という形で関与した本船のBVRも調べられるだろう。小声でつぶやいた内容も、事故調査官が徹底的に調べあげるから、かならずばれる。まだ生きている乗員を「死んだ」と報告したのを調査官に知られれば、さすがに重めの処分がくだる。


 だから……


「いま『救命7号』の居場所を教えていただければ、報告書についても『考慮』いたしますが……いかがですか」


 ぼくはそう言ってやった。


 彼の居場所を教えてくれたら事故報告書を作成せず、あんたをかばってやる――そういう意味だ。

 ぼくのこの発言もBVRに記録されたから、事故調査官にばれたらぼくもまずいことになる。これで、ぼくも事故報告書を出せなくなるわけだ。報告書が出されなければ、人身事故はなかったことになる。


 船長はしばらく歯噛みしながらぼくの話を聞いていたが、報告書について「考慮」する、という台詞はだいぶ魅力的だったようで、すこし表情がゆるんだ。ゆるんだのがぼくにばれているのが、他人ごとながらなさけない。


「……あいつが、勝手に残ったんだ! あの女、勝手にああだこうだ指図して、おれの命令きかずに――いっつまでも出てこねえから、おれの判断でそのまま降りた。あいつのために、ほかの乗組員を危険にさらすわけにいかなかったんだよ」


 「あの女」か……「彼」じゃなく「彼女」だったらしい。後で謝ろう。


「ああクソ、見た目がいいから乗せてやったのに気が利かねえ。あんなの、さっさとヤっちまって降ろせばよかった」


 なかなかの発言をいただいたが、とりあえずしゃべってくれた。ただそのよけいな発言も、BVRに入ったぞ――


「まだ船内ですか。どこにいたんです、最後に確認した場所は」

「操舵室だよ、操舵室。これ以上知らない、くどくど聞くな!」


 よし、しゃべったな。手間を取らせやがって――


――ピピピピピピピ!


「――!」


 操舵席から鳴った突然の甲高い電子音に、ぼくは飛び上がりかけた。


 これはあらかじめ仕掛けておいた、50分のタイマー……救助失敗の時間としてセットしてあったものだ。


 急いで操舵席へ座り、タイマーを止めた。


「……」


 あの船長と長々と問答をしていて、このことが頭から抜け落ちていた。


 時間切れだ――


・・・・・・


 ぼくは操舵席の背もたれに、すこし身体をあずけた。


 これだけ頑張って最後は口を割らせたのに、それらは全て無意味になってしまった。

 初めから血をみてもらうくらいにやっていれば、もう少し違ったかもしれない。


 後味が悪い結果になったが――だめなものは、だめ。


 「救命7号」には悪いが……


  『……、――――――』


 ――?


 なんだ?

 いまだれか、何か言ったか――


  『だれか、わ……を助けて…しい――』


 知らない声だ。


 これは……

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