第8話 足りない生存者
時間がない――!
衝突はしたが、いやな手ごたえは感じなかった。おそらく大丈夫、被害調査はあとだ。
土煙がおさまると、外部モニターの向こう、遭難船の左舷側から数人の人影が出てきた。
その場所は、今まさに昇ろうとしている恒星と逆側、遭難船の影のなかだ。そこならしばらく熱にさらされない。これは考えうる限り最良の行動だ。
船首が衝突したのも、かえって好都合だったかもしれない。遭難船と本船がつくる影が繋がって、切れ目のない安全地帯ができている。
遭難者たちは、ほぼ真空のこの場所でなにも付けずに立っているように見える。だが背中に背負ったリュック状のものが、宇宙服代わりの「背負い式救命具」。魔法の技術も使われているあれを背負っていれば、バッテリーが尽きるまでのあいだは真空でも生きられる。
でもあれは非常用だ、そう長くはもたない。急ぎ収容しなければ。
左舷側のエアロック3つ、ただちに解放操作にはいる。地表からエアロックまでは高さがある、ハシゴも降ろさなくてはならない。
背負い式救命具には通信機能もついている。この距離なら話せるはずだ。
「救助待ちの総員へ、こちらはGSL209船長。指揮官はだれか」
指揮官――通常なら、むこうの船長のばず。
『おい早くしろ、おれを殺す気か!』
ヘッドホンを割らんばかりの大音声が入ってきた。
モニターをみると、いま応答したのは「救命1号」。これは救命具に振ってある識別名だ。
……しかしこれは、ちょっと想像していなかった台詞だ。
的確な緊急着陸と、上空で光を放った本船への咄嗟の発光合図――これまでの遭難船のみごとな対応とは似つかわしくない。別人だろうか。
「救命1号、あなたは船長か」
『そうだ船長だ、いますぐエアロックを開けろ』
この人が船長か。宇宙船の最高指揮官だ。
しかし開けろといわれても、たったいま急に着陸したばかりだ。さっきまで捜索に全力をあげていたから、いまは船が地面に着いただけで収容の準備はまだこれから。エアロックはさっき減圧をはじめたばかりで、すぐには開けられない。船外と同じ、ほぼ真空になるのを待たなくては。
「救命1号、いまエアロックを減圧している。使用するエアロックは舷側の3つ。標識灯を点ける。ハシゴがおりたら、すぐのぼれ」
『急げ!』
「救命1号」の乱暴な言葉が、ここまで頑張ってきたぼくのこころを冷ましていく。焼け死ぬぎりぎりの状況とはいえ、あなたはくさっても船長だろう。もうすこし落ち着いてくれないか。
こんな人を乗せるのか……やっぱり来るべきじゃなかったかな。
しかしこうして近くで見ると、遭難船の損傷はひどい。なにかでえぐられたかのような傷が船尾から船首まではしっている。それも両舷ともだ。漂流物に衝突したと言っていたが、いったい何とどんなぶつかりかたをしたらそうなるんだ。
まるでエネルギー・ビームの砲撃をかすったみたいな壊れかただ。どんな状況だったのか、あとで聞いてみようかな。
あれ……? 遭難船の左舷側に損傷した救命艇が降ろしてある。救命艇は使えないと言っていたが――
外部カメラを救命艇に向け、点けっぱなしの本船の灯火に照らされた艇体を拡大表示する。灯火のひとつもない救命艇はやはり壊れているのだろう。そこから人の足跡がいくつも出ている……
そうか、うまいことを考えたな。
船体の損傷はひどい。両舷のえぐられたような壊れかたから考えると、舷側のエアロックはみな壊れているだろう。その他のエアロックというと上甲板に出るものしかないが、この星の引力では上甲板から飛び降りたら墜死する。
で、代わりに救命艇を使って降りてきたんだ。艇は動けなくても、船体から降ろす機構は作動した、それで救命艇をエレベーター代わりに――よく思いついたな。
だれがその判断をしたのだろう。あの大声でわめく船長が――とは思えない。思いたくない。優秀な補佐役でもいたか。
計器類のウィンドウをどけて、舷側カメラの映像を開く。それらしい者がいないか――映像には、本船のシステムが捕捉した救命具の数とその位置、装着者の簡単なバイタルサインが表示される。
表示された救命具の数を見て、ぼくはふと不審な点に気付いた。
……ひとつたりない。
モニター上では、「救命1号」から「救命9号」まで表示されているが、救命具の総数は「8」となっている。
「救命7号」がいない……
ただちに問い合わせる。
「救命1号、事前に聞いていた要救助者の数と、いま居る人数が合わない。あとひとりはどうしたか」
『ああ? チッ、め――く…えな、……死んだ、死んだ!』
いま小声で「めんどくせえな」と言ったな、きこえたぞ。
しかし、そうか、ひとり死んだか。原因はなんだろう。
・・・・・・
エアロックの準備が完了し、繰り出した軟ハシゴが地面についた。こいつは縄ハシゴのようなものだが、さすがに縄ではなく、強力な化学繊維だ。発光器もついていて、暗闇でもつかえる。
「こちらGSL209。エアロック準備完了。総員のぼれ」
言い終えるよりさきに、みなハシゴに飛びついた。
あっ、バカ――そこで奪い合いをするな。ひとりずつのぼれ。そこは船体の陰だ、恒星の光はささない。乗り込む時間は十分あるんだ。
ヘッドホンから、各々の怒声がきこえる。無線で喧嘩をしている。それは緊急チャンネルだ、やめてくれ。
……ひとり押し倒された。
ハシゴの下で押し合いがおこり、結局、相手を押しのけた者からのぼってきた。
……見殺しにすればよかったかな、やっぱり。
こういうのを見るのは胸糞悪い。こんなやつらと、次の寄港地までおなじ船内で過ごすなんて……いったいぼくがなにをしたというんだ。
いっそ死んでくれればよかった、めんどくさい。ああ、めんどくさい。
『チッ、めんどくせえな……』
……あちらの船長もそう言ってたな。
ぼくが「救命7号」の安否をたずねたとき、たしか小声で「めんどくせえ」といった。
「救命7号」が死亡したのであれば、なにも「めんどくさい」ことはない、「死亡した」とストレートに申告すればよい。これは海難事故だ、程度によっては死者が出ることだって普通にあるのだから。
「……」
なんだろう、この違和感。
思えば、この「TSL2198」の乗員は優秀だった。
漂流物との衝突は痛恨のミスだったが、その後はこれだけ傷ついた船を、的確な状況判断とみごとな操船でこの星へ導き、考えうる限り最良の位置に緊急着陸させた。
無線が使えない窮状のなかで、高度20,000ftに滞空する本船に合図を送り、気づかせた。
救命艇をエレベーター代わりに使って乗員を降ろすなど、ぼくなら思いつかないだろう。
そのすばらしい能力と行動力――
それがかえって不自然だ。
あの船長に、それが可能か……
ぼくが「救命7号」の安否をたずねたとき、船長はすこし口ごもり、「めんどくせえ」と漏らしたあと、死亡の報告をした。
なぜ口ごもった――?
なにか他人に言えない、まずい死に方をさせたのか。あるいは――
「死んだ」ということを確認できていないのか。
「……」
いや、今のぼくの考えだって確証はないが――




