第7話 ハードランディング
――ビーッ
注意音声が鳴った。計器の数値がセットした値に近づいた、という合図だ。
セットしてあるのは、遭難船「TSL2198」の推定着陸地点。目的地が、眼前に迫っている。時間がないんだ、ちゃんとこの辺りに降りていてくれよ。
日の出まで、あと58分。
タイマーを設定――35分と、50分に。
35分のタイマーは、残り時間が少ないという警告のため。50分は、救助に失敗し撤収する合図だ。8分切り捨てたが、いいだろう。その時点で遭難船を見つけていなければ、着陸して救助する時間なんてない。
後進にかかっていた主機関の出力が上がり、最終減速に入る。まもなく推定着陸地点――
目標地点が地平線からこちら側に入った。これで、通信がつながるはずだ……!
「TSL2198、こちらは特高速貨物船GSL209。貴船の救難要請を受理した。ただ今、貴船の推定着陸地点に向けて第3惑星に降下中。まもなく到着する。この通信が聞こえたなら、応答せよ。こちらはGSL209」
聞こえているか――こちらの送信機出力は最大だ。
メインマストに「救助中」を示す国際信号旗を掲げ、識別信号も救助活動中の番号に切り替えた。
減速完了。引力に逆らって空中に浮かぶ「リフティング」航法に移行する。下側サイドスラスターの推力が全開まで上がり、主機関の出力方向が下向き一杯に変わった。
リフティング移行完了、船体バランス安定、高度10,000ft。すぐ遭難船TSL2198の捜索に入る。
まずいな……地形にかなり起伏がある。山脈がいくつもはしっている。尾根の標高もだいぶ高い。
もしこの山脈の中にいるなら、奇跡がない限り見つけられないぞ。さっきの無線への応答もない。地形が邪魔しているのか――まさか、着陸地点が推定位置からずれているのか。
もう一度無線で呼びかけてみる。
「TSL2198、こちらはGSL209。ただ今、貴船の推定着陸地点の上空を航行中。この通信が聞こえたなら、応答せよ」
送信してから、ヘッドホンに耳を澄ます。
――ザザ、ザ……
この雑音しか、入らなかった。
交信できないとなると、本船の探知機器を頼りに捜すしかない。でもこんな起伏の大きい地形で、たった1隻の宇宙船を捜し当てるって……? 山脈の間にいるなら画面に映るのはほとんど一瞬だぞ。
「……」
高度を下げよう。
海図の最低降下高度より下がることになるが、地上の様子は分かりやすくなる。危険ではあるが――
自動操縦解除、降下開始。仮想モニター上で探知機類の画面を正面に並べ、左右に高度計や速度計のウィンドウをどけて操船する。地表面をなめるようにスキャンしているが、宇宙船らしいものは見当たらない。
高度7,000ft――
時々、対地接近警報が鳴る。地形にぶつかりそうな時に鳴る警報だが、今は近くの山脈の高い部分に反応しているらしい。
――くそ、いない。どこに入り込んでいるんだ。
無線で何度も呼んでいるが、雑音しか聞こえない。推定位置の通りならもう距離が近く、電波は通じるはずだ。にも関わらず応答がないのは、やはり着陸位置がずれているということか――あるいは、向こうの無線機器が故障しているのか。
・・・・・・
高度5,000ft――
山に接触しそうだ。対地接近警報が止まらない。1.05Gの引力のなかで、リフティングしながら激しく舵を切り、ぶつかりそうな高所をかわす。
山脈の間に遭難船が隠れていないか……くそ、探知画面の表示が目で追い切れない。減速したいが、速度を落とすと舵効きが悪くなる……
……慎重に減速をかける。機関出力が下がり、失速警報が作動しはじめた。
画面表示をよく見て、わずかな変化も見逃さないように。
『警告、上昇せよ! 上昇せよ!』
対地接近警報の音声警告。さっきから何度も聞いている。
しばらく地表に向けたレーダーの画像を見ていたが、すこし気になって、航法画面を表示した。
【CLIMB IMMEDIATELY】
『警告、上昇せよ!』
しまった!
まっすぐ前方に山――避けられない! 舵効きが鈍すぎる!
左手に握った操縦桿を、思いっきり引いた。右手の推力レバーをぐっと押し出す。ここは力任せに飛び越すしかない――!
舵を切ると、船尾は逆方向に動く。上げ舵をとった本船は、船尾が沈み込むように下がっていく。
船底が山頂をかすめる。そして下がった船尾は――
「……」
警報が、止まった。
船尾側のセンサーに、衝撃や振動は検知されていない。
おそらく無事だ……心臓が止まるかと思った。
――ピピピピピピピ!
「――!」
今度こそ、心臓が止まるかと思った。
……タイマーだ。35分の。
山への衝突は回避したが、ただそれだけだった。同じ星の上、すぐ近くにいるはずの遭難船を見つけられないまま、35分が過ぎてしまった。
ああ、日が出てしまう。もうすぐ朝日が、遭難者たちを焼き殺しにやってくる。
主星の強烈な光は、夜空に散りばめられた星々を飲み込んでしまう。それに抗えられる者はいない。
夜空の、星……
誰も知らないだろう、本船の名前――
「GSL209」と呼ばれているこの船の本当の名前は、他にある。
その名は「ポーラー・スター」。この船は宇宙船「ポーラー・スター」号だ。
それはぼくの故郷の星から見えた、特別な星の名。夜空にあって、必ず北に見えていたから、航海の目印として数多くの船乗りを導いた。
ぼくとこの船もそんな存在でありたい――そう思ってつけた。
星の光など昼になればかき消されてしまう。本船「ポーラー・スター」号もまた、そうなってしまう。遭難者たちは無人惑星の暗黒のなかで、本船を見上げることは叶わなかった。天高く輝くはずだった、そうでなければならなかったこの船は――
……まて。
天高く、輝く星……を、見上げる――
その手が――!
ぼくは計器盤に並ぶスイッチに手をのばし、乱暴にそれらを切り替えた。
すべての灯火が点灯する。両舷の航海灯が赤・緑に点じ、白と赤のストロボライトが閃光を放つ。探照灯が虚空を照射し、外舷作業灯がずらりと並ぶ。
急速上昇、目標高度20,000ft――
星になればいいんだ――!
そうだ、こんな山脈だらけの地形で、こちらから遭難船を捜そうというのが間違いだった。
本船の灯火は全てつけた。通常の航海中には使わない探照灯や外舷作業灯までつけた。いまこの船は、まだ明けていない空にまばゆく輝いているはずだ。
ぼくは捜さなくてよかった。北極星さながらに夜空の目印となればよかったのだ。こちらから地表の遭難船が見えなくとも、あちらからはこの船が見える。
夜明け前の空を「ポーラー・スター」が上昇する。人工の光のかたまりが、空高く昇っていく。
――高度15,000ft。
あちらに本船の光が見えたなら、その後はどうすればいい――?
無線による再三の呼びかけには応答がない。あちらの無線機器は故障しているのかもしれない。
無線以外で、なにかアクションを起こしてくれないと位置が分からない。使えないのは無線機だけか? もしシステム全体が落ちていたら、船の装備は全て使えない。
――高度18,000ft。
くそ……さすがにこちらにこれ以上の策はない。あちらがうまい策を思いつくことを祈るしかない。
最低降下高度を上回ったから、自動操縦が使える。さっきから操縦桿を握る手が煩わしい。
高度と針路、速度を設定し「執行」ボタンを押す。操縦桿と推力レバーから手を放し、操舵席から身を乗り出して外部モニターを見る。どうだ、なにかみえるか……
――高度20,000ft。
上昇完了。日の出まであと21分。
……だめだ、なにもみえない。
外部モニターの視野を変えるため、自動操縦の設定針路を変更して船を回頭させる。船は低速で前進しつつ船首をゆっくり右に回していく。
探照灯を下向きに照射してみたが、高度がありすぎてなにも照らせなかった。
――日の出まであと19分。
モニターの視野が右に回る。眼下に広がるのは、生者などいない――そう言わんばかりの真っ暗な地表。
……?
いま、白い光が……
外部モニターの右端、下の方に何か光った。
そちらを注視する――また光った。
白色光がゆっくりと明滅している。航法画面の時計で確認すると、点滅間隔はちょうど3秒……
――人為的な光だ!
ぼくは左手で操縦桿をつかんで思いっきりひねった。
自動操縦が強制解除され、警告音が鳴る。外部モニターの映像が横転し、姿勢指示器の表示が無茶苦茶に動き回る。
まともな航海士が見れば、墜落していくように見えるだろう。でも大丈夫だ、船体はもつ。あの光までたどりつけば、それでいい。
正確に3秒周期で明滅する白色光――あれは船の灯火。
空の光と地上の光が互いを呼び合う。ふたつの人工の星が、急速に距離を縮めていく。
あちらの船が、うまくやってくれた。ぼくの光に応えてくれた。顔も見えない、声も聞こえない相手と、意思が通じた。
――あと17分。
ここからはぼくの手番だ。かならず最善手を打ってやる。
地上に降りるため、船首を斜め下に向け、猛烈な急降下を行う。昇降計が下に振り切れ、赤い警告表示が点灯する。操縦桿が振動警告をはじめ、左手がぶるぶると揺さぶられる。
光が見えた方向をレーダーでスキャンしてみると、遭難船はやっかいなところにいた。山岳地帯、その山脈の間の、細長い平地に入り込んでいる。
安全な着陸位置を探したいが、遭難船から離れた位置に降りたら乗員収容の時間が――
――あと16分、時間がない。もういい、まっすぐ突っ込む。
急降下しながら右旋回し、遭難船のいる細長い平地へ船体をねじ込んでいく。探照灯を遭難船に向け照射し、位置を正確につかむ。
船はぼくの無茶苦茶な操船に身をよじりながら、遭難船に向かって突っ込んでいく。このまま遭難船に体当たりする進路で――できるだけ船体を近寄せて、乗員を最短時間で収容しないと、日が昇ってしまう。
遭難船は着陸時に船体を引きずったようで、地面に細長い接触痕がみえる。接地したあと、前方へ滑っていったらしい。おかげで、遭難船の後ろに本船が着陸する余地ができている。
地表接触寸前、操縦桿を引き戻して船首を起こす。主機関を後進にかけ急減速。体当たり直前で、なんとか手前に――
目前に迫った遭難船から目を離せない。計器表示に目が行かず、高度も速度もカン頼みだ。
船体はまだ接地しておらず、前進している。この惰力を止めなければ――
目算だけで急停止をかけつつ、強く接地。完全に停止できず船体を引きずり、土煙が巻き上がる。船首がすこし右に振れながら、遭難船の船尾に衝突して――
――止まった。




