表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
10/45

第10話 せめて安らかに

 「TSL2198」操舵室――


・・・・・・


 本船「TSL2198」は、わたしの操船で第18945恒星系第3惑星に緊急着陸し、そこから動けなくなった。


 この大荒れの星系のなかで船体を損傷し、救命艇も機能を失った。船はもう、主星からの熱入力に耐えられなかった。

 わたしはあらかじめ調べていたから、第3惑星の裏側なら、しばらくは熱からのがれられるとわかっていた。

 船長がいろいろ言ってきたが、とにかく船を第3惑星に降下させた。

 もしも運よく通航する船がいたら来てもらえるように、緊急メッセージを最大出力で送信した。


 夜は長かった。


 日がのぼったら、わたしたちはみな焼け死ぬ。この船に耐熱装備はもうない。わたしがとった措置は乗員が死ぬまでの時間をすこしだけのばし、そして苦しみを何倍にも増やしただけだった。

 いっそのこと、あのまま燃え尽きていればよかった。


 頭はいいほうだといわれていたし、わたしはそれをとりえにして今日まで生きてきた。だからめいっぱい頭をつかって、船のために、みなのために、最大限生きのびられる手をうった。


 その結果が、これだ。


 もう救助船はこない。無線機も壊れていて、船が来ていても交信ができない。それに、いまさら来ても、移乗の時間が足りない――

 わたしは船を山岳地帯に降ろしてしまった。仮にいま救助船が到着しても、地形が邪魔して本船のそばには降りられないだろう。この星の日の出までに、離れた位置に着陸した救助船に歩いていって乗り込むなんて時間は、もうない。


 だれか、わたしを助けてほしい――


 太古の昔には、ひとは人智をこえた「なにか」を信じ、崇めたという。

 実体のない、存在するかすら疑わしいそれを、ひとは信じたようだ。伝承によって内容はさまざまだが、おおむね、それはよきひとを称えたり、窮するひとを救ったり、迷える者を導いたり、ときには悪人を処断したりするのだという。


 そんな都合のよいものが、いるはずがない。もしいるのなら、どうしてわたしのところへ来なかったのだろう。


・・・・・・


 それは突然だった。


 未明の第3惑星の真っ暗な空に、突然輝いたまぶしい星。

 信じられないほど光り輝くそれがいったい何なのか、わたしはすぐにはわからなかった。


 ――海図上、ここでこんな発光現象はおきないはず。


 それじゃあ、あれは……


 なんだか、あれがわたしを助けてくれる気がして、ひと粒、なみだが落ちた。


 現実的にみて、いまからわたしが助かる見込みはない。だから――


 生かしてほしい、とはもう思わない。ぜいたくは言わないから、せめてらくに死なせてほしい。


 虚空に輝く光のかたまりは、ゆっくりと動いている。ちいさな緑の光がみえ、その後から右側に赤の光が……


「……」


 あれは……「灯火」だ。


 緑は右舷灯、赤は左舷灯……こちらを向きつつある。あの光は、宇宙船だ。

 なんて光りかたを……すべての灯火をつけたのか。


 ここは無人惑星だ、ふつう船が降りてくるところじゃない。

 あの馬鹿みたいに灯火をつけた宇宙船は、あそこでいったい何をしているのか。


 まさか――


 まさか、あれは救助船なのか?

 あの灯火――本船の無線機故障を察して?


 「馬鹿」じゃない、あの船は本船からよくみえるように、全ての灯火をつけて滞空している――?


「……」


 ――ばか。


 もう、遅いよ。


 あなたがいますぐ降りてきても、わたしたちは焼け死ぬ前にそっちに乗り移ることができない。もう、救助をあきらめて撤収するべき時間だ。


 ……それでもその船は灯火をつけたまま滞空している。もう日の出が近いのに、上昇しない。撤収していかない。


 あちらはまだ、必死でわたしたちをみつけようとしている――


「……」


 わたしは――あの「必死さ」に応えなければならないのだろうか。

 あの船の船長は、まだ本船の捜索をやめていない。なにか、うまい策でもあるのだろうか。


 ……ここまでわたしは、ひとりで頑張ってきた。


 いまはたぶん、ひとりじゃない。あそこに、少なくとももうひとり――


 それなら……


 それなら、最後にもうひと頑張りだけ――!


・・・・・・


「船長、上空の発光体は滞空中の宇宙船です」


 後ろが騒がしいのには気付いていたが、わたしはいちおう報告した。

 返答がないので振り返ると、船長はすでにほかの乗員となにか喧嘩をはじめていた。


 猛烈に光っているあの船は、灯火の見えかたから判断して、微速力で前進しつつ右に回頭している。緩慢な動きかたからみて、まだこちらを見つけてはいないらしい。気づいてもらわなくては。


 無線はつかえない。あちらもそれを分かったから「発光」という手段をつかったのだろう。では本船からは、どうアクションを起こせばいい?

 この位置関係なら、本船が光を出せばあちらに届く。主機関はまだ生きている、動力はある。発電機も生きている、電力もある。信号灯は……ひとつだけ、損傷をまぬがれいる。点灯できる。


「船長、信号灯点灯します」


 船長の返答はなかったが、わたしはそのまま信号灯をつけた。精一杯目立つように、3秒の間隔で点灯と消灯を繰り返す。


 ややあって……


 グラッ、と――


 空中の発光体は、不気味に揺れた。


・・・・・・


 突然、救助船が落下をはじめた。右に回りながら船首を落として、推定高度20,000ftから急速に墜ちていく。

 制御を失った飛行機が、回りながら墜落していくさまが思い起こされた。


 どうして急に――機関かスラスターが故障したのか、リフティング操作を誤ったのか。


 ――わたしの信号灯に気を取られたか。


 まさか、原因はわたしがつけた信号灯――


 その考えをふきとばすように、救助船はこちらに探照灯を照射した。モニター越しに操舵室の中が、明るく照らされる。

 救助船の探照灯は、急激に落下しながらも本船を正確にとらえている。いやあれは落下しているんじゃない、「急降下している」んだ。


 信じがたい――あの状態で、船体を完全に制御している。馬鹿だとか、無謀だとか、そういう問題じゃない。およそ1Gの環境で、あれだけ船首をさげて右に回りながら、船を制御できるわけがない。


 それは「理論的にはできる」が、「実質的には不可能」というもの――


 でも、その「実質的には不可能」な動作をあちらはやっている。そうまでして、わたしたちを助けに来ようとしている。

 まだ探照灯で照らされたままだ。救助船は急降下でスピードがついたまま、こちらに向かって舵を切ってくる。


 ここに突っ込む気だ。


 近くに着陸可能な平地がみつからないから、わざと本船に衝突して押し出し、この場所に着陸するつもりだ。

 あらかじめ船外に退避させた乗員を最短時間で収容するつもりなんだろう。おそらく本船側が、衝突を予測して総員退去することを期待している。

 宇宙船どうしがぶつかれば、どちらもただではすまない。でも――あちらが防護フィールドを全開にして、こちらがオフにすれば、あちらは大きなダメージを受けずに安全に本船に衝突できる。

 しかしそれは――一歩間違えば、双方ともに船体が破壊されてしまう。相手が優秀な乗組員だと思わなければできない。


「……」


 たぶん……あの船の船長はたぶん、とっさに信号灯で合図を送ったわたしを、その「優秀な乗組員」と思っているのだろう。


 ……なら、わたしは義務を果たさなくてはならない。


「船長、救助船突っ込んできます。退去命令願います」


 ――聞いてない。まだ喧嘩している。


「船長! 退去命令を――」

「うるさいバカ! 命令はおれがだすんだよ、てめぇは黙ってろ」


 だから「退去命令『願います』」と言ったのに。はやく全員を降ろして、衝突にそなえて緊急消火レバーを引かなくてはならない。

 船内には区画によっては可燃物があり、またエネルギーが循環しており、酸素を含んだ船内空気が内部を満たしている。もし船体が破壊された場合、発火ないし爆発の危険がある。

 そのために、全区画の消火措置をいっせいに行えるレバーがついている。設置場所は機関室制御室と、主コンピュータ室と――操舵室。

 今回は、いま全員がいる操舵室からの操作になる。総員退去発令後、最後に残った船長がレバーを引いて脱出するのだが……


 ……このひとには、期待できない。


 越権行為だけれど……非常時だ、やってしまおう。

 わたしは船内放送のマイクをとった。


「至急、至急。まもなく緊急消火レバーを引く。救命具をつけ、総員退去せよ。総員退去せよ」


 全員の視線が、わたしに集まった。


「なにいってんだ、ひとの船を勝手に扱うな! 消火レバーなんか引いたらもう使えなくなるんだぞ」


 もう修理がきかないほど壊れたこの船を、どうやって今後つかうつもりか。

 ここまできて、わけのわからないことを叫ぶあなたはもはや指揮官とは認められない。


「救命具をつけてください。はやく!」


 わたしは声を張り上げる。

 船長がわたしに食って掛かろうとしたが、ほかの乗員は「救命具」という単語に危機感をおぼえたらしい。あわてて救命具格納庫を開けて、取り合いをはじめた。


「オイ、1個よこせ、邪魔だてめえ」


 船長もそちらに行ってくれて、この際かえってたすかる。いない方がいい船長の存在価値……訓練学校の教官がいたなら教えてくれただろうか。


「主機関、緊急停止します」


 非常ボタンで主機系統を止める。エネルギー循環も同時に止まる。電気系統も主幹系がとまり、一瞬の停電のあと、非常系に切り替わった。


 この瞬間的な停電が、かえってよかったらしい。


「船長降りましょう、降りましょう!」


 航海長が真っ青になって操舵室を出ていこうとする。


「降りるって、エアロック壊れてるよ。どうやって降りるの!」


 機関長のヒステリックな高い声。

 外舷のエアロックは遭難時に全部こわれてしまった。地表におりられるエアロックはもうない。どうやって降りる……?


 そうだ、救命艇――壊れているけど、乗り込むことはできる。自力航行はできないけれど、人を乗せて地表へおろすだけならまだ使える。


 右と左、どちらの艇をつかうか……


 左だ、そちらが船体の陰になる。詰めれば1艇に10人全員のれる。航行しないなら若干の定員オーバーも大丈夫だ。


「左舷の救命艇を使います。下に降りるだけならいけます」


 操舵室から出ようとしていた船長が、とつぜん、振り向いた。もともとよくない顔が、もっとみにくくゆがんでいる。

 足音をたててせまってきた。


「てめえ、何様のつもりだ。『指揮系統』ってわからんのか、おい。勝手に船長ごっこしやがって、てめえは気分いいだろうが、こっちは大迷惑だ。だいたいおれはおまえに、働いてほしくて雇ったわけじゃあねえんだぞ」


 船長のたるんだ腹が、当たりそうになる。くさい吐息が、顔にかかる。


 すこし、手がふるえた――


「いいか、おい」


 目前で、顔面めがけて指をさされる。


「おまえはな、乗り組み志願者のリストのなかで、いちばん顔がよかったんだ。歳も若いし、ちょうどいい女だった」


・・・・・・


「男ってのは、お前みたいなのが必要なんだ。おまえで。おまえはオモチャとして買ったんだ、乗組員じゃねえ」


 ……身体を触られることは、多かった。


 ほんらい宇宙船乗組員がはかないはずのスカートも、船長命令ではいている。

 「そういう目的」だというのは、さすがにわかっていた。「命令」だと宣言されて、どうにもできずに唇をうばわれたことも幾度かあった。最初がいつだったか、もうおぼえていない。


 船長が、口からつばを飛ばしながら怒鳴り続ける。


「オモチャ用の女が、航海士みたいな顔すんな。分をわきまえろ」


 規則上、船内では上級者の命令が絶対だ。どんな理不尽な命令も、国際恒星間航路の不定期船の中では、とがめる者がいない。


 わたしはこの船で経験を積みたかった。宇宙船乗組員としての、経験を。

 身をざわつかせる悪寒は、「経験」のために、とにかく耐えた。経験と実績をつんでいけば、より階級があがる。

 そしていずれは、1人乗務のできるちいさな高速船を買って、その船長になる。その船で好き放題に宇宙を駆け回るのが、わたしの夢だった。

 触られたりするくらいで、わたしの体が損なわれるわけじゃない。そう思ってこれまで、悪寒に耐えて我慢してきた――


「あとでのこのこ降りてこいよ。あっちに乗り移ったら、この船ダメにした『責任』とらせてやる。どうせ暇を持て余すだろうからな。何ならあっちへの手土産にもなる。なあ、多少はいい貢ぎ物になってくれよ」


 ……。


 いつかわたしは――思い描いた夢のとおりに、良い船を買って、船長になって宇宙をめぐりたかった。

 けど……この後、ぼろぼろにされた身体で、ひとりその船に乗るのか、わたしは。それで「夢をかなえた」といえるのか。


「船長、救命艇出ます、急いで!」


 航海長の声に船長は振り向いて、そのままバタバタと走っていった。


「……」


 ここまでは耐えたけれど……

 もう、このさきに待つものには耐えられない。耐えたくない。


 ここまで……ここまでの屈辱には耐えてきた。ふつうの人なら願い出て下船するようなこの船に、わたしは乗り続けた。ひたすらにに耐え、実務をこなしてがんばったのに……


 いや――下船せずに耐えるだけだったから、エスカレートしていったのかもしれない。どうせ抵抗も通報もしないから、と。


 このあと、もし救助船に乗ったらわたしは……


 ……だめ。

 その未来は、えらべない。


・・・・・・


 だれもいなくなった操舵室に、わたしは立ち尽くした。


 結局、ここまで耐えてきたことはぜんぶ無駄になってしまった……


 見れば、黄色い救命具がひとつ、床におちている。だれかが取り落としたのだろう。

 わたしはそれを背負って、電源をいれた。

 眼前に仮想モニターが現れ、「救命7号」の表示がでる。


 これ、たしか細かい設定がいじれるはずだ。そう、「生命維持」項目の――これ。「二酸化炭素処理」、これをオフに。

 警報が鳴りだす。うるさい。「警報音」項目、どれを切れば――いや、ぜんぶ落としてしまおう。


 ――警報がとまった。


 このまま二酸化炭素濃度があがって、ぼんやりしていれば、いずれわたしの心臓はとまる。


 外部モニターごしに救助船がせまってくる。すごい進入速度――「助ける」という、絶対の意思がつたわってくる。

 計器盤から、ちいさな警告音が鳴った。モニターに出た表示は「左舷救命艇発進」……まだ、わたしが残っているのに行ってしまった。はじめから、わたしを乗せる気はなかったんだ。

 救助船は精一杯たすけにきてくれているけど、わたしはどうせたすからない。助けるのは「人間」だけで、わたしは船長のいう「貢ぎ物」程度だ。それでさえ、置いて行かれたけれど……いずれにせよわたしは、救助対象になっていない。


 でも……


 でも、でも、それでも――わたしは、航海士だ!


 必死で勉強してとった、正規のライセンスをもっている。誰が何といおうと、これだけは決して嘘をつかない。わたしは、公式に認められた宇宙船乗組員なんだ!


 機関操縦席のわきにある、赤いレバーをにぎる。最期まで乗組員としてはたらけ、わたし。でないと、せっかくとったおまえの正規ライセンスが泣くぞ。

 こんなところで終わる予定ではなかったけれど――できれば、もうすこし幸せなところまで行きたかったけれど。ぜいたくは、言えない。


 ――言わない。


 救助船の光が、モニターを埋め尽くした。


「緊急消火用意――3、2、1、発動!」


 直後、船内に消火のための二酸化炭素が噴射された。全電源が落ち、照明もモニターも表示灯も、すべて消灯する。


 これからわたしの棺となる操舵室は、この世でいちばんくらい闇となった。


・・・・・・


 かたい床に、手さぐりで横になる。目をとじても、ひらいても、くらいだけ。

 ゆっくりと息をする。救命具がまだ呼吸機能を動かしているが、二酸化炭素の処理をとめているから、呼吸をつづければ、だんだんねむくなっていく――


 おやすみ――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ