第11話 切り捨てた端数
……めずらしいこと、だな。
ぼくにはごくまれに起きる「これ」。
詳しい原理は――かつて調査されたことがあったが、結局わからないままだ。
波長が合う、とでもいえばいいだろうか。そういうひとのことが、こうしてぼくの中に流れ込むことがある。
他人が勝手に自分の中に入ってくるのはだいぶ気持ちが悪いけど……
いまのは、おそらく「救命7号」のものだ。
・・・・・・
詳しい内容はわからなかった。
ただ、ずいぶんつらいことを考えていたらしいのはわかった。
探照灯を照射し、急降下でスピードがついたまま向かってくる船影……あれはまず確実に、この「GSL209」だった。
『救助船…精一杯たす…にきてく…ているけ――』
『いずれに……わたし…、救助対象…なっていな…』
そんなことはない。ぼくは「救命7号」、あなたを含め全乗員を救助するつもりだった。
さっきだって、遭難者たちの人数がひとり足りないことに……あなたがいないことに、ちゃんと気付いたじゃないか。
あの船長と問答して、居場所を吐かせたじゃないか。
「……」
それは自己満足か。
「救命7号」にはそんなこと何ひとつ伝わっていなかったし、実際ぼくは彼女を助けることができなかった。
彼女はいま、つめたい棺となった「TSL2198」の中で、恒星の光に焼かれるのを待っている。
もうすぐだ。
もうすぐ、日がのぼる……
……。
――なんだ?
日が出ないぞ。
・・・・・・
右側の外部モニターを見たが、外は真っ暗だ。
どうした、もう時間切れのはずだ……タイマーはもう鳴った。
計器盤の隅に出ている時計表示を見て――そして、気付いた。
まだ6分ある。
なぜ?
どうして――?
そうか……そうか、そうだった!
時間切れを知らせるため設定したタイマーは、50分で鳴るようになっていた。
キリのいい数字――そうだ、端数を切り捨てたんだった。
時間切れじゃない、まだ6分だけ残っている――!
・・・・・・
「救命7号」がどんな奴かはわからない。実はこいつらみたいに嫌なやつかもしれない。
でも、そうと断言はできない。「朱に交われば赤くなる」という言葉があるが、いまこの操舵室で不躾にとぐろを巻いている8人に交じらず、全乗員のなかでただひとり置いて行かれた彼女は、こいつらとは違う人間かもしれない。
救助してみて、もし嫌な奴だったら最悪宇宙へ放り出してしまえばいい。
逆に、もし誠実な人間で、他の8人が先に逃げたために目前まで来た救助船に乗れず、焼け死ぬのをひとりで待っているとしたら、それは――
それは……それじゃあ、なんにも救いがないじゃないか。
時間はわずかだが残っている。
そして彼女が取り残されている「TSL2198」は、本船のすぐ目の前にある。
なら――
……いけるか?
「……」
いや違う。
彼女に対して、ぼくは義務を果たさなくてはならない。
やるんだ。
・・・・・・
さっき船長は、最後に彼女を見たのは操舵室だと言っていた。なら、一般的な宇宙船の構造から考えると、いまここから見える範囲にいないならまだ船から出られていない。安全な出口は、先に降りた8人が使ってしまい彼女にはもう使えない。
あるのはあと6分だけ……いま5分にかわった。こちらから船内へ助けに行って、連れて帰ってくる余裕はない。自力で歩いてこさせるんだ。
歩いてこさせるって、どこを――?
あと5分で日がのぼる。遭難船から地上へ降りられない。むこうの左舷から降りる手段はもう失われている。舷側エアロックは使用不能で、救命艇も降ろしてしまったんだ。右舷の艇は降ろせない。そちらは日なただ、焼け死んでしまう。
外部モニターの向こうで、本船の船首が遭難船に衝突しているのが見えている。
あそこを、甲板上を走らせればなんとか――あちらの後部甲板から、衝突部をとびこえて、こちらの前甲板へ。
前甲板には、外部点検用のエアロックがひとつある。そしてたいていの船は、後部甲板にも同じように点検用エアロックがある。
いまから急いで後部エアロックを抜けて、後部甲板に出て走って、こちらの前甲板に飛び移れば――運がよければ、恒星に焼かれるまえに本船の前甲板エアロックに飛び込める。
それしか――
ええい、時間がない!
前甲板エアロックを急ぎ減圧する。エアロック船外扉の誘導灯も点灯。さあここだ、まっすぐここへ走ってこい――!
彼女との連絡の手段は――?
おそらく、彼女は救命具を着けている。最後の目撃場所は操舵室。そこで彼女の姿を目撃した船長は、きちんと救命具を着けてここに来ている。操舵室にはふつう救命具が常備されているから、その場でそれを着用する時間的余裕は、彼女にもあったはずだ。
救命具には無線装置がついている。それが連絡手段になる。
ただ、向こうからの無線は届かない。救命具の無線出力は低く、金属にかこまれた船内からその弱い電波は出られない。彼女の声は、ぼくにとどかない。
でも、ぼくの声ならとどく。
船の無線機を操作し、出力をあげる。方向を指定し、遭難船へ向ける。こいつは宇宙空間の長距離通信にも使う無線機だ。全出力で人に向けたら電磁波で死人が出るくらいのパワーがある。
だから出力は調節したが、この無線機を使えば聞こえないわけがない。船体を貫通して、内部まで届く。
送信ボタンを押した。
「『救命7号』、こちらはGSL209船長。きこえるか!」
どこにいるか、なにをしているか、生きているか、死んでいるか、ぼくの声はきこえているか――
「『救命7号』、きこえてるだろう!」
マイクに向かって怒鳴りつける。
……いや、向こうからの無線は届かないんだ。応答を待っても意味がない。いまは一方的にしゃべることしかできない。
このまま指示を出そう。複雑な指示は混乱をまねく。単純な内容だけ。
あいてがのろまだったらダメだが、彼女はたぶん――
彼女はたぶん、救助要請を出し、船を緊急着陸させ、灯火の合図で本船を呼び、救命艇をエレベーター代わりに使って乗員を脱出させた、その本人だ。
おそらくここまで「TSL2198」を実質的に指揮してきた、最善手をうちつづけてきた、優秀な乗組員のはずだ。
通信が聞こえさえすれば、かならずこちらの意図を理解して実行する。
送信ボタンを押して、大きくはっきりと言葉を送った。
「『救命7号』、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!」




