第12話 切れない無線
『―――――――、きこえるか!』
「……」
目がさめた。
どれくらい経っただろう。生暖かい空気が、ねっとりとわたしをつつんでいる。
『「救命7号」、きこえてるだろう!』
割れんばかりの、男の怒鳴り声。
しらないひとの声。うるさい。せっかく眠っていたのに……
救命具の通信モニターが、目の前に出ている。いまのは通信だったらしい。
通信も切ろう。必要ない。
設定画面が、うまくひらけない。あたまがまわらない――
『「救命7号」、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!』
わたしへの、命令――あなたはだれ?
送信者は「GSL209」、宇宙船――
これ、たしか救助船のなまえ……
『「救命7号」、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!』
警報画面が出ている。
二酸化炭素濃度、高――
すぐ、わたしはその下の「自動対応」ボタンを押した。
さわやかに冷えた空気が、入ってくる。二酸化炭素が除去され、わたしの頭脳ははたらきを取り戻した。
だれかが、わたしを呼んでいる。
救命具のライトを点灯し、つめたい操舵室の床から、身を起こす。
「GSL209、救命7号。こちらはきこえています」
そう言ってから、こちらの無線は通じないのに気付く。この救命具の無線機出力では、船外まで電波が届かない。あちらはたぶん、船体に設置された強力な無線機をつかっているから、船体を突き抜けて電波が通っている。いまは、むこうの声しか聞こえない状態だ。
『「救命7号」、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!』
船尾上甲板……つまり船の最後方、その上部へ出ろということ。
救助にしてはおかしい。そんな位置に出させて、わたしにどうしろというのか。
……いや、そもそもわたしは、ここで死ぬつもりだった。
救助船に、わたしは乗らないつもりだった。そこにわたしの居られる場所はない。
この通信相手も男だ。たぶん船長にそそのかされて、わたしを弄ぶのに加わるだろう。
ここで、このだれだか知らない男の命令をきく必要はない。
『「救命7号」、いまはまだ間に合う。ただちに船尾上甲板へ移動せよ!』
「……」
――きく必要はないのだけれど、この男の声は……
すこしかすれたその声は、あまりにも必死で――なんだか痛ましくさえ聞こえて……
消火レバーを引く前に見た救助船の進入速度を思い出す。「助ける」という絶対の意思をのせた、あのスピード。あの船のすがたと、この男の声がぴったりかさなる。
『「救命7号」、時間は残っている、船尾上甲板へ移動せよ!』
「救命7号」は、いまのわたしだけを指すコールサインだ。
どうしてこのコールサインがわかったのだろう――この男は、わたしのためだけに、なんどもなんども、無線を送ってくる。
「……」
これを、どう思う――?
わたしに、人をみる目はない。だから、この声の主ががどんな人かなんて分からない。
でもこの無線の声は……それに、幾度も連送されるこの無線は……わたしのために発信されている。
……少なくともこのひとは、たぶんわたしを「救助対象」とみなしている。
頼れるのか、このひとは……
頼ってしまっていいひとなのか……
『「救命7号」、救助の準備はできている、至急船尾上甲板へ移動せよ!』
無線機からめいっぱい聞こえるその呼びかけは、わたしだけを呼ぶ、必死な叫び。
このひとの声は、すこしだけ、あたたかい気がする――
……わたしに、人をみる目はないけれど。
――うん。
行こう。頼ってみよう、このひとを。
もし行ってダメだったら……いまのわたしの気持ちを裏切ったら――
そのときは……
そのときは、目のまえで死んでやる。覚悟しておけ!
もはや機能しない操舵室を出て、通路を走る。助かるかわからないが、このひとの言うことを、信じるしかない。急ぎ、船尾上甲板へ――
緊急時にそなえて、船内の構造は頭にいれてある。手さぐりでも移動できるくらいだ、救命具のライトがあれば、思いっきり駆け抜けられる。
『「救命7号」、こちらはあなたを待っている、急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!』
相手は無線の内容を、ちょっといい台詞に変えてきた。
非常時なのに――死ぬかもしれないのに、わたしはちょっとおもしろく思った。なんだか人間っぽい人。
わたしの足が、すこし軽くなったような気がした。
本船は既に電源を喪失しているが、通路の通行に支障はない。電源喪失時には、船内のすべての電動扉は手であけられるようになる。電磁ロックはすべてはずれる。気密扉は閉まったままだが、ハンドルを回せばひらく。
『「救命7号」、まだ日はのぼっていない、急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!』
無線越しの必死の呼びかけが、わたしを前へと走らせる。いくつもの扉をぬけて、損壊した区画をさけながら、後方へ――
『「救命7号」、こちらはまだ待てる、急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!』
そしてそのことばを聞きながら、船尾に着いたわたしは絶望し立ち尽くすことになった。
エアロックが閉じている――
あたりまえだ。上甲板は船体の上、すなわちそこは真空になる場所。エアロックを通らないと、出られない。
エアロックは電子制御になっている。空気と引力の調整――これが済まないと、扉があかない。そして、船内と船外を隔てるこの扉はそう簡単に開いては危険なため、例外的に停電時に手で開けられるようにできていない。
いまは空気がはいっているから、船内からの立ち入りはできる。が、減圧ができず船外扉がひらけない。電源があれば動作するが、その電源は全て消火レバー操作時に遮断されている。復旧するには配電盤室に行く必要がある。配電盤室で、バッテリーから給電するように回路を繋げばエアロックの機能は作動するけれど……
そんな時間は……ない。
ああ――
ここまできて、わたしは――
どうしてこうも運がわるいんだろう。まるでこの世のすべてが、わたしに死ねと言っているようだ。
もし死ぬなというのなら、このエアロックを開けてくれ。
『「救命7号」、出てきてくれ、船尾上甲板へ!』
それでも、あなたは出てこいという。ここまできて、まだ、わたしを見捨てないでいる。
……ここを開けられるだろうか、わたしに。
腕力には自信がないけれど、空気の圧力と、それによってハッチ枠に外向きに押し付けられている船外扉の摩擦抵抗に打ち勝てば、扉は開くかもしれない。
エアロックの扉には、巨大なハンドルがついている。通常は電動でまわるものだけど、これを手でまわせばひらくかも――
危険はある。船内の人工重力はもう制御が落ちているから、気にする必要はない。今の引力はこの星のもの。調整せずに外にでていい。
問題は気圧。1気圧から一気にほぼ真空にかわることになる。扉をわずかでもあければ、猛烈な気流が中から外へ噴き出すはず。どれだけ強い気流が吹き抜けるのだろうか。
そもそも、気圧に押し付けられた船外扉はそう簡単に動いてくれるのか。本来なら電動で動かすこのハンドルは、はたして手でまわるのか。
『「救命7号」、まだ大丈夫、船尾上甲板へ急げ!』
……。
まだ大丈夫、か……
うん、やってみよう。
やらなければ、死ぬ。やって失敗したら、それも死ぬ。結果はおなじ。
そして、やってみて運よく成功したら、わたしは外に出られる。
運はわるいほうだけど、それは忘れよう。
わたしはエアロックに入った。
上甲板に出るエアロックは縦型。エアロック内のハシゴをのぼって、船外扉を通ると、上甲板に出る。
まず、船内扉をしめる。こうしないと、船外扉をあけたとき、船内全ての空気がここから噴出することになる。
船内扉は簡単に閉まり、ハンドルも回しきった。手動で回したので完全に回りきったか自信がないが、これは考えてもどうしようもない。
ハシゴをのぼって、上部の船外扉へ。扉に設置されたちいさな表示窓をみると、内外の気圧が違うという赤マークが出ている。
それでもハンドルに手をかけて……
――まわせない。
こわい。怪我をしたらどうしよう、痛いのはほんとうに苦手なのに――
恐怖心が、とまらない。
映画のヒーローみたいな、勇気がほしい。でも、わたしには――
『「救命7号」、時間はある! 船尾上甲板へ!』
「……」
ハンドルを強く握った。
いつからだろう、この呼びかけを聞くと、わたしはなんでもできてしまうようになったらしい。
ヒーローは、無線の向こうのあなたかもしれない。
両腕で、ハンドルにぐっと力をかけた。
……重い。回らない。気圧差が大きいからか、もしかして物理ロックがかかっているのか。
目をぎゅっとつむって、ありったけのちからを込める。わたしの細い腕が悲鳴をあげる。ああ、すこしくらい鍛えておけば、こういうときにつかえたのに。
――ズズ
かすかな音、そして――
――ゴゴゴゴゴゴゴ!
猛烈な気流。空気が上に抜けていく。船外扉が、わずかに開いた――!
反対の船内扉は、確実に閉まっているか。もし隙間があれば、船内すべての空気がぬけるまで、気流はとまらない……
――ゴゴゴゴ……
……静かになった。
エアロック内の気圧計の指示値は、ゼロ。
救命具の空気循環機能は正常に作動している。真空で息ができている。
……これで、わたしは外に出られる。
ハンドルを夢中でまわすと、やがてガツンという手ごたえとともに止まった。
船外扉を、内側から押し上げる。扉は重かったが――
――ひらいた。
目のまえに、救助船の船体がのしかかるようにみえている。まだまぶしい灯火をつけたまま――ああ、これは人工の光だ。
――だが、それだけではなかった。
左から、光がさしている。これは、この光は……
もう、日が出ている――
わたしはすぐエアロックの中に身を隠した。もう夜があけている。これでは、恒星からの熱をうけてしまう。
なにが「時間はある!」だ、この――
「うそつき!」
無線をつかわずに、わたしはひとりで叫んだ。
『「救命7号」、そちらを視認した。いまから、本船への移乗手順をつたえる」
彼はまるでこの状況が当然であるかのように、無線を送ってくる。移乗って、この恒星からの熱をうけながら、どうやって。
『「救命7号」、救命具の防護フィールドは生きているか』
防護フィールド――生きてはいるが、こんな低出力のものが役に立つわけがない。あなただってわかっているだろう。
……いや。
わからないか、だれにも。
ふつうなら、こんなもの役には立たない。この星の光にあたれば、わたしは溶けて消えてしまう。でも――
いまは日の出直後だ。まだ光はつよくない。船体もつめたいはずだ。救命具の防護フィールドを全開にして、短時間の曝露だけならなんとか――
『「救命7号」、無線送信は可能か』
あ……
そうか、話せるんだ。ここなら。
――あなたと。
手元に表示した仮想モニターに出ている、コールサインを確認して……
「GSL209、救命7号。ハロー、きこえています。防護フィールドに問題はありません」
はじめてつたわる、わたしの声。
『「救命7号」、こちらもきこえています。これより移乗手順を説明します、よろしいですか』
よろしいですか、って――
わたしはいまから死ぬかもしれないのに、そんな機械みたいな言いかたを。もうすこしこう、やさしくしてほしい。
不必要な無線通信は法令違反だが……
「GSL209通信担当、わたしは航海士の85K-L1LYです。あなたの名前をおしえてください」
ここまでたどりつかせてくれた、あなたのことが知りたい。せめて、名前くらいは。
応答は、すこしおそかった。
『えと、こちらはGSL209船長、7ST-7037です』
このひと、船長なんだ。それならこっちの船より、あなたの船で働きたかったな。
「7ST-7037」、おぼえておこう。ここまでわたしを来させてくれたひとの、たいせつな名前だ。
もっとも、焼け死んだらわたしの脳も消え去るだろうから、それまでの間だけれど。
「7ST、たいせつにおぼえておきます。ありがとう」
『「救命7号」、おぼえなくてよい。移乗手順を説明するが、よろしいか』
わたしのなまえは呼ばないのか。ちゃんと名乗ったのに。それに、「おぼえなくてよい」だなんて――
『名前は直接会ってからおぼえてくれ、いまから移乗手順を説明する』
直接会ってから――かっこいい台詞を言うひと。
『「救命7号」、本船は、貴船の船尾に衝突している。船首が当たっている』
衝突――そういえば、あのとき、ぶつけられると思っていた。
でも、思いかえせばそんな衝撃はなかった。
『エアロックから出て、船尾衝突箇所へ走れ。そこから本船に飛び移れる』
と、飛び移る?
そんな曲芸みたいなことを、わたしに?
『飛び移ったら、本船の前甲板エアロックへ向かえ。緑の誘導灯がついている』
たしかに、それは理論的には可能だけれど――実質的には、不可能だよ。
わたしはそんな超人じゃない。あんな操船をして助けにきてくれた、あなたとちがって。
『「救命7号」、これまでの状況からみて、あなたは優秀な乗組員のはずだ』
わたしが……
いままで、だれもそうは言ってくれなかった。
『本船の受け入れ準備はできている。あなたの、すぐれた行動力に期待する』
勝手に期待されてしまった。
どこまでも、わたしをほめてくれるひとだ。
『「救命7号」、受け入れ準備はできている。こちらに来てくれ!」
来てくれ――か。
――こわい。
こわいけど……
「――指示了解。今からいきます!」
防護フィールドを全開に――バッテリー残量警告が出たが、いまさらどうしようもない。この救命具、きちんと充電されていなかったらしい。
開いたままの船外扉から、上甲板へ飛び出して、走る。左からさしてくる光が、恐怖心をかきたてる。あれが、わたしを焼こうとしている。
救助船――GSL209は、すこし船首を横に振った状態で衝突している。
いや、あれが「衝突」か――
ほんのすこし、当たっているだけだ。なにかが壊れているようにはみえない。あの速度で突っ込んで、この状態でぴったり止まったのか。
時間がない。もうどうなってもいいから、ひたすら走る。向かう先に、両船の甲板どうしがつながっている。あれを渡れば、わたしは――
後部甲板を走り切り、GSL209の船首が目前にせまる。当たっている場所はごくわずか。一歩まちがえば、わたしは1Gの引力にひかれて地表に落下する。
着地点を見据えて、おもいっきり甲板を蹴る。わずかにつながっている接触箇所を、わたしのからだが飛び越えていく。両足が、どこにもついていない――
――タン!
軽い衝撃があって、わたしの足は、「甲板」をとらえた。
GSL209の、甲板。生きている船の甲板だ。
【EXCESSIVE HEAT INPUT】
目の前に警告メッセージが急にでてきた。救命具からだ。
熱入力が過大である、と。
防護フィールドが、もうもたない。フィールドの残り耐久力の表示が、レッドゾーンにはいっている。
エアロックに飛び込んでも、確実に助かるわけではない。1気圧への加圧がおわるまで防護フィールドがもたないと、息が吸えなくなってしまう。フィールドがもたなければ、ここまでの決死の努力が泡となってきえる。
『「救命7号」、緑の誘導灯だ。エアロックがある!』
また「彼」の声。緑の誘導灯は――まっすぐ前方。
遠い――いや、ほんとうは遠くないのだろうけど、わたしにとっては遥か彼方だ。いまにも、防護フィールドが切れるのではないか。
無限におもえる甲板を駆け抜けて、わたしはエアロックのふちをつかんだ。ここに飛び込めば、わたしは――
【WARNING】
- PROTECTION FIELD LIMIT REACHED -
真っ赤な警告表示が、目の前に出た。
防護フィールドが、切れる――
それでもわたしは、明かりのついたエアロックに、飛び込んだ。




