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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第13話 切らない無線

 GSL209操舵室、日の出まであと5分――


・・・・・・


「『救命7号』、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!」


 ぼくは目の前の遭難船にむかって呼びかけを続ける。

 「彼女」が生きていて、この通信がきこえていれば、すぐ移動してくれるはず……間に合ってくれ。


 しばらく間をあけて、もう一度。


「『救命7号』、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!」


 もう移動を開始しただろうか。船内の損壊状況によっては、あと5分の残り時間だと――きびしい。


「『救命7号』、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!」


 きこえているかは分からない。きこえたとして、ちゃんと頭に入っているかわからない。何らかの理由で思考に混乱をきたしている可能性もある。だから確実にわかるように、ひたすら同じ内容を連送する。


 まだ生きていたのに。救助に来た本船の船影が、目前に迫るまでに見えていたのに――

 彼女は唯一の下船手段だった救命艇を、他の乗員によって降ろされた。まだ艇に乗っていなかったのに――誰からも見捨てられて、ひとり船内に残された。


 彼女の失意と絶望は、いかほどか。

 断片的にぼくに伝わったものだけでも、痛いほどの悲痛さがあった。


 救命具の無線は、船外へは通じない。だから今は助けを求めることすらできない。自分の声が、どこにも届かないのだ。


 だからぼくは――


「『救命7号』、いまはまだ間に合う。ただちに船尾上甲板へ移動せよ!」


 呼びかけが途切れないよう、無線を送りつづける。こちらは助けるつもりでいると、伝わりつづけるように。

 機械的な連送はやめた。言葉をすこし変え、人間味をにじませてみる。この程度でも、せめて気持ちくらいは助けになるかもしれない――


「『救命7号』、時間は残っている、船尾上甲板へ移動せよ!」


 「救命7号」というコールサインは、彼女だけのものだ。「ぼくはあなたを呼んでいるのだ」と、つよく訴えかける。


 計器盤に、緑のメッセージが点灯した。

 前甲板エアロック、減圧完了。


 ただちに船外扉を解放。誘導灯の点灯状況を再確認。収容準備はできた。


「『救命7号』、救助の準備はできている、至急船尾上甲板へ移動せよ!」


 空がどんどん明るくなっていく。彼女はまだ出てこない。

 こんなに呼びかけているのに。こんなに待っているのに――


「『救命7号』、こちらはあなたを待っている。急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!」


 外部モニターをのぞき込み、本船の照明に照らされた遭難船の後部甲板に目をこらす。まだ、動くものはみえない。


 もういちど送信ボタンを――


 ――あれ?


 光が……


・・・・・・


 みたくない――認めたくない。

 右側から、外部モニターを通してぼくを照らす恒星の光を、みたくない。


 「間に合わなかった」なんて、認めたくない。


 あのクズ船長との問答が、時間のむだだった。ぼくがもっと強硬な言いかたをして、もっとはやく口を割らせていれば、時間の余裕ができていたはずだ。手際のわるいぼくは、最善手をうてなかった。


 ……すこし、手がふるえた。


 ぼくが最善手をうたなかったせいで、間に合わなかった――そうするとぼくは、彼女を見捨てたこいつらとほとんど罪はかわらない。

 刑罰のことじゃない。これは人間としての――良識と責任のある人間としての、罪。


 無線――何と言えばいいだろうか。


 ここまできて、突然黙りこむわけにもいかない。彼女には、おそらくぼくの声しかきこえていない。ほかに頼るものがないはずなのだ。


 震える手で、送信ボタンを押す。

 せめて声だけは張り上げた。


「『救命7号』、まだ日はのぼっていない、急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!」


 ――うそを言ってしまった。


 ほんとうのことを伝える勇気は、ぼくにはなかった。彼女がこのことを知ったら、「うそつき!」と、ぼくをののしるかもしれない。そしてぼくは何とののしられても、弁解できない。


 どうする、つぎの無線は――


「『救命7号』、こちらはまだ待てる、急ぎ船尾上甲板へ移動せよ!」


 うそはついてない。「こちらは」まだ待てる、と言っただけ。彼女にはもう時間が残されていないことは、言っていない。

 もはやぼくには、うそをつく勇気さえない。


 もし彼女が、まだ船内で生きているとしたら――救命具を使って無線をきいているとしたら。

 いま、ぼくの声は、彼女のこころを支えているかもしれない。


 でもじつは、その声はうそを言っていた。もう助からないことを隠していた。

 本当のことを知ったとき、彼女は想像を絶する絶望のなかに墜とされる。


 彼女はぼくの声ををききながら、脱出のすべをさがしているかもしれない。まだ希望をもっているのかもしれない。

 だから、そんな彼女に無線を送り続けている。

 彼女がもっている希望を、じぶんの手で打ち砕くことが、こわいから。


 外部モニターのむこうに見える船のなかで、彼女はもうすぐ、まるごと焼け死ぬ。もしぼくの言う通りに上甲板にでてきても――その身体は一瞬で溶け去るだろう。ぼくはそれを、この安全な操舵席から見物することになる。


 彼女を乗せたままの船が、恒星の光に焼かれていく……


 ……?


 いや――


 変だな、それにしては……


 それにしては、妙に遭難船の船体がもちこたえている。あれだけ外板が壊れているのだから、熱が入れば崩壊がはじまるはずだ。

 どうして耐えているのか、もう日は地平線から出ているのに。


 ――朝だから、まだ気温があがらないのかな。


 もう馬鹿なことを考えながら外気温度計を起動して、そもそも外気がないことに気づく。

 かわりに外板温度計を見てみる。左舷は温度かわらず、日なたになる右舷の温度は――


 ――上がってない。


 どうして――?


 ああ、そうか、そうなんだ――そうなんだ。

 馬鹿みたいなことだけど、そうだ――まだ朝だから、温度があがらないんだ。


 まだ日は出たばかり、光はよわい。だから熱がほとんど入っていないんだ。

 右舷の外板温度計の指示値が、それをぼくに証明してくれている。これから温度は徐々に上がりはじめるだろうけど、いまなら、まだ――


 彼女がいますぐ出てきてくれれば、まだ間に合うかもしれない。


『「救命7号」、出てきてくれ、船尾上甲板へ!』


 救命具は防護フィールドを張ることができ、それはさまざまな役割を果たすが、多少の熱入力に耐える機能もある。

 出力を全開にすれば、すこしくらいはもつだろう。

 むこうのエアロックから、甲板を走って、こちらのエアロックへ……そのあいだだけ、防護フィールドが熱で破られなければ――いける。


 問題はフィールド強度と、バッテリーだ。

 前者は単純だ。フィールドが、ぼくの思ったとおりにもちこたえるかどうか。途中で破れることもあり得る。もつかどうか、確証はない。

 あとはバッテリー。彼女はこれまでにどれだけの電力をつかったか。全開にした防護フィールドは、かなりの電力を消費するものだ。もし途中でバッテリーが切れたら――


 ……考えてもしかたないな。どちらもここから確かめる手段がないんだ。


 そして、他に彼女が助かる手段はない。

 いけると思って、やってみるしかない。


 右舷外板温度計を再確認――よし、大丈夫。


『「救命7号」、まだ大丈夫、船尾上甲板へ急げ!』


 うそじゃない。隠しごともしていない。ほんとうのことだ。

 だから出てきてくれ。姿をみせてくれ。


 他のやつらは正直どうでもいいけれど、いまむこうの船にいる彼女は、たぶんちがう。

 ぼくらのような恒星間不定期航路の貨物船乗員なんて底辺職だ。まともな人間なんて、まずいない。


 でも、彼女がこいつらと交わらず真面目に乗組員として働いていたとしたら――ちゃんとした、まともな人間だったとしたら。

 もしそうなら、彼女はあんな悲痛な気持ちで人生を終えていい人ではない。


 彼女は、助からなければならない。


「『救命7号』、時間はある! 船尾上甲板へ!」


 まだ来ない。遭難船の後部甲板には、まったく動きがない。


 それだけじゃない。船そのものが動きをみせていない。灯火はすべて消えており、甲板の作業灯すら点灯していない。破損個所からのエネルギーの漏れ出しもみえず、見える限り、装備品もすべてうごいていない。死んでいるかのようだ。


 死んでいる……


 まさか――


 し……しまった――!


 まさか動力がとまっているのか。電力も落ちているのか。

 動力系、電気系、エネルギー循環系――どこかに深刻なダメージがあったということなのか。


 だとしたら、外にでられない。むこうにもエアロックがあるのだから。


 当たり前だ。船内から外にでるには、エアロックが必要だ。この星に大気はほぼないから、船内気圧――たぶん1気圧だろう、そこから真空なるまで、空気を抜かなければならない。


 エアロックは通常は電子制御だ。空気の減圧や加圧、扉の開閉まで、すべて。上甲板は無事にみえるからエアロックくらい動くだろうとおもっていたが、エアロック本体が無事でも、電力がないと動作しない。

 扉の開閉と緊締・緩解は電動。いちおう、でかいハンドルがついているが、ふつう手では回さない。人間のちからで、動くものだろうか。

 それと、減圧はどうする。扉がひらけば空気はぬけるだろうが、そのとき中の人間は無事ですむだろうか。しかも、もし逆側の船内扉を完全に閉めきらなければ、船内すべての空気がエアロックに押し寄せる。


「……」


 ぼくの「作戦」は、どうやらここで瓦解したようだ。

 切り捨てた端数の時間で、なんとかなるなんて初めからありえなかったんだ。


 まだ手段はある、だなんて調子に乗っていた。かならず助けるだとか、ぼくが彼女を救い出してみせるとか――なんだその映画のヒーローみたいなやつ。

 どうせぼくにそんなことはできない。いまからここを飛び出して、エアロックをこじ開けて、片手で彼女を抱えてかえってくるような大立ち回りはできない。


 もう、あの後部甲板にはだれも出てこない。


 そう思ってぼくは、ついにうつむいて遭難船をみるのをやめてしまった。


 ――だから、「兆候」を見逃しかけた。

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