第57話 生きた人の身体を持つ者
不規則に軋みつづける建物の中を、ぼくは手を引かれながら歩いていく。
リリィが「採集」に同行すると言ったのでぼくも一緒に行こうとしたが、速攻で却下された。目は見えなくても異能でまっすぐ歩けるし、何なら空だって飛べると言ったが、「空など飛ばせて墜ちでもされたらかなわんワ」と言われた。
それはまあ、確かにそうだけど。飛行中に意識を失ったら、さすがに墜ちるかもしれない。
空いている部屋で大人しくしていろと言われたぼくは、ひとりの付き添い役に連れられていま歩いている。気配探知で歩けるから大丈夫と言ったが、傷のひとつもつけるわけにいかないと手は放されなかった。
なめらかで、ひんやりと冷たい手。感情がないような態度からは想像できない、繊細で気配りに満ちた手の引きかたをする。異能を止めても、これなら安心して歩ける……
「いかが致しましたか?」
「……別に」
そっと異能を止めかけた、そのわずかな変化を察知された。
何もかも分かってもらえる安心感……手を放されたくない、と思う。
この手ひとつを通じて何もかも知られてしまう気がして、手を放したいとも思った。
・・・・・・
「簡単なもので申し訳ございませんが、寝台をご用意いたしました。こちらでお休みください。わたくしはここに居りますので何かありましたらお申しつけください」
そう言われて、腰くらいの高さのものに座らされた。
ここに居ります、って……ずっとここに?
それはさすがにちょっと落ち着けないから――
「大丈夫、ひとりで過ごせるよ」
「おひとりにするわけにはいきません、わたくしは貴方さまが絶命しないかどうかを見張る役割です」
絶命……
もうちょっとこう、言葉を選んで。
「……」
「……」
そして沈黙……
これまで2~3年、ほとんどを船の中でひとりで過ごした。だからずっと沈黙と共にあったけど……それは誰もいなかったからできたこと。話ができる相手がいながらひと言も発しないでいるのは、それはそれできつい。
「……」
「……」
なにか、なにか話すことはないか。
くそ、ぼくのコミュニケーション能力をなめるなよ、事務的な会話はともかく個人的なおしゃべりは絶望的なんだから――ダメだ。
「えー……っと、こ、この星ってどんなところなの?」
そしてひねり出した、なけなしの話題。
実際、ここがどんなところなのかまだよく知らない。聞いてみたい。
「第1842恒星系第5惑星です」
「うん」
……。
それは、そうなんだけどさ。そうなんだけど……
会話のキャッチボールの不成立。投げたボールをバットで打たれピッチャー返し。
「……」
言葉はなくとも……
魔力波を感じる。生きている者がその身の内に秘めたぬくもり……
普通の人間より魔力が強い。この人は魔法が得意なタイプなのかな。
この人、か。
まだ名前を知らない。どんな人なのか、そもそも――
「彼女ら」と初めて会った時、リリィは言っていた。何から何まで同じだと。コピーしたみたいに、と。あのとき感じた気配の数、20人くらいいたはずだ。それがみんなコピーしたように同じ見た目。それって――
「ね、名前、聞いてもいい?」
「127号です」
即答……
得られたのは、このひと言だけ。
でも、とりあえず「127号」か。
通常の名前じゃない。ひとの名前といえばぼくの「7ST - 7037」とかリリィの「85K - L1LY」といった形式だ。
通常の形式でない名前といえば、思い浮かぶのは義勇団。ぼくのは「MSL03 - 99 - 3994」。通常の人間社会とはちがう集団だから、独自の形式を使用し管理されている。
「127号」というと――通常の人間社会にはない集団に属しているとみていい。この星系は船の出入りなど1隻もないはずだから、普通の社会とは切り離されているわけだけど……たまたま他星系からの進入に成功してここに着いた、というわけではなさそうだ。
「127号、えーと……」
あー……なんて言おう……
名前を聞いておいて、こちらが名乗らないのはよくないだろうか。
「名前は7ST - 7037――」
「存じております。仲間内での呼び名は『ナナ』、義勇団構成員としては『MSL03 - 99 - 3994』、本名は『ナナホシユウキ』でございましょう」
……よく覚えてるな。
あの場にいて聞いてたんだろうけど、ひと文字も間違えない。
そして――
「――正確な発音、だね。驚いたよ」
七星優輝、と。日本語の音まで正しく発するとは。
「ありがとうございます」
「『地球』って星を知ってる?」
わずかな望みをかけて、聞いてみた。地球の言葉を発音できるなら――
「存じ上げません」
……まあ、そんなにうまい話はないか。
「ご期待に沿う回答はできません、先程のものは音を正確に模しただけでございます」
そう。
それだけでもすごいんだけど、ね。
「……」
「……」
そしてまた、沈黙……
……。
魔力波、さっきから感じつづけている。
ここにいる人間の魔力波……あの枯れ草みたいなにおいの1人を除いて、あとはみな同じに思える。きれいに書き写したように、みんな。
でも、コピーじゃない。
わずかに、ほんのわずかにだけど魔力波が違っている。個性、性格――たましいの形、と言うべきか。
そしておそらく――
「きみがここまで連れてきてくれた?」
「左様でございます」
「さっきの話じゃなくて――」
あたたかい背中、心地よい揺れ――おそらく、気を失ってからもういちど目覚めるまでの間に感じたであろうおぼろげな記憶。そのとき、いちばん近くにあったのはこれだったと思う。
「ここまで……どれだけ移動したか分からないけど、背負って連れてきてくれたのはきみ?」
「……いいえ、他の者でございます」
嘘だ。
ここまで即答を続けてきたこの人が、初めて答えるのに遅れた。
「声でわかるよ」
「声は同じでございます」
なるほど。
これは即答。声は同じで、個人の識別はできないと。
「ごめん、今のは嘘。魔力波だよ、識別に使ったのは」
「……魔力波も、同じでございますが」
また少し、返答が遅れた。
案外分かりやすいタイプなのか、この人。
……。
「きみは……きみたちは、どんな存在なんだ?」
何から何までコピーしたように同じ者たち、それって――
「生きた人の身体を持つ者です」
……そうか。
難解な言いかたをされたけど、ちょっとへそを曲げてしまったんだろうか。
全く同じだという外観に、通常と異なる形式の名前を持ち、初めて触れる言語の発音を正確にこなす。魔力波で個人差の識別が可能だが違いはごくわずか――
なんだか、誰かの意思によって生み出された「作り物」みたいに思えたが……
さすがにそんな、人造体みたいなことはないか。そんな技術、あったら真っ先に義勇団が使っているはずだし。いい戦闘員を無限に作れるんだから。
・・・・・・
リリィ、いまどうしているだろう。高山地帯へ行ったらしいけど……高山といっても、どれくらいの高さだ?
うん、それこそ地元の人に聞いてみればいいな。
「さっきみんなが行くって言ってた山、どんなところ? 名称や標高、特徴――詳細なデータが知りたい」
……まて、これ海図データをもらう時の聞き方だ。
「名称は『5ノ山』、山頂の標高は4,122m。円錐型の火山で、最後の爆発的噴火は推定1,300年前。急峻で砂礫が多く、歩行には困難が伴います」
意外な形で、円滑な意思疎通に成功した。
要求に対する正確な応答――投げたボールが、寸分違わずぼくの手に帰ってくる。低く落ち着いた声は聞きやすく、速すぎも遅すぎもしない。
えーっと……円錐ってことは、先に向かって尖っていく形の山。4,000mちょい、それならちょっと高い富士山みたいなものか。
登るなら時間がかかるだろう。いや――
「山頂までテレポート移動、か」
「今回の場合、テレポート先は2,500m地点となりましょう。そこで高地順応を行い、標高3,500m程度まで徒歩で登るものと思われます」
つぶやいた言葉にも、応答があった。
でも、徒歩で行くって? それに、高地順応ってどういうことだ――?
そういえばリリィが行くかどうかの話をしていたとき、誰かが言ってた。心肺機能がどうとか、低酸素状態での活動適性がなんとか、って。
「なにか補助具を使わないのか。宇宙船の船外活動具とか、それに類するものは?」
「採集対象『35の草』の識別方法は香りです。嗅覚が頼りとなりますのでそのような物を使うことは出来ません」
嗅覚――なるほど、それでは補助具は使えない。
真空や低気圧環境で呼吸を助ける道具は、簡単な防護フィールドを張って薄い空気の層を身体の周りに作る。外に空気があっても遮断してしまうので、漂うにおいを嗅ぐことはできない。
でも――それだとつまり、標高3,500mの気圧に何の補助具もなしに晒される、と?
この星の引力はおよそ1G、標高ゼロのときの気圧もおよそ1気圧。地球と似たような環境だろう。なら標高3,500m地点は富士山の山頂に近い環境に――呼吸は厳しいのでは。
「大丈夫かな、リリィ……」
リリィは船乗り。いつも1気圧に保たれた船の中で息をしている。高山の気圧に耐えられるかどうかは――ちょっと分からない。
「あの方は大丈夫でしょう、ご心配には及びません」
すぐ隣で、127号がそう言う。
「そう――」
「心配されるべきはわたくし共の方です」
――?
出会って初めて、この人はぼくの言葉が終わるのを待たなかった。
「高山地帯での活動を想定されていないわたくし共の心肺機能は、通常の人間よりも低く設定されております。採集へ向かった者の最低でも半数は活動不能となり、倒れた者は回収されない可能性もあります」
次々に出てくる言葉の響きは、無感情。
でもその話し方そのものに、感情がみえた気がした。
「貴方おひとりの命と引き替えに、命を落とす者が幾人もおります」




