第56話 危急存亡
相手はぼくにそう告げた。
生きてこの星を出ることはできない、すなわち「ここから逃がしはしない」……
ではなくて。
「そんなにまずいのか」
「ちと言い過ぎたかねエ。すぐ船に戻れば出港は出来るだろうガ、この星系を出るまで命は持たぬ……といったところカ」
・・・・・・
体調がおかしいのには、ここに来る途中から気づいていた。
元々あった手足のしびれに加えて、なにか胸に重しをぶら下げたような、そして妙に思考がにぶるような――小さかった不調はしだいに大きくなって、この星系に入った頃には断続的な吐き気を生じるようになっていた。
思ったよりも毒ガスの影響が強いんだな、とは思っていた。しかし次の有人星系へ到達して治療を受ければ元通り治ると思って、特に何もせずここまで来てしまった。
「本当にそれくらいしか? ……いまこうして話すこともできているのに?」
「一度意識を失っただろうガ。長く持つはずがなかろウ」
確かに、そうだが……
「次に意識を失った時、再び目覚められるという保証はないゾ」
そんなに――?
それはつまり、もし今ここで気を失って何もかもわからなくなったら、その時がぼくの生命のおわりかもしれない――ってこと。
……。
それを回避する手段は……ぼくには、ない。
この状況を切り抜けるための能力を、ぼくは持っていない。
攻撃されて殺されそうなら、生体防護フィールドを張れば防げる。敵が目の前にいるのなら、素手でもそれなりの攻撃はできる。空を飛んで逃げることだってできる。これまでずっと、そうして生き延びてきた。
宇宙に出てからここまで、死の恐怖を感じたことはほぼなかった。それはぼくの精神が強いからじゃない。宇宙空間で息をすることさえできる――ぼくは窒息死することすらありえないからだ。異能が使えるぼくは、今まで自分の死を肌で感じたことがほぼない。
が――
いまは「防御」も「反撃」も、「逃走」もできない。
「……うっ」
頭がぐわんと揺れて、その場に手をついた。
リリィがなにか言ったように聞こえた。
だめだだめだ意識を保て、もしここで気を失ったら真っ暗になったらもう二度と明るさは戻ってこないかもしれない。ぼくのこの意識がこの世から消えてなかったことになってしまう。
頭が揺れる、すべてがゆれる……息が早くなる、止められない……
――バシ!
「――!」
手のひらが汗でじっとり濡れている。指がわずかに震えている。荒い呼吸が、少しずつゆっくりになってくる。
「回復魔法、鎮静――お主は金色の記章の持ち主であろウ、部下も居るのに情けないところを見せるでなイ」
部下――リリィのことか。
金色の記章は船長資格の最上位。ひとりで宇宙航海のすべてをこなすことができる――航路を見いだし、機械類に不具合があれば修理し、船内環境を人間が生存できる状態に維持し、そのほかあらゆることをひとりで。
たとえ船が漂流したとしても、その中にたったひとり閉じ込められたとしても、平静を失ってはならない。
そうだ、こんなことで取り乱すなんて情けない。
なるほど……鎮静の魔法か。よく効くな。
自分のちからで落ち着いたんじゃないんだ。本当に情けないぞ、ぼくは。
平静を取り戻し余裕ができた頭で、とりあえず聞いてみる。
「ここでこの症状を治す、あるいは悪化を止めるすべはあるか」
あればよし、なければ……その時は、消えゆくこの身をせいぜい有効活用できるよう考えよう。
「魔法が効いた途端によく喋るナ」
……それを言われるとぐうの音も出ない。
「治す術はあル、だが時間がナ……もう5日程早く入港していたなら余裕があっタ」
「ナナを、彼を治してくれるのですか」
リリィの澄んだ声が耳に心地よく響いた。
「そう思われるのは癪に障ル、ワレが善意を持って接している等と捉えらえるのハ」
……善意はないんだな。
まあ、仲良くしましょうと手を握り合ったわけではないしな。
「この男が死んだら聞けなくなる事が山ほどあル。生まれた星の事、まだ隠しているであろう能力の事、その他諸々――」
そうだな……ぼくはこの世界にとって異常な存在だ。能力のことも、地球生まれであるということ自体も。
「つまりワレは知的好奇心によってこの男を生かそうと思うておるのダ。折角ワレの目前まで来た大魚を、俎板に乗せる前に死なすのは口惜しいことゆエ」
まな板に乗せられる運命か、ぼくは。
でも、それなら――この相手は、ぼくを生かすことに全力を尽くす必要が出てくる。その知的好奇心とやらを満たすためには、ぼくが地球やそのほか色々なことを語るのを聞く必要があるから。能力を調べるにしても、ぼくが生きていなければ発動しない。
ぼくの頭の中身は、そしてこの身体は、この相手にとって大きな価値がある。それと引き換えに命を救ってもらう、という形にできるわけか。たぶん。
問題は、どうも時間がなさそうだということ。次に意識を失った時、再び目覚められるという保証すらないのだから。
「それなら……もし治してくれたら、そのときは好きなだけ知りたいことを聞いてくれ。色々と珍しい話が頭の中にある。その代わりリリィも、彼女も含めて安全を保障してほしい」
「なにを一丁前なツラをして口を動かすカ。……しかし、その条件飲まざるを得ヌ。ここで揉めていては治療が間に合わなくなル」
話が早くて助かるが、あまり喜べないな。それだけ急を要するということだから。
「『35の草』の備蓄はどれくらいカ」
「0.5kgです」
部屋にいた誰かが間髪入れずに答えた。
「2kgは要ル。採集に向かウ、場所は5ノ山、大至急。出られる者は皆出てこイ」
「承知致しました」
「伝達。採集、大至急――」
魔法で音量を上げられた声が建物中に響く。足音が一斉に鳴り始め、軋む建物は戦闘を目前にした木造艦の様相をみせた。
・・・・・・
「伝達。採集、大至急――」
足音が無数に響きはじめ、事態が急激に動いていることを告げた。
ナナはさっき極端な恐怖の感情をみせた。わたしの「おちついて、大丈夫だからゆっくり息をして」という言葉も聞こえていないようだった。
やっぱり――死ぬって怖いんだ。ナナでも。
鎮静の魔法をかけられてから、ナナはいつも通りか、それ以上の落ち着きぶりで話を進め、わたしの安全を保障することまで約束させた。
女は「35の草」とやらの「採集」を、メイド姿の女の子たちに命じた。
ただの草、というわけではないだろう。「採集」という言葉は魔法学の分野でよく使われる。草そのものに治癒効果があるか、あるいは魔法薬の調合に使うか。
聞こえてくる足音はいったい何十人……ずいぶん人手を集めている。
……どうする、わたしは。
ナナのそばにいてあげたい……けど、なにか起きたらわたしにできることは何もない。さっきだって、わたしの声は届いていなかったのだから。鎮静の魔法が使えれば役に立てるが……
もしナナが死んでしまうなら、そばにいたほうがいいんだろう。最期に言いたいことも、全部聞いてあげられる。最期まで手を放さないでいることだってできるから。
でも――
それじゃあ、だめだ。
それはナナが死ぬ前提の考え。それじゃあいけない。生きて一緒にこの星を出なければ、わたしは義務を果たせない。
前の星系を出るとき、わたしはナナに言ったから。
『あなたは、わたしが守る』
自身も身支度をはじめた女の前に、わたしは立った。
『身体を治せるところまで、必ず連れていく』
そう言ったから――
『「サヨナラ」なんて、絶対に言わせない!』
「わたしも、採集を手伝います」
・・・・・・
「阿呆、ただの船乗りに魔法薬の素材採集が出来るものカ。大人しくしておレ、邪魔なだけダ」
「専門知識はありませんが、義務教育の範囲内での基礎知識はあります。人手がほしいのなら私でも多少の役には立ちます」
「義務教育など何の役に立つか、ここデ」
女は無慈悲にそう言ったが――
「お話し中失礼致します」
わたしの後ろから、どこまでも冷めた声がそれを遮った。
「その者の言には理があるかと思います。現状、人数は1人でも多く必要であるうえ、活動場所は高山地帯です。わたくし共の中で、低酸素状態での活動適性が高い者は12名しかおりません」
……高山地帯か、行く先は。
「心肺機能はその者のほうが勝っているはずです。問題なく活動できる可能性は高いでしょう。対してわたくし共は、少なくとも過半数は活動できないものと思われます」
心肺機能……高い山に登ったことはないから、わたしも自信はないけれど。
でもなんだろう。この子の言いかたは、自分たちの心肺機能が弱いと言っているように聞こえる。同じ人間の身体のはずなのに。
「……そうカ」
女はしばらく手を頭について考えていたが、やがて顔を上げた。
「その女も連れてゆク、支度をさせヨ」
「承知致しました」
前髪の下から、ぎろりとその目がひかった。
「……行くからには働ケ、少なくとも他の者と同じ位にハ」
視線を外さず、うなづいた。




