第58話 自覚のないままに
ぼくと引き替えに、命を――?
どうして……
そりゃあ、ぼくは死にたくない。だから身体を治してほしいと思っている。それはそうなんだけど、なぜ今日ここに来たばかりのよそ者を助けるために、ここの人間が命をかけるんだ。
「貴方さまは先程のお話から察するに、わが主にとって大変な価値がある存在です。対してわたくし共は作業用に作られた働く者――命の重さが異なります。貴方さまの命は、わたくし共の命の20や30と釣り合う程度には重いのです」
働く者……作業用……?
つまり……この人たちはやはり、作られたもの――?
そして――
「……」
命の重さが、ぼくよりも軽い。
・・・・・・
今まで……今までは、ぼくは自分の命は他人より軽いと思って生きてきた。義勇団の中では比較的重いほうだったけど、そもそも義勇団の戦闘員だというだけで命は軽かった。
こないだの星だってそうだった。
理不尽に虐殺される民間人たちと、命令に逆らえず壊れるまで戦う義勇団員たち。前者はみなに悲しまれてきちんと弔われ、後者はだれにも知られず味方に「処分」される。いのちの重さが違う者たちがいま、この星の外にひしめいている――
戦闘船と民間船が入り乱れる宇宙に、そう感じていた。
それが、いま……
20や30の命と引きかえに、ぼくのこの命が救われようとしている。
ぼくは、誰かの命を食い物にして生きる側になっている。
・・・・・・
知らなかった。誰かの命を食おうとしていることを、分かっていなかった。
だから今までは仕方がなかったが……
――いや、違う。
誰かの命を食い物にする奴は、そのことを自覚せずに食っている。
仕方がなかった、じゃない。
自覚していなかった――それこそが命を食い物にする奴の姿。
知らなかったから仕方がなかった――それはそういう奴らが言う台詞。
だから自らには罪がないと、血の滴る口で言うんだ。
……どうしよう。
今からでも引き返させるか、みんなを。
どうやって? あの相手はぼくに興味を持ったから生かそうとしている。やめてくれとぼくが言ってもやめないだろう。
それに、引き返させたらぼくは――
次に意識を失ったら、再び目覚めることはないかもしれない。地球から離れさせられて、果てしない戦闘行為にこき使われて、逃げ出して宇宙の海を流れに流れて、そしてこのどこだか知らない星の土にうずもれて消える。
くそ、こんなところで……死ぬのはせめてもう少しマシな暮らしを経験してからにしたい。しあわせに満ちあふれてなくていい、ただ人並みのしあわせが欲しい。
こわい、この意識が途絶えて二度と戻らないのはこわい。死んだらその後、ぼくはどこに行く? どこにも行かないのか、消えてなくなるのか。それじゃあこうしてものを考えているぼくの意識はなかったことになるのか。
死にたくない、いつまでも生きたい。この意識を永遠に保ち続けたい。みじめに死ぬのはいやだ、でもきれいに死ぬのも結局は同じだ、あの世行きだ。どっちもいやだ――!
――バシ!
「う……」
恐怖がサーッと引いていく。こわばりが解けて、たましいが抜けるくらいに長いため息が出た。
「回復魔法、鎮静――」
……。
鎮静の魔法の効果が切れかかっていたのか。
精神状態が思ったよりよくない。鎮静の魔法がないと一気にバランスを崩す。
おまえ、自分が死ぬことがそんなに怖いか。
……怖い、ってことなんだろうな。
「ありがとう、助かった」
この人も鎮静の魔法を使える人だったから、助かった。
「死ぬことが、恐ろしいのですか」
「うん。自分で思っていた以上に」
「ご自身で幾人も手にかけてこられたのに?」
それは違う、まだそうなると決まったわけじゃない。誰も、まだ死んだわけじゃないから――
「義勇団なる組織については、知識として教えられております。貴方さまはその構成員であったとのことですが、殺人に手を染めておられなかったのですか」
それ、か……
「……やっていた」
それであれば、もう――何年も前から手遅れだ。
「1人ですか、2人ですか」
「もっと多い」
何十人でもない――何百人か、何千人か。
ほんの、それだけ……?
軍艦も民間船も、ひとりで沈めたことが幾度もある。戦艦を片手で沈めたことが1度あって、普段まともに会話もしない団員同士の間でも「戦艦殺し」ともてはやされた。
大型客船や戦艦、巡洋艦に乗っている人間は数百人か数千人。それを数も覚えていないほど沈めたのだから、手にかけた人数は万単位になるだろう。十万単位ということもあり得ないとは言い切れない。
突入隊として船に切り込み、直接手にかけていった時だってあった。相手の事は考えないようにして、その行動自体を快感と捉えて次々に。
あの時のひとりひとりが、いまのぼくと同じように死を肌で感じて恐怖していただろう。
そうか。
この感覚が「死」の味か……
「それだけの事をしてきた貴方ですのに、御自身の命ひとつをなくすことが怖いのですか」
「……ああ」
それが怖いから、今日までひとりで淡々と宇宙の海を渡り続けてきた。
「そのような御方とは存じませんでした」
まあ、今日が初対面だから。
こんなもんだ、ぼくは。
「世の中には、自身の命と引きかえに全ての人を救おうとした義勇団員もいらっしゃいますのに」
……いるのか、そんな奴。
「わたくし共はみな、その御方に憧れを抱いております」
見上げた奴だ。世間はだれも義勇団員のことなど理解しようとしない。そんな世間さまたちに命を差し出し、あまつさえ救おうとするなんて。ぼくはひとり逃げることしか、しようと思わなかった。
だれかに憧れられるようなことなんて、やってこなかった。
・・・・・・
それから――
127号があれきり声をかけてこなかったのに、ぼくは少し安堵した。
ぼくが一度嘔吐したのを、127号は黙って片付けた。夕食としてスープと栄養補給用の魔法薬を飲むのを、ここに来る時のリリィと同じように手伝ってくれた。
・・・・・・
「採集に向かった者の帰還は、早くても明後日になるでしょう。今日はもうお休みください」
休む、か……
でも――眠るってことは、意識を失うのと同じだろう?
「乗ってきた船の船内時間と、ここの時間が合ってない。だから――」
「眠ったらもう目覚めない、ということを恐れられているのは理解しております」
……。
この人の察しの良さは、この部屋に連れてきてもらった時から分かっていたけど。心の内を知られるのは、思ったより嫌な感じだ。だれも理解してくれないのもつらいけど、それでも。
「どのみち眠らないわけにはいきません。最低でも明後日までは待たなくてはならないのですから」
そうだけど――
――バシ!
「うっ……」
鎮静の魔法――? 前のがまだ切れてないのに。
「わたくしの役割は、貴方さまが絶命しないかどうかを見張ることです」
――バシ!
「貴方さまが早いうちに絶命なされたなら、わが主も今回のことは諦めてくださるでしょうに」
――バシ!
ぐらり、と世界が揺れた。
身体の力が抜け、なにかの上に倒れた。
鎮静の魔法の連打……ちからが、入らない。
――バシ!
「いっそそうなってしまえば、事は全て穏便に済むでしょうに」
口がうごかない……言葉がでない……
「全ての人を救おうとした義勇団員は言いました。われ義勇団の元構成員なり、今は双方の事情を知り――」
なんだ……なにかを暗唱して……
子供に、本を読み聞かせるみたいに……
「かつ義勇団が使用する全ての暗号表を所持し居る――」
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只今その暗号表を全世界に向け送信す。添付せしデータを確認のうえ、これを用いて義勇団司令部を特定し撃破されたし。さすれば義勇団はその活動を永遠に停止するであろう。
われは生存の見込み無きにつき、今後の協力は不可能なり。ここにわが生命をかけて託す暗号表を、可能な限り全ての送信先へ転送せよ。
全人類に告ぐ、今こそ悲劇の歴史を断ち切る時である。平らかなる海を取り戻せ。
サヨナラ
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その、文章……メッセージ……
暗号表を送ったことは、ここに来てから、言った……
でも詳しい通信内容は、まだ……
でも、知っている。それは、つまり……
「あのとき……通信……」
聞きたい、これだけは。
だから、重い唇を動かして――
「届いた、か……ここに……」
いま、死に直面している理由……この命をかけて送信したあれは……
「暗号表、は……?」
「展開に成功した、と聞いております」
……よかった。
……。
「……お休みなさいませ」




