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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第51話 ごはんとお風呂

 追跡してきた4隻の敵船の動向を確かめるため、わたしはナナの助言でしばらくレーダー画面を監視していたが、敵船はいずれもその場から動かなかった。おそらくは、船位を失ったため前進も後進もテレポート移動もできないのだろう。本船を追跡できる能力は失ったとみていい。

 本船は行き先を完全に秘匿するため、当初予定の大回り航路――通常テレポートあと6回、転移クリスタルによるテレポートあと1回――にて「第1842恒星系」へ向かうこととした。


・・・・・・


 操舵席から離れて身体を伸ばしたり、背もたれを倒してちょっとだけ仮眠をとったり――休息を挟みつつレーダー見張りを続けること6時間45分。

 航海システムには20宇宙海里(マイル)以内に宇宙船が入ってきたら警報するよう設定してあったが、警告音が鳴ることは一度もなかった。敵船は初めの位置から動きだしてはいたが、海図もない中で不用意に推力を出したのか、今はおかしな軌道に入ってふらふらと漂流している。


 通常テレポート予定位置に到達し、2度目のテレポートを実行する。これで敵船は本船の姿を捉えられなくなる。

 あらかじめ入力してあった諸元に訂正が必要なものがないかよく確かめ、主機関をテレポートモードに切り替えて、自動操縦「執行」ボタンを押した。


 外部モニターが真っ黒に染まり、テレポートインは完了。


 ……これでもう、逃げ回る必要はなくなった。船はいま、誰にも知られていない安全地帯「第1842恒星系」へ向かう航路を走っている。


・・・・・・


「リリィ、今度こそ、おつかれさま」


「うん。ありがと、ナナ」


 いつ以来だろう、ようやくこの船に平穏な通常航海の時間が戻ってきた。ゆっくり寝たり、ごはんを食べたり、シャワーをあびたり……ナナとおしゃべりする時間も、たくさんある。


「とりあえず、寝たほうがいいかな。またおれの部屋使ってよ」


「うん……」


 いまこの船の中で使えるベッドは船長室のものだけ。がらくたを片付ければ他の部屋も使えるようにはなるけど……いまこの重い身体で、それをする気は起きなかった。


「ごめんね、何度も」


「いいさ。片付けてくれたのはリリィでしょ」


 ほとんど手を付けられなかったけど、ね。


「リリィはなにも考えずに寝てて。おれ、船内を軽く見て回ってくるから。少しくらいは片付けしておくよ」


「だめ」


 それは即答で却下。


「目がみえてないんでしょ。危ないから」


「気配探知があるからいけるよ。よくみえてる」


 だめ。片付けなんて――なにかの破片とか、手を触れたら怪我をしそうなものがあちこちに転がっている。やらせたくない。

 でも……わかる。それを説明しても、ナナは「大丈夫」としか言わないって。


 それなら――


「あのね、わたし……怖くて。いま寝たら、二度と起きれない気がして。こんなに疲れたの、初めてだから。だから、ナナにそばにいてほしい。充分寝たら、その時に必ず起こしてほしい。……だめ、かな?」


 これでどうだ。


「……わかった。じゃあ、一緒にいこう。ちゃんとそばにいるから」


 成功。

 わたしの勇者さまの、宇宙一のやさしさは伊達じゃない。


・・・・・・


 ふたりで操舵室を出て、船長室へ向かった。


 罪悪感はない。ナナをだましたとは、思ってない。

 嘘はついていないから。


 並んで船長室に入って、これで3度目のナナのベッドに横になる。


「おやすみ、リリィ」


「うん……」


 大丈夫、このひとはわたしが死んでしまったとしても必ず目を覚まさせてくれる。


「……おやすみ」


・・・・・・


「うー……ん」


 目を開くと、黒い天井。窓のない部屋。


「……」


 ――そうだ。

 ここは宇宙船「GSL209」の船長室。


 どれくらい眠っていただろう。頭も身体も、すっかりらくになっている。

 身体を起こすと、ナナが上半身だけ同じベッドに横になって眠っていた。いまベッドにたどりついて、床に膝をついて倒れ込んだみたいに。


 ……そうだった。ナナもあれから休んでなかった。


 わたしに言われた通り、ずっとそばにいてくれたんだ。きっと疲れてちょっと横になったつもりで、寝てしまったんだろう。

 起きた時のためになにか飲み物かお菓子でも……と思ったけど、やめた。目を覚まして、だれもいなかったらどんな気持ちになるか、と考えて。

 ベッドの上に引き上げたいけど、起こしてしまいそうだ。このまま隣に座って、見守っていよう。


 すぅ、すぅ……と、愛おしい寝息が絶え間なく聞こえる。


・・・・・・


「……」


 ……寝てた。


 リリィのことをみているつもりが、疲れを感じて、ベッドに半身だけ横になったところから記憶がない。

 目を覚ましたらすぐそばにリリィの気配があって、ぼくが起きたのに気付いたか「おはよう」とやさしく言ってくれた。

 気配探知を立ち上げなくても、空気越しにじんわり感じる暖かみのようなものと、胸をくすぐるにおいが包んでくれていた。


 変な姿勢で寝ていたからあちこち痛いけど……とりあえず寝たんだ、次のことをしよう。


 ぼくたちは寝ていなかっただけじゃない、食事もとってないしシャワーも浴びていなかった。食べなきゃ力も出ないし、シャワーも浴びないとそろそろきつい。気持ち的なものもそうだけど、あまり不衛生にすると船内を汚すし病気のもとにもなる。ぼくの回復魔法は打ち身や擦り傷を治すのがせいぜい。病気のことはまるで分からない。だから船医のいないこの船で、病気になるのはまずい。


 さて、どっちを先にするかな。


「リリィ……」


「ん?」


「ごはんにする? お風呂にする?」


 ……言ってはみたけど、これぼくが言う台詞じゃないな。

 なんか、こう……なんだろう。


「おふろ――?」


 戸惑ったようなリリィの声。そうだよね、ふたりでお風呂は嫌だよね。


 ……じゃないか。


 そうだった、ここに「シャワー」はあっても「お風呂」というものはない。リリィは知らない単語だったな。

 「お風呂」について軽く教えたが、リリィから答えが返ってくるのには少し時間がかかった。


「じゃあ……シャワー、いっしょに浴びよ」


 なんで――!?


・・・・・・


 結局ごはんにすることにして、ぼくはお風呂から逃げた。


 食堂は気配探知でみるだけでも酷いありさまだったが、床に散らばった食器の破片をリリィが箒で片づけてくれて、とりあえずふたり並んで座れるだけの場所は確保した。

 リリィが言うには、元々搭載していた食料は全て持ち去られていたらしい。あの星の軍はぼくが乗っていたこの船を義勇団の船と思っていたようだから、義勇団の船内食のサンプルとして回収したんだろう。あれただの市販品なんだけどね。

 しかし今は食料を積んでいるとのこと。出港する前、ぼくがまだ義勇団の暗号表を全世界へ送信しようとあれこれやっている時に、リリィはひとりで誰もいなくなった軍の施設を見て回って、倉庫から艦船補給用の物資を見つけて船に運び込んでいたらしい。食器類もふたり分もらってきたと言っていた。

 いまはリリィによさそうな食べ物を取りに行ってもらっている。一緒に行こうとしたら、「危ないから座ってて」とぴしりと言われたので、ぼくはいま大人しくここに座っている。


 それはそうとして――「お風呂」、どうしよう。


 見えていないとはいえ、リリィと一緒に入るのはまずい。こころがもたないし、第一リリィは見えてるじゃん。

 ひとりで入りたい……けど、リリィが一緒に入ろうと言った理由も、もっともなものだった。


 ぼくはいま、目が見えていない。別に問題はないと――視界ゼロでも気配探知で何でも自由にできるから大丈夫と思っていたけど。実際にこうなってみると、意外にできないことが多いのに初めて気がついた。

 計器表示が見えない、というのがいちばん不便なところ。気配探知ではそこにモニターがあるのは分かるが、表示内容は見えない。空間に表示するタイプの仮想モニターの場合、モニターそのものが気配探知に引っかからなかった。今まで気にしたこともなかったが、気配探知は視覚と併用することが前提になっていたのだ。

 広い場所はいいが、狭い空間では壁や物の気配が近すぎて、視覚なしだと戸惑うというか、全方向至近距離に気配を感じて周りの様子がよく分からない。脱衣所、シャワー室――ひとりで入る自信があるかと言われれば……ない。


 リリィはそこまで把握していたわけではなかったようだが、目が見えない状態でひとりで水を浴びさせるのは危険だと判断していた。確かに、それもその通り。なにも見えない状態での入浴は、命に関わる事態を起こす可能性もある。


 なにも見えない状態、水が降り注ぐシャワー室で転倒でもしたら、パニックに陥る可能性もある。そしてパニック状態となれば上下の感覚なんて役に立たなくなる。

 気配探知を使ったとしても、狭いシャワー室内で液体を浴びるのは……水滴は雨に似たようなものだからちゃんと探知できるだろうけど、水滴全部が気配探知に反応するはずだ。壁が近い狭い室内で気配だらけになって、頭が混乱しないとはぼくも言い切れない。そのままパニックに陥るおそれも、当然ある。

 そして水というのは、意外な少量でも溺れることがある。気配の多さに混乱しパニックになった末に、シャワー室内で溺死――あり得ることだ。

 だからいま、ぼくはひとりでシャワーを浴びてはいけない。


 さすがにぼくは、入浴は諦めようと思った。目が見えないというのは、こういうことなんだな、と思って。

 しかしリリィが、なぜか強く反対した。「わたしが手伝うから、きれいにしよう」って。


 袖を鼻に近付けてみる。

 変なにおいは、しない……と思うけど……


 そんなに汚いのかな……


・・・・・・


 「ごはん」の方も、それはそれで大変だった。


「ふー、ふー……はい、あーん」


 大人しく口を開けると、そっとスプーンが差し入れられた。なにかの肉の味……リリィが選んでくれたのは、結構おいしい肉料理だった。これが軍の糧食か……あいつらいいもの食ってたんだな。

 スプーンが口から抜かれ、ぼくは口に残った肉を噛んで飲み込んだ。


「よく噛んで、ナナ。急がなくていいから」


「はい」


「ふー、ふー……」


 別に、なんかそういうプレイとかじゃない。そんな感じになってるけど、そうじゃない。


「はい、あーん」


「あー……むぐ」


 飯くらい普通に食えると思っていたが、気配探知では皿と食べ物の区別がつかなかった。熱探知で見えはしたが、皿も熱を帯びていて分かりづらかった。


 「異能」は、意外に使えないんだなと思った。ついこの間までは、これさえあれば攻撃も防御も宇宙飛行も、なんでもできると思っていたけど。


「ほら、あーんして」


「……むぐ」


 リリィはまだぼくが何も言わないうちから、流れるように「ふー、ふー」をして、「あーんして」と言って……そしていま、こんな感じになっている。


「リリィ、きみも食べなよ。さっきからおればっかり……」


「ナナがきちんと食べれたら、わたしも食べるよ」


 こども扱い……いや、幼児扱い。

 これでも宇宙船長なんだぜ……少なくとも、資格上はまだ。


「はい、あーん」


「……むぐ」


 とりあえず、今は大人しく食べさせられよう。ぼくが早く食べ終えれば、リリィも自分の食事ができる。

 それにしても誰かにご飯を食べさせてもらうって、いつ以来だよ……


 ……。


 地球で――まだ箸も持てなかった頃、か。


 母さんに。


・・・・・・


「はい、あーん」


「……あ、……むぐ」


 考え事をしていたから、ちょっと出遅れた。


 リリィ、この間といい今回といい、ぼくのお母さんみたいになっているけど……リリィにお母さんになってもらうつもりはないぞ。ほんとに。ちょっと年下相手に、そんなプレイはしない。


 そう。もうこの世にいない母さんの、代わりなんていない。


 母さん、亡くなるの早かったんだよな。


 ね、母さん……おれ、案外幸せな人生を歩んでるかも。

 少なくとも、生まれたことを後悔するような気分には、今はならない。


 母さんの骨が収められたうちのお墓に、もう行けないのは心残りだけど。


 母さんがもう死んじゃってて、かえってよかったのかもしれない。もし生きていたら、ぼくが義勇団の輸送船に乗って宇宙へ出て、地球から失踪してしまった時――どれだけ悲しんだか分からないんだから。


 そこから立ち直れたか、分からないんだから。


「――? ナナ?」


「あ、ごめん。あーん……」


 だめ、だめ。余計なことは、過ぎたことは考えない。

 人は誰だって死ぬ、早いか遅いかの違いがあるだけで。


 ぼくを産んでくれた母さんのことは、ときどき思い出せばいい。


 いまは、いまのことを考えればいい。


・・・・・・


 ナナは食事の途中、いちど集中を乱したようにみえた。

 ちょっとぼんやりして……ほんの少し、目尻がうるんだようにみえた。


 熱かった――?


 ……なんだか、違う気がする。


 どうしたのかを、わたしは聞きそびれた。


 食事を終えて、わたしはナナにシャワーを浴びせてあげようとした。

 ナナはどうやらきれい好き……じゃないな、部屋汚い。たぶん、シャワー浴びるのが好きなんだと思う。


 この間、ナナとお母さんごっこみたいなことして気まずくなった時……いけないまた気まずくなってきた、考えちゃだめ。とにかくあの時、ナナは頻繁に浴室に行っていた。顔は合わせなかったけど、その様子はそっと後ろから見ていた。


 入浴の間隔は、船員法で定められている。閉鎖空間である宇宙船内で不衛生になった人体が細菌の巣窟とならないようにするためだ。標準の規定では、入浴の最大間隔は72時間。船長命令でこれより短くすることはできるが、そんな面倒なことをする船はまずない。

 でもナナの入浴間隔はだいぶ短かった。おそらく1日1回――24時間以内。かなり頻繁だ。

 どうしてそんな変わった習慣を持っているのかは分からないけど、あんまりしゃきっとしてない彼がそんなに入浴にこだわるんだ。なんとかしてあげたい。

 さいわい……って言っちゃいけないけど、ナナにはなにも見えてない。ここにはわたしたちの他に誰もいない。それならいっしょに――わたしが心を無にしてさえいれば、いける。


 でもナナは恥ずかしがって頑なにそれを拒否した。


 タオルで身体を拭くだけでいい、って言っていて、タオルで隠せばいっしょに入れるって言ったら、水循環システムのフィルターが詰まるって言われて押し切られた。

 結局ナナは自分で身体を拭いて、頭洗えないからお願いって言ってきて、大バケツを使って洗った。バケツにしたのはわたしじゃない、ナナ。殺菌処理したやつがあるから大丈夫、って。なにその自信満々な顔。バケツだよ、雑用に使う大バケツ。わたしモップ洗ってるみたいになってたよ。


 それから、着替えにも少し難儀した。


 服の替えはお互いもうなかったから、わたしが軍港からもらってきた軍服を着て過ごすことになった。ナナのぶんはサイズが分からなかったから色々持ってきたけど、ちゃんと合うのが見つかって着せれた。着替えもずいぶん恥ずかしがったけど、服の前後も分からないんだから、わたしがそばで手伝う以外になかった。大丈夫、あなたは湯気を噴いてないからまだ大丈夫。


・・・・・・


 お風呂は回避したぼくだったが、着替えからは逃げられなかった。確かに気配探知ではそんな細かいものはみえない。それにこの震える指ではボタンもかけられない。手伝ってもらう以外になかったが……彼女の目の前で何から何まで脱いで、そして半ば彼女に着せてもらって。情緒は破壊されかけた。


 空いた時間は、少しずつ片付けをした。まず船長室をある程度、それから第2乗員居室――リリィの寝場所を。第1居室は自動扉故障のため使えず一旦放棄した。第2居室は以前ぼくがリネン類を山積みにしてリリィに「むー」って顔をされた部屋だったが、何も言われなかったから覚えてないな。よかった。


 気配探知は狭い空間に弱いとうっかり言ってからは、船内の狭そうな場所は必ずリリィが手を引いてくれた。そこまでしなくていいんだけど……暖かい手が心地よくて、そのまま手を引かれて歩いた。


・・・・・・


 誰の記憶からも消え去って久しい静寂の海。

 第1842恒星系へ、船はふたりの暮らしを乗せて、静かに航海を続けていく。


 そこに待つものを、知る(よし)もなく。

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