第50話 忘れ去られたライン
主操舵席に座り、ぐっと歯を噛みしめて集中力を絞り出す。
正面に表示させた計器がテレポートアウトの兆候を示し、カウントダウンが開始された。
……テレポート完了。推力レバーが自動で「STOP」位置に戻り、主機関はテレポートモードから通常の推力モードに切り替わった。
あらかじめ先の航路を設定してある自動操縦が、機関の推力を上げて増速に入った。
できるなら一気に次の通常テレポート位置まで行ってしまいたい。しかしそんな遠くまでは、わたしが考えた超短距離テレポートでは行くことができない。
他船が行き来していて危険だから――という理由もありはする。しかしそれ以上に、いま超短距離テレポート1回で済ませられない理由は、テレポート先が遠すぎて詳細な探知ができないからだ。
船単独でのテレポートの場合、理論上は任意の位置にテレポートアウトすることができる。しかし実際にはテレポートで出る位置は決められていて、その場所にぴたりと合うようにテレポートする。
任意の位置にテレポートするとなると、そこに何か物体があっても事前にそれを知ることができない。すると、出た先に支障物があってテレポートアウトの瞬間に衝突する可能性があるわけだ。だから実際の航海ではテレポート先を自由に決めることができない。海図に載っているテレポート可能位置――支障物や強い引力の作用などがないことが確かめられている位置――を目指して飛ぶのが通常のテレポートだ。
テレポートで出る位置が決められていると、連動してテレポートに入る位置も決まってしまう。たとえば恒星系の中なら、基本的に船は主星に対して公転する軌道を航行するのでテレポート開始点および終了点は常に移動し続けており動いている終了点へ転移するためには対応する1点(終了点の移動に合わせ移動する)のみが開始点となり――と航海術の教本にはあるが、つまりは決まったテレポート終了点に出るには決まった開始点から飛ばなければならないという話である。
超短距離テレポートは開始点と終了点が近く、さっきの場合はどちらも同じ恒星を回る軌道上にあった。それならばあまり複雑なことは考えなくてよく、船の探知装置でテレポート先の状況を探れるだけの近距離なら任意の位置にテレポートできる。短時間のうちに膨大な作業が必要となるが。
しかし次の通常テレポート予定位置はまだ遠い。ここからでは微細な漂流物や他船のあるなし、ある場合はその正確な位置等――必要な情報を観測できない。一気に次の通常テレポート位置まで移動することは、ここからではできない。
本来なら通常航行で向かえばいい距離だが、いま本船は追われている。だから予定コース上を航行しつつ、小刻みに超短距離テレポートをする。追い付かれないためには、そう航行する以外にない。
ここはどこの星系でもない恒星間空間……海図を見ても、天体も何もない広い場所だ。支障物なしとみなして、詳細な観測なしでテレポートすることも考えなくはなかったが……
でも万が一、そこに小さな漂流物があったら……たとえ握りこぶし大のものでも、接触時の角度と相対速度によっては全開にした防護フィールドが破られることもある。
さすがに、それはいけない。宇宙を航海するのに賭けをしていたら、1度や2度は幸運に恵まれても、いつかは破滅を迎える時がくる。
・・・・・・
――!
来た、後方にテレポート反応。さっき本船が抜けてきた転移クリスタルのところだ。
次のテレポート先の観測は、ちょうど今終わった。自動操縦に諸元を入力して……
手が滑って、違うキーを押した。
汗が吹き出るのを感じながら訂正し、もう一度全体に目を通してから「執行」ボタンを押す。外部モニターの映像が途切れる――
すぐ、色が戻ってきた外部モニター。
船位測定……予定の位置にいる。
次のテレポート、転移先は――
「リリィ、ちょっと待って」
「……ん?」
ナナの言葉に反応が遅れたのは、わたしの疲労のせい。まだ状態が悪いことを、身体が如実に示している。
また少し、汗が出たように感じた。
「もう少しゆっくり行こう、次のテレポートは敵に先制させて。おれたちは後からでいい」
どうして。前を押さえられたら、わたしたちはもう……
「おれたちが向かってるのは『第1842恒星系』、現行の海図に載っていない場所だ。それなら――」
・・・・・・
後ろの敵船が、テレポートで消えた。
すぐ、前方にテレポートアウトした船が4隻。左20度の方向に2隻、右10度仰角40度の方向にも2隻。どの船も、本船の予定コースから外れている。
ナナの読みは当たった。
忘れていた、わたしたちは海図にない海域へ向かっていることを。
テレポート終了点に対応した開始点は1点……そして海図上でそこへ向かって引かれる線が通常航路だ。この海域には、2本。本船を追い越した敵船は、そのライン上へテレポートした。
しかし本船はどちらのラインからも外れ始めている。2本の通常航路から徐々に逸脱していく。
だが――重ねて表示した古式海図には、3本目の線が引かれている。
第1842恒星系へ向かう航路……忘れ去られたもうひとつのライン。本船はその上にぴたりと乗って進んでいる。
この航路があることを知らない敵船は、現行海図にある2本の航路を遮断しにかかった。
彼らは本船がなぜ通常航路から外れていくのか分からない。攪乱のためあえて航路を外しているのだ――と考えるのがせいぜいだろう。
この後こちらを追いかけにかかるだろうが、本船が目指す位置を知ることができない敵船は、絶対に先回りできない。超短距離テレポートで飛んだ本船の位置を確認してから、後を追ってテレポートすることしかできない。
ナナは落ち着いている。敵船に追われて、目も見えずこわい思いをしていると思ったけど……たくましい。やっぱり戦いの経験があるひとは、こういう時しっかりしてるんだ。
「……」
……そんな経験、してほしくなかった。
いまナナが落ち着いているのは、かつて本人の意にそぐわない戦いの中に放り込まれてしまったから。本当はこういう時、おびえている人のほうが幸せだと思う。たくましくなんて、なくていいから。
・・・・・・
ナナの助言に従って、わざと後手に回りながら超短距離テレポートを繰り返した本船は、ついに通常テレポート予定位置に到達した。
敵船は読みをことごとく外し、毎回本船から離れた位置にテレポートしていた。
航海システムに読み込む海図を、完全に古式海図に切り替える。本船にしか見えていない第3のテレポート先がはっきりと表示される。
「主機関、テレポートモード……テレポートはじめ」
周囲の空間がゆがみはじめ、外部モニターから宇宙の光が消え始める。
1隻の敵船が本船のまっすぐ前方に出てきたが、その読みも外れだ。そこまで本船は行かない。そこは進路上じゃない。
外部モニターは真っ暗になった。
計器表示は完全にテレポート状態になったことを示し、わたしは主操舵席に沈み込んだ。
「リリィ……おつかれさま」
ナナ……まだ、分からないけどね。敵船がテレポートの痕跡を辿ってついてくるかもしれない。
「ごめんよ、何もかも全部押し付けちゃって」
「ううん……わたし今、船長だもん。これくらいやらなくちゃ」
あなただって今まで、この船の船長として、たくさん無茶苦茶なことしてきたでしょ。
「休もう、テレポートが終わるまでは」
「……うん」
席を立つとき、ちょっとよろけたふりをして、がしっと支えてもらった。
……ありがと。
・・・・・・
2時間後――
またナナの部屋で休んだわたしは、もう一度ナナにやさしく起こしてもらって、操舵室に戻った。それからすぐ、1回目の通常テレポートが終わって通常空間へ出た。
航海システムは電波検知器・光検知器・探知魔法装置を連動させ周囲に見えている星を観測し、海図と照らし合わせてすぐに現在の船位を割り出した。
本船のテレポートの痕跡を追ってきたらしい敵船は、飛べる船から順次飛んだのか、1隻ずつテレポートアウトしてきた。
そしてそこで、沼に足をとられたかのように停まってしまった。
やはり、海図がなければ何もできない。
地上ですら、知らない場所を地図もなしに歩けば迷う。上下左右の定まりもない宇宙空間では、船位が分からなければ推力さえ出せない。推力を出した時に船がどんな軌道に入るか分からないから。そして海図なしではいくら探知装置を稼働させても、映る星々が何なのか分からないから船位が測定できない。
停まったままの敵船を置き去りに、本船は古式海図のラインに乗って速力を上げていった。




