第49話 超過負荷の代償
テレポートアウトする敵船の位置を突っ切って、わたしは船を転移クリスタルへと進めた。
生じた激しい衝撃に、サーッと血の気が引いて額が冷たくなった。
外部モニターに映っていた星々が、かき消えた。
……大丈夫。衝撃を感じたのなら、大丈夫。もし衝突していたなら、衝撃を感じる時間すらなく、わたしは船ごと粉砕されたはず。テレポートインには成功している。
何とかなったと思った瞬間、全身が猛烈に重くなった。
環境制御システム、疑似重力の制御が異常動作――
ナナがなにか大きな声を出して、席を立ったのか足音が聞こえた。
普通の足音……船内の疑似重力がおかしくなったのなら、床を踏む足音は普段と違って聞こえる……はず。足音が普通なら、船内重力は1Gより、大きくも小さくもない。
背もたれから、軽い衝撃を感じた。ナナが後ろに、回ってきたんだろう……
それが分かっても、身体がいうことをきかない。
想定外……まさか、こんなに、なるなんて。
2時間余りにわたって続く、極度の緊張を、甘くみていた。
右の肩にあたたかい手が、触れてきて、なんだかほんのり、気持ちがゆるんだ。
「ごめん、ね。ちょっと、大変だった……」
「いまテレポート中だろ、ここ2時間くらいかかるから。横になってやすんで」
ナナにそう言われて、計器盤をみた。
「あと……1時間48分……」
それと、さっきの衝撃……とりあえずテレポートインには成功したけど、どこか壊れていてもおかしくないから……
「さっきのダメージ、確かめないと……」
「いい! ダメージはない!」
どうしてそう言い切れるの……?
「リリィ、早くこっちへ。テレポートが終わるまでは何もしなくっていいんだから!」
座席を後ろに下げられた。
ナナがわたしを抱えて座席から出そうとする。
迷惑はかけたくなかったから、できる限りの力で、ナナの手に従って座席から出た。
彼はわたしを床まで引っ張っていって、それからあたたかい膝のうえに寝かせてくれた。わたしを見下ろすナナの顔……ああ、いいな。こころが安らぐ。ここから出たくない。
ナナはわたしの顔を見て、それから「借りるよ」と言ってわたしのポケットに手を突っ込んだ。
引っ張り出したハンカチで、額を雑に拭いてくれる。
そうだね、あなたはハンカチ持ってないもんね。
ちょっと笑った。
ナナもすこし、こわばっていた表情をゆるめた。
・・・・・・
そのまま何分経ったかわからない。
ナナの膝の上に寝て、もうすこし甘えようかなと思ったけど……
それはいけない。
甘えるにしても……こんなだらしなく甘えて大丈夫なのかはともかく、いまそんな時間の余裕はない。
まだこの後にも、複数回のテレポートが残っている。そしていま機器類を操作できるのはわたしだけ。
いちど深く息をはいて、それから身を起こした。ナナが止めようとしてきたけど、振り払って起きた。
「大丈夫、もうらくになったから。準備しないと、次のテレポート」
敵船は追ってくるはずだ。さっきわたしがやっていた超短距離テレポートは、転移クリスタルに着く頃には明らかに模倣されていた。きっとこの先、敵船も同じようにして追ってくる。本船も超短距離テレポートで逃げないと、敵船にテレポートで追い越され行く手を遮られてしまう。
しかしナナは首を振って言った。
「いい、後でやればいい。動ける? ならおれの部屋で横になって。ここより少しくらいはマシだろ」
でも……
……。
――! いけない、それはだめ――!
「だ、大丈夫。ここでいい、ここがいいから」
「ベッドに横になったほうがらくだろ、行こう」
だめ、だめ……それだけは……
船長室は……この船のすべての部屋は、軍に拿捕されたあと、強引に調査されたのか隅から隅まで引っ掻き回されて、滅茶苦茶に荒らされてしまっている。全ての収納は開けられ中身を床に出され、金庫は破られ、食堂の食器類もあらかた割られて床に散らばっている。
ナナを船に迎える前に、ひとまず通路と操舵室だけは片付けられたけど、物資の積み込みと主機関の始動を優先したから、船長室はほとんど手を付けることができなかった。他の部屋にも、通路に引きずり出されていた色々な物を押し込んである。航海の邪魔にならないように。
ナナにそんなものを見せるわけにはいかない。大切な船の、そんなところは見せられない。
「……っ! そうか、あいつら……」
ナナは少し考えて、そう言った。
……たぶん自分で、理解してしまった。
「とりあえず、ベッドは? 使えない?」
「ううん、物はどけておいたから寝られはするけど」
「ならいい、行こう」
肩を貸そうとするナナ。
大丈夫、もう平気。自分で行けるよ。
・・・・・・
物が倒れ破れた航海記録が表面を覆った机、踏みつけられ黒い足跡がついたシーツ、床に転がったジュースのボトル5~6本、散らばっているナナの私服――
わたしが初めてここに来たときに見た、ずぼらな男の子の部屋じゃなく……これは無惨に荒らされた、彼のたいせつな住み家……だった空間。
ナナにぐっと腕を引かれて、そのままベッドに寝かされた。
ああ、男のひとの部屋の中で、こうされて、わたしは……
と思ってみたけど、わたしの胸の中にはなにも起こらない。身体じゅうのすべてが重くてにぶい。
今なら顔から湯気を噴いても構わない――と思うのに、なにも感じない。
「リリィ……ちょっとごめん、テレポートアウトまでの時間、わかる?」
ナナは壁に備え付けられたモニター……の1メートルくらい横を、とんとんと叩いた。
そうだ、見えないんだ。
わたしは身を起こしてそのモニターにたどり着き、そこから航海システムにアクセスした。
あと、1時間と5分。
「短いな……ま、いいや。目覚ましセットして、50分後に」
「だめ、いま寝たら起きられない」
「目覚ましが鳴ったらおれが起こすから、大丈夫。ほら、セットして」
言われるがままに目覚ましをセットすると、またベッドに寝かされた。
「なにも考えないでいいよ、おやすみ」
いま寝たら、永遠に起きられない気がする。
……こわいよ。
……。
・・・・・・
「――おきて」
……いやだ。
ねむい……
おねがい、今日だけは寝坊させて。
「ごめん……テレポート、あと少しで終わるから」
テレポート――?
……。
「あ――!」
ベッドに沈んでいた身体を、ぐっと起こした。
寝ていた……たぶん、あれからすぐに。
頭がふわふわする。しゃっきりしたいのに、ぼやけたまま。
「リリィ……大丈夫?」
ナナが心配そうにわたしを見ている。
見えない目で、わたしの顔を見ようとしている。
「……うん、もう大丈夫」
そう言っておいたけど、頭の中はまだぼやけている。正直なところは……まだ、大丈夫じゃないかも。
これは……わたし、失敗したのかな。
自動操縦を使って、ナナの戦闘機動をわたしが再現するという試み。計算の速さと正確さは、昔からみんなより抜きん出ていた。だからできると思った。
うまくいった、と思っていたけど……まさか、わたし自身がこんなになるなんて。
この先、少なくとも現行海図の範囲から出るまでは、わたしは倒れてはならないのに。代わりの乗員はいないのだから。
わたしがだめになったら、ナナを守ってあげる人が、連れていってあげる人が、いないのだから。
そうだ、わたしの予測は甘かった。
でも……ここまで来てしまったからには、もうそれを正すことはできない。過去に戻ってやり直すことなんてできないんだから。いまから打てる最善の手を打って……なんとか乗り切る。
頭はもやもやしている。目の焦点も合いにくい。
でも――眠りに落ちる前よりは、いくらからくになっている。
わたしは眠って、そして目を覚ますことができた。
ありがとう、ナナ。寝かせてくれて。そばでずっと見守っていてくれて。
……そして、わたしを深い眠りから覚ましてくれて。
「……大丈夫、テレポートの1回や2回。さっと終わらせるから。そしたらまた、寝かせて」
ナナにそう言って、わたしは立ち上がった。




