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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第48話 焼き切れた頭脳

 鼻の頭に、汗が浮かび始めた。

 それを拭う暇もない。キーボードから手が離せない。


 あれからどれくらい……2時間は経っただろうか。わたしが考えた自動操縦による戦闘機動は、あまりにも負担が大きかった。

 ひとつでもミスをすれば、舵を切った先の他の物体に突っ込むか、細かな漂流物を雨のように浴びるか、砲撃を船体に受けるか――その瞬間、わたしとナナとこの船は、この世から散ってなくなる。

 テレポートのため入力する諸元の数値のひとつに至るまで、決して間違えてはならなかった。


 テレポートを繰り返して進んだため、通常航行に比べ圧倒的に速く進んでいる。軍船も民間船も追い越して、いまこの海域は広く空いている。

 義勇団と軍が戦っているラインよりも先へ出たため、義勇団の船も姿が見えない。戦闘によって出た漂流物も、まだこの辺りまでは流れてきていない。


 およそ2時間ぶりに、わたしはひと息ついた。

 ほんの、ひと息だけ。


 後方にテレポート反応、なにか来る――!


 テレポートアウトを確認。識別信号のない船――軍船か、義勇団の船か。


 状況からみて、あれは義勇団だ。

 軍が戦う相手はあくまで義勇団、本船以外に船影がみえないこの辺りにやって来る必要はない。

 反対に、義勇団は本船を追う理由がある。機密情報――あの暗号表をこれ以上流出させないため、1隻たりとも逃がすわけにはいかないからだ。


 障害になるものがほとんどないこの海域なら、わたしがしていた綱渡りのような計算地獄をしなくても、もう安全にテレポートができる。

 今までのわたしの航海法は高速で正確な計算が必要なゆえに、それが難しい他船に対し有利だった。でも今は、そこまでしなくても船を進めることができる。アドバンテージは、失われた。


 新たなテレポート先を設定、転移クリスタルから左にずれた位置へ。余計な時間がかかってしまうが、多少回り道をして行先を知られないようにしないと――


 テレポートイン……すぐ、テレポートアウト。確認事項が多く口がまわらなくなってきた。徹夜した後みたいに目が動かず、乾燥して時々涙がおちる。

 あとテレポートを3~4回はさんで攪乱するつもりだったが、もうもたない。2回で転移クリスタルの正面に出る。攪乱しきれないだろうけど――あと2回のテレポートですら、できるか分からない途方もない道のりに感じている。


 キーボードに叩きつけるように諸元を入力して、テレポートを実行する。これで転移クリスタルまで、超短距離テレポート1回で着ける位置へ。

 遠くにある転移クリスタルの魔力を受信して、あらかじめ長距離テレポートの準備をする。魔力波のパターンは、機関の同調設定は――


 後ろにテレポート反応。もう追ってきた。

 でも……大丈夫、たったいま長距離テレポートの準備は完了した。


 超短距離テレポート、転移クリスタルの前へ――!


 探知装置が効かなくなって……すぐ戻った。テレポート完了。

 顔を上げ外部モニターを見ると、明るい緑色の光を放つ転移クリスタルが3つ、正面にみえている。


 使用するクリスタルは1番、準備済みの諸元を急ぎ入力。

 機関設定完了、同調準備よし――


 ――!


 正面にテレポート反応――しまった!

 本船と転移クリスタルの間に割り込まれた。進路が――!


 いや、いい。このまま行く!

 あちらがテレポートアウトする前に突っ切ってしまえばいい。それならぶつかりはしない。


 タイミングを誤れば双方とも粉砕されるが、わたしの見立てでは、ぎりぎり大丈夫。


 それに、わたしはこれ以上はたらけない。額も鼻も手のひらも、キーボードまで汗で濡れている。

 身体への負担を、正直甘くみていた。これ以上は操縦できない。この星系には、留まれない。


「――テレポート、はじめ!」


 「執行」ボタンを押し込んだ。


 機関が高音を発し、船がクリスタルへ向けぐっと引き寄せられていく。

 前方の空間がゆがむ。行く手を阻もうとする敵船が、目の前に出てこようとする。


 船体が大きな音を立てて軋み、強く振動した。計器画面がブレて見えなくなり、額と鼻の汗が飛び散った。


・・・・・・


 ――!


 なんだ、この音。なにかにぶつかった?

 壁面のパネルが音をたてるほどの振動……重力制御がなかったら、船内のすべてが粉々になっていた。


 幾度もの超短距離テレポートの末、ついに転移クリスタルを正面に感じた。

 そしてリリィは即座にテレポートを開始した。


 その直後に起きた衝撃音――なにが起きた? 正常にテレポートインできたのか?


「リリィ、大丈夫?」


「……」


 どうした……答えないぞ。

 なんだ、今ので怪我でもしたのか――


 気配探知がある、席を立つことはできる。

 外の空間は、認識できない。ぼくの空間認識能力はテレポート中は効かなくなるから……いま、テレポートしているとみていい。そもそも、もしテレポートインに失敗していたなら、今頃この船は存在ごと消え去っているはず。


 船はちゃんと機能している。席を立っても安全なはずだ。


「リリィ、どうした? 話せない?」


 席を立ち、中央計器盤の後ろを回って、彼女が座る主操舵席の背もたれをつかむ。


「リリィ!」


「……」


 答えない。


 背もたれの向こうから人間の魔力波を感じる。生きてはいる。

 かすかに、荒い息遣いが聞こえる。


 右手をのばして、肩に触れた。


「……ナナ」


 声を出した――


「ごめん、ね。ちょっと、大変だった……」


 リリィはそう言ってから、はぁ、と息をはいて、座席に深く沈み込んだ。


 大変だった、って……


 ……!


 そうだ、そのことを考えてなかった。


 自動操縦を駆使した全く新しい戦闘機動、すべて計算ずくで船を突っ走らせる強引な操船、それを何時間やった――?

 本船の航海記録はえらいことになっているはずだ。何度も繰り返されたテレポート、数え切れない回数の自動操縦設定変更……


 馬鹿、気付かなかったなんて。

 目さえ見えていれば……


 いや、違う。見えていなくても、彼女が相当な無理をしていることは考えれば分かったはずだ。


「リリィ、大丈夫――いや、こっち来て。いまテレポート中だろ、ここ2時間くらいかかるから。横になってやすんで」


 ここに来るとき、テレポートにはだいたい2時間かかった。おなじ航路を逆にたどっているんだから、時間も同じなはず。とにかく、座席から引きずり出して広いところへ――


「あと……1時間48分……」


「いいから、もういい。よくやった、休もう」


「さっきのダメージ、確かめないと……」


「いい! ダメージはない!」


 どれだけの負担がかかった――? 顔色が分からない、声でしか判断できない。


「いいから、そこから出て。あとはおれが――」


 そう言いかけて、ぼくは絶望的な事実に気付いた。


 ぼくは今、宇宙船の操作ができない。


 この状況――どう考えても別の乗員が操船を交代すべきだが、その「別の乗員」がいないのだ。ぼくはいま役に立てないから。

 集中力と計算能力を、脳が焼き切れるくらいに酷使して疲れ切った彼女に、この先の操船を押し付けなければならない。


 長距離テレポートに入った……つまりあの星系を出ることには出た。

 しかし――このテレポート、出る先はまだ現行海図の範囲内。義勇団の船でも、普通に航行できる。

 義勇団の船は「第57389恒星系」から飛び出して航行を続けるこの船を、必ず追ってくる。暗号表の流出を防ぎたいなら、星系の外へ出た船は必ず沈めなければならないのだから。

 たぶん、もう同じようにテレポートして追ってきている。外部カメラでも探知装置でも捉えることはできないが、後ろからテレポートで来ている。取り逃したこの1隻の航路を、断ち切るために。


 追撃を振り切るためには現行の海図の範囲から出て、本船しか持っていない古式海図の海域に入らなければならない。

 この長距離テレポートの後、まず1回の通常テレポートが予定されている。それで現行海図の範囲からは出られるが……敵船はテレポートの痕跡をトレースして、追ってくる可能性がある。だから、あらかじめちょっと遠回りの航路を設定してあるんだ。振り切るには、さらにテレポートが必要になる。

 敵船の動き――周りに船や漂流物がなくなってからは、リリィと同じように超短距離テレポートを使ってきた。たぶんこの先も、古式海図の海域へ入るまで、通常空間をそのやりかたで追ってくるだろう。

 こちらも、超短距離テレポートを連発すれば追い付かれはしないが――


 それを全部、リリィに――

 身を削り、疲れ果てたこのひとに――?


 なんとか気配探知で操縦桿を握って空間認識で計器を見ずに操船して――と考えたが、テレポートのところでつまずいた。

 諸元入力のためには、キーボード操作が必要だ。そしてこの指では、そんな細かいキーを押すことはできない。


 いちばん負担が大きいテレポートを、ぼくは代わることができない……


 いいんだ、それはひとまず置いておいて――今はとにかく、まだ主操舵席に座ったままのリリィを引っ張り出さないと。


「リリィ、早くこっちへ。テレポートが終わるまでは何もしなくっていいんだから!」

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