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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第47話 常人による超機動

「10秒前……5秒前、3、2、1、爆破」


 乗降用扉に向けていた外舷カメラの映像の中で、ちいさな爆発がふたつ。続いて細かな破片が散り、支持部を失ったタラップが落下した。


・・・・・・


 出港の邪魔になるタラップの爆破、そのための時限爆弾の設置をナナは「危ないからおれがやるよ」と強く言ってきたが、わたしはもっと強く反論してねじ伏せ、自分で行って仕掛けてきた。

 当然だ。特殊能力があるとはいえ目が見えず、指先の感覚もおかしくなっているナナがやるほうが、わたしがやるより数倍危ない。「その指でできるの? 爆弾、落とさないって言い切れる?」と言ったらしゅんとしてしまったので、「いまはお休み、身体が治ったらまた大活躍してね」と言ってなだめた。


 間近で爆発を受けた乗降用扉に、見たところ異常は認められない。システム側にもエラーや警告は出ておらず、少しだけ船内気圧を上げてみたが空気漏れは生じなかった。


 乗降用扉の完全閉鎖を確認、すべてのエアロックは閉鎖済み。岸壁との間に索具・タラップ・ケーブル等は繋がっていない。進路支障なし。


「出港する――ナナ、いい?」


「うん。いまは全部きみに預けるよ」


 かっこいいことを言う。わたしを信じて、何もかも託してくれるんだ。


 ……喜ぶべきなんだろうけど、わたしは身を固くしてしまった。


 すべての計器表示が、わたしに向いている。「GSL209」のあらゆる計器の数値と指針が、すべてのパラメータが、わたしに見られるために表示されている。

 訓練学校で何度も経験した状況。そのはずなのに――

 教官はいない、行く手は戦いが繰り広げられている海、そして傷ついた大切なひとを乗せている……訓練にはなかった条件が、わたしの呼吸を早くさせる。


 岸壁の発着誘導装置は止まっている。手動操縦で離岸を行う。

 天体表面の岸壁からの離岸――ゆっくりとした前進離陸。


 推力レバーが「STOP」位置にあることを確認して、左の操縦桿を一杯まで前へ。下げ舵一杯、機関の出力方向は下向き一杯。

 推力レバーをじわりと前へ出すと、船尾が浮揚しようとする。すぐ、船首にある下側サイドスラスタ―を全開に。

 船体は前後傾斜なく、ふわりと浮き上がった。


 管制承認は省略、出港航路へ。


 操船支援システムが出港航路の誘導電波を捉えた。もう誰もいないはずだが、切り忘れたのか。

 わたしたちにとっては都合がいい。あれを使って、自動操縦でここから飛び出そう。


「水平誘導波、捕捉。垂直誘導波、捕捉。出港航路へ――」


 わたしの操縦桿とペダルの操作に、船は忠実に従ってくれる。古い練習船みたいなクセもなく、聞き分けのいいかわいい子――ナナと何年も付き合ってきた「GSL209」は、こんな船なんだ。


 出港航路へ進入し回頭完了、誘導電波が示す中心線にぴたりと乗り、自動操縦「執行」ボタンが点灯した。


「進路支障なし――テイクオフ」


 「執行」ボタン押下。推力レバーが自動で前方へ移動し、遅れて機関音が高まってくる。船は急速に前進を始め、計器の指針が一斉に上昇しパラメータがドッと変化する。暗闇に沈んだ軍港をあっという間に飛び出して、地表がグンと離れ見えなくなった。


 緑色のラインが、モニター上をまっすぐ前方に伸びていく。光を失った有人惑星の空を、遥か宇宙空間へ向けて――


・・・・・・


 もはや1機の飛行機も飛ばない航空路をまっすぐ突っ切って、超高高度へと船を進める。星の地平線から、主星の光が見えはじめた。


 宇宙空間に出たら、まず向かう先は転移クリスタル。この星系の外縁部にある。

 本格的な恒星間航海をするためには、どうしても必要になる転移クリスタル。しかしこの星系の転移クリスタルへ向かうには、攻撃してくる義勇団の船や逃げ惑う民間船がたくさんいて、航行に大きな困難を伴う。

 通常テレポートで星系外へ出ることもできるが――海図で見る限り、近くに転移クリスタルが設置された星系はない。転移クリスタルを使用せず通常テレポートを重ねても……目的地「第1842恒星系」を目指すには、あまりにも時間がかかりすぎる。わたしとナナの寿命のほうが、先にくる。

 だから本船は、なんとしてもこの星系の転移クリスタルへたどり着かなければならない。

 敵船が攻撃してくるかもしれない中を、星系外縁まで……渡らなくてはならない。


 この前ナナが見せてくれた戦闘機動なんて、わたしにはできない。特高速船の推力30%、それ以上――そんなものを手動で扱うなんて、できない。宇宙空間で計器を見ずに船の速力や姿勢を把握する空間認識能力なんて、わたしにはない。


 でも――


 あの時のことを思い返して、よく考えて……思いついたことが、ひとつ。


 ……。


 試す時間はない、ぶっつけ本番だ。


・・・・・・


 計器表示は見えない。外部モニターも見えない。ぼくはただ座っているだけ。

 でも、ぼくの空間認識能力は活きている。星の地表がもう遠く離れたことも、まっすぐ進んだ先に3隻の民間船が衝突して止まっているのもみえている。


 リリィもすぐそれに気付いたか、自動操縦の設定を変更して針路を変え、衝突船をかわす態勢をとった。

 かわした先、別の民間船と針路が交わる。取舵・上げ舵をとると漂流物に当たる、面舵をとった先には別の船――

 機関音が急速に下がった。

 加速が緩み、交わっていた針路は相手船の後方を抜けるラインに変わった。安全になった直進路を、船は機関音を上げながら突っ走っていく。


 ……どこで、こんな操船を覚えたのだろう。


 確かに、他船を避ける方法としては、舵を切るだけでなく速力を変更するというやり方もある。リリィはいま、それを選んだ。

 下げ舵に転舵するという選択肢――大きく変わった針路を戻すために煩雑な再転舵が必要になるという悪手、それを瞬時に却下して、必要最小限の推力の上げ下げでかわす判断を即断即決。

 下げるべき推力の目標値と再加速のタイミング――いちど狙って、決して外さなかった。自動操縦中だが、普通の航海士なら狙いを外して再設定をあせる場面だ。


 広く散らばった漂流物の中をS字を描いて抜け、星系外縁へ向け加速していく。左の席からは、キーボードを打つ音だけが聞こえている。


・・・・・・


 30分くらいは航走しただろうか……それはついに現れた。


 右前方、義勇団の船。目が見えないが、感じた魔力波からみて3級戦闘船か。

 こちらに気付いた、向かってくる。


 振り切れ、あっちは普通船だ。推力を30%にセット――


「――っ!」


 できない――!


 ぼくがいつもやるような、空間認識能力を使った無茶苦茶な操船はリリィにはできない。

 当然だ。あれは異能を使っているんだから。世界でもごくまれな「異能持ち」以外に、それができる者はいない。


 機関音がぐっと高まり、船はぐんぐん前へと速力を上げていく。船首を左に振って、右前の敵船はそれを追おうと右転舵――直後、本船の舵が急激に戻され、面舵に変わった。右方向への急カーブを描いて、船体が重く回頭が間に合わない3級船の船首を右に見ながら走り抜ける。

 高音を上げていた機関が、ゆっくりと落ち着いていく。加速が緩んだ。


 いま、推力どれくらい出ていた?

 なんだか複雑な動きを……


 ――!


 前方に小型目標3つ、種別は4級ないし5級の戦闘船。右前すこし先には大型民間船、さらに斜め下方向に大型戦闘船らしきもの1隻。左上方には、広く散らばった漂流物が多数。


 まずい、突っ込む――!


「諸元よし。両舷停止、舵中央。主機――」


 だめだ、推力を止めてもこの勢いは止まらない――


「――テレポートモードに変え」


 ――!?


「緊急テレポート用意……はじめ!」


 テレポート、どこへ――?


 ぼくが認識していた空間がぐにゃりとゆがんで、消えた。


「……テレポートアウトよし、両舷停止、推力モード切り替えよし」


 すぐ戻ってきた空間の感覚――まっすぐ前方に障害物を感じて、思わずのけぞった。

 ゆるく転舵した本船はその右側を抜けて、その先にあった小型漂流物を2~3個防護フィールドで弾いた。


 ほぼ一瞬のテレポート。飛んだのはごく短距離だろうが、ここはどこだ――?


 ――!


 真正面に大型船。こいつは1級戦闘船だ――!


 ゆるく上げ舵をとったリリィ。相手に船底をみせながら航過していく。

 でもこの態勢、1級船に針山のように装備されたレーザー銃と速射砲の射撃を、後ろから受ける――!


「諸元よし。両舷停止、舵中央。主機、テレポートモードに変え――緊急テレポート用意、はじめ!」


「うぐ……」


 感じていた空間がゆがんで消える。二度目のテレポート……


「テレポートアウトよし、両舷停止、推力モード切り替えよし」


 また短距離のテレポート……ここはどこだ?

 リリィ、いったいどこへ向かっているんだ――?


 感覚でみるこの海域には……レーザーやエネルギー砲が発するノイズ、識別信号を出したまま入り乱れる民間船。

 移動はしてない、同じ星系内に留まっている。


 まさか――こんな狭い空間で、テレポートをした?


 なだれ込む義勇団の戦闘船、死に物狂いで反撃する軍船、恐慌状態で走り回る民間船、衝突や被弾によって生じた無数の漂流物――テレポートした先に、なにか物体があったら突っ込んでしまう。

 あまりに危険で、無謀な行為。テレポート先に物体がないか、その周辺に当たりそうな漂流物はないか、義勇団の戦闘船はいないか――それらをすべて確かめなければ、テレポートで飛ぶなんてやっちゃいけない。


「航行位置を修正――次のテレポート、諸元入力」


 ()()()()()……()()入力……?


 キーボードをたたく音が、まるで事務所の中にいるかのように聞こえている。

 位置修正のためのテレポート、それに入力する諸元って……


 全部、把握してるのか――?


 探知装置を使ってテレポートアウト予定位置の状況を確認し、即座にテレポートのため必要となる諸元をはじき出して入力、そして超短距離テレポートで敵をかわしている――?


「テレポート用意――はじめ」


 また空間がぐにゃりとゆがんで……すぐ戻った。ここはまだ星系内。

 敵をテレポートでかわしてずれた航行位置を、テレポートで直した――


 撃沈された軍艦らしい大型目標を左下へかわし、散らばっていた細片を防護フィールドで弾きながら航過する。これはジェットコースターだ……上下の区別がない、レールもない宇宙空間を進む特高速船の。

 キーボードをたたく音が、切れ目なく続いている。

 間違いない、リリィはいまここで処理している。探知装置から入った情報、とるべきコース、それを自動操縦にやらせるために必要な数値の算出と入力、さらにテレポートの設定まで、全部。


 5級戦闘船10隻あまりの集団に突っ込みかけ、衝突防止装置の警報が作動した。


「諸元よし。両舷停止、舵中央。主機、テレポートモードに変え――緊急テレポート用意、はじめ!」


 4度目のテレポート……すぐに完了。今度のも、超短距離。


 計器が見えないから現在の推力が分からないが、機関音は高い。常人ならこの領域は手動では扱えない。

 だから……なのか。リリィは必要なデータを瞬時にはじき出し、それを即座に入力して自動操縦装置に推力を出させ、舵を切らせている。操縦桿もペダルも操作しない。思い描いたコースを自動操縦装置になぞらせながら船を走らせている。


 こんなことが……今まで、全然思いつかなかった。


 ぼくは「異能」を併用しながら、手動操縦で飛び回っていたから。自動操縦は、予定コース上をきっちり歩むために使っていた。

 だからぼくは知らなかった……自動操縦をこう使うことで、「異能」なしでもこんな戦闘機動ができるって。


 また微細な漂流物をいくつか弾いた。サッと展開された防護フィールドが、すぐ解除される。

 ただ避けるだけじゃない、弾けるものは針路を変えずに弾いていく。

 弾くか避けるか、それも判断している。頭の中をのぞいてみたいが……できたとしても、ぼくの頭がもつか分からない。


 リリィはこの状況をすべて制御している。となれば向かっているのは当然、星系外縁の転移クリスタル。飛び石を踏んでいくように通常テレポートを重ねて、一気に距離を詰める気だ。

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